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5.汝、いかなる者なるや

 流線型を基調としながらも、細かく意匠が施された特徴的な外観。

 間近で見る鎧はそんな圧倒的な重厚感を持っていた。


「はじめまして。私はアネシュカ、女神アテナの教団の聖騎士の任に就いています」


 目の前の長身―――おそらく170センチそこそこだろうか―――の女性はそう名乗った。

 彼女が脱出の時に聞こえた声の主であることは最早疑う余地もない。

 逃げれた、と思ったけども世の中そう上手くはいかないもんだなぁ。

 ただ、ここまでの相手の態度を見る限り敵対的な様子はない。命がけで抵抗する必要がある感じでもないので、ひとまず普通に対応していくとしよう。

 そこまで考えて、彼女が言葉を止めて待っているのに気付く。

 すぐにこちらの自己紹介を待っているのだと理解し、


「あー……ご丁寧にどうも。オレは……って、ちょっと名前は……」


 大きな表情の変化はないものの、彼女の瞳に訝しむ色が一瞬過った。


「名乗れない、とそう判断してもよろしいでしょうか」


 そういう言い方をしたら、その通りだけども何か勘違いされている気がする。


「何せ自分の名前もわからないんで」


 補足するように絞り出す。

 うーん、中々難しいな。この人がここにいるのは事実として、どこまでわかっていてここにいるのかがわからないと何とも言えん。

 とはいえあんまり言葉を濁していると誤解されてもコトだ。

 全部承知と仮定して素直に話すしかないか。


「名前もわからないのに、私たちを出し抜いてここまで脱出したと?

 生憎と貴方の動きは全て把握しています。邪神の儀式があった現場からここに至るまで」


 OKOK、やっぱ気づかれてたか。

 下手に嘘つかないでよかった。


「いきなり見ず知らずの場所に居て、誰かわからない相手がやってきたら不安になって隠れるのはおかしいことじゃないと思うけどね」

「……筋は通っていますね。では質問を変えましょう」


 もうアレだな。

 ごちゃごちゃと細かいことを考えても裏目に出る気がするし、正直に受け答えしてなるようになるに任せよう。記憶がないので自信はないけど、あんまり小賢しくやるのはオレらしくない、そんな気がするし。


「貴方、何者ですか?」

「いや、だから記憶がないって……」

「誰か、とは聞いていませんよ。

 聞いているのは貴方が何者か、ということです。貴方が自身をどのような存在と捉えているのか、そういった意味の質問です」


 とりあえず裸じゃなくなった者、とか冗談めかしたら首が飛ばされそうな真剣さで問われた。

 そうかといって、答えがすぐに明確に出てくるわけもなく戸惑っていると、


「参考に言うのであれば……私の目に映っているのは常人でありながら、異質な者です。

 儀式の間……まさに悪というのならばあれを為すことであると言っても過言ではないような地獄絵図でした。あの場所から逃げたというにも関わらず今の貴方はまともに見える。

 いえ、正しくはまとも過ぎ・・・・・る」


 常人であるのならば、あの惨状を見せつけられて冷静に逃走を計画できるはずもない。

 まして今のオレのように何も気にしていないように普通に振る舞っていられるなど理解できない、ということだろうか。

 確かにそう言われればそうだな。

 あのときは必死で気づかなかったけど、普通に考えたらまず恐怖で震えて竦んだりしてもおかしくないし、ましてや死体の山の中に隠れようとか冷静に思えないよな。

 もしかして記憶を失う前のオレって、そういう残虐行為に躊躇しないようなタイプだったのだろうか?


「そして先程、強盗に絡まれた際の対応も、です。貴方はあのとき何を考えていましたか?」

「大人しく金銭出させられて満足すればヨシ、もしそこからさらに何かしてきそうな気配があればカツアゲ成功で油断しているところをまず先制攻撃、かな?」


 取り繕っても見透かされる気がしたので、素直に考えていたことを答えた。


「刃物を前に怯まないのは立派ですが、それもまた一市民の発想ではありませんね。

 自らの命が天秤に賭けられるとしても冷静に飛び込むことが出来る……しかもその覚悟が瞬時というのであれば、それは戦者のそれであり常人ではありません」


 確かに言われればごもっとも。

 オレ的には特に問題ないことでも客観的に見て、普通じゃない、というのはわかる。

 だからといって何者かと言われてもなぁ。


「オレが何者か、かぁ……まぁ強いて言えば―――」


 だから言えることを言うだけ。

 答えは単純明快。


「―――オレ?」


 今度は向こうが意味を捉えきれずに沈黙する番だった。


「別に冗談とか嘘とかじゃなくて、オレはオレ以外の何者でもない、としか言いようがない感じかな。

 オレの行動について貴女がどう思ったか、どう見えたのかが、その結果のまんまの存在ってことで」


 千の言葉よりも、ただ一つの行動が雄弁に語ることもある。

 オレ自身が何者かという答えを持たないのなら、それは外部に求めるしかない。

 それで納得しないというのなら、もうどうしようもない。


 しばしの沈黙。

 夜の静寂とは別種、緊張感に満ちた膠着にも似たもどかしい雰囲気の中、先に口を開いたのはアネシュカの方だった。


「……いいでしょう。そういうことにしておくとします。

 今のところ、貴方の行動に齟齬はありません。確かに一部常人らしからぬ心の有り様なのは認めますが、だからといって悪を為していない以上、それに対しての是非を決められないのも事実」


 ふぅ……とりあえず納得してくれたようだ。

 聖騎士様が放つ佇まいの中から威圧する類のものが消えて安堵する。

 まぁそういう相手だと思ったから、こういう会話をしているわけで、端っから問答無用だったり偏見に満ちたような相手であれば問答そのものに頭を使ったりしない。

 ある意味、オレの人を見る眼の勝利!……というのは言い過ぎかな。

 とはいえ、相手にはまだ問題があるらしい。


「それで、貴方はこれからどうなさるおつもりですか?」


 ひとまず悪い奴ではないという判断をしたみたいだが、かといってこれからもそうかはわからない。逆にそういった判断をする以上、これからのことが余計に気になるのかもしれない。

 この後、オレが何か悪いことを行ったとしたら彼女の判断が誤りだった、ということになるからだ。


 でもま、どうするかと言われれば話は簡単。

 考えることもないので即座に返す。


「デートとかどう? お嬢さん」

 

 目の前にこんな美人がいて口説かないというのは、どうかしていると思うのだ。

 

 

次回、第6話 「蒼海の獅子亭」

 6月9日10時の投稿予定です。

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