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60.絶技


 オレにしたってヒュロスをどうにかしなければ、ここを通れないことに違いはないのだ。

 その上で、ユディタたちが一騎打ちとして見守るのか、それとも先を急ぐために乱戦と言う形式になるのかは任せるしかない。


 始まりは無音。


 最早互いに決着をつけることへの異存はない。

 滾る戦意をぶつけ合い、そして一瞬遅れてオレとヒュロス自身も激突した。


 間合いを詰めた上での先手は両者ほぼ同時。

 オレは剣を。

 ヒュロスは槍を。

 それぞれ突き出し結果、接触する。


 槍の穂先と剣の刃先。

 点同士のぶつかり合いによって、剣を持つ手には異常とも言える衝撃、正確にはその予兆が伝わってくる。

 そのまま、まともに衝撃を受ければ得物が破壊される、と判断し受け流す方向へと刃筋をシフトさせた。


 ぞりり、と伝わるささくれた衝撃。


 受け流すことにはかろうじて成功したものの、完全に流し切ることが出来ず何割か激突した分だけ得物が削れたためだろう。

 だが、そこに意識を割くような余裕もない。

 切り結ぶ間合いの中でのそれは死を意味する。


「あっぶなッ!!」


 鋭く抉り込むような、空間が削れる音。

 振り回すにせよ突くにせよ、ただ遠心力に任せればいい打撃武器と違う技巧的な槍の流れるような連続攻撃。時折槍先の逆、石突と呼ばれる部分の攻撃が意識の死角を突くような角度で飛んでくる。

 理に適った一連の攻撃はただ膂力に頼った攻撃しか出来ない脳筋とは一線を画す相手なのだと雄弁に語ってくれていた。


 避ける。

 避ける。

 避ける。

 だが、それもいくらも続かない。

 回避する毎に、徐々に次の回避が間に合わなくなっていき、ついには武器で受けざるを得なくなる。


 その刹那。

 感じる妙な手応え。

 まるでふわりとしたそよ風が頬を撫でていくかのような、そんな感覚が不規則に幾重にも重なった、と表現すべきか。


 ィィンッ!!!


 気づくと、手にしていた剣が消えていた。


「……ッ!?」


 いや、目の前で起こったことを見ていたから意味はわかる。

 単純に受けた瞬間、ヒュロスがその槍で剣をからめとるように弾き飛ばしただけだ。

 それだけならばここまで驚かない。

 以前、アネシュカと鍛錬した際にもやられたことがあるし、そういった巻き落としのような武器を絡め取る技があること自体は知っていた。

 どんな絡繰りかは知らないが、それをまったくこっちが対応できないほど予兆も衝撃も、痕跡も無く行ったということが問題なのだ。

 などと驚きながらも、この一ヶ月で叩き込まれた動きで追撃の一閃を回避すると、そこでヒュロスはさらに畳み掛けようとはせず、一度動きを止めた。

 もっともそれをいいことに反撃でもしようものなら、たちどころに逆襲してきそうなほど隙のない佇まいではあるが。


 キンッ!!


 乾いた音が背後でする。

 どうやら飛ばされた剣がようやく床に落ちたらしい。生憎、目前に居る強敵から目を離して確認することは出来ないが。


「どうしたんだ? こっちが素手になったんだし、チャンスだと思うけど。

 それとも最期に遺言でも聞いてくれるとかそういう話かい?」

「言っていろ」


 うーん、ヤバい。

 こっちが素手になって相手が圧倒的に優位に立ったのは間違いない。

 さらに言ってしまえば、もっとヤバいのはそれでもなお油断も緩みも一切見せないヒュロス自身。

 正直避けるだけであれば制約もあるが、武器が無くともまったくできなくはない。それがわかっているからこそ、ヒュロスは一度攻撃を止めて一気に決めるつもりで算段しているのだろう。

 獣が飛び掛かる前に溜めを作っているのに似ている。


 うーん……剣という距離を補う攻撃手段を失ったのは痛い。

 元々剣を手にしていた尚、厄介だった槍の間合いの長さがさらに脅威になるからだ。それを詰めることの難しさを考えると頭が痛い。


 だがふと疑問に思ったことがあった。

 刃を交えれば相手がわかる、とかいう言葉がある。

 正直なところ、以心伝心でもあるまいしただ刃の遣り取りをしただけで、相手をどこまで理解できるのかという気はしているが、それでもわかることが無いわけではない。

 せっかく攻防に間が空いたので、素直に口に出してみることにした。


「なんでアンタほどの人が、またランプレヒトなんかとツルんでるんだ?」


 叩き付けられたヒュロスの武技。

 それはどこまでも磨かれ鍛え抜かれたモノだった。

 無論、彼自身の身体能力や才能が合わさった結果とはいえるが、素質に胡坐をかいているわけではない、真摯に鍛錬に向き合って来た証左。


 良くも悪くも真っ直ぐ。


 言葉を交わした数は少ない。

 だがおよそ邪神を降臨させて悪を企むようなタイプには思えなかったのだ。

 自ら以外の他の存在をアテにして事を為す、そんな人間が自らをここまで鍛え抜くことが出来るだろうか?

 むしろ自分こそを全ての指針とし、自らの力で事を為す。

 それだけの気概を感じているからこその齟齬。


 意外な問いかけだったのか、ヒュロスはわすかに槍の先を下げて少し考える仕草を見せた。

 わずかだとはいえ、それは確かな隙。

 さすがにそこを突こうとは思えなかったが。


「敢えて言うのであれば……“大英雄の末裔ヘーラクレイダイ”としての義務、であるな。

 そのように生まれ出でた以上、そこから抜け出すわけにもいくまい。我らが英雄神からの願いであれば、義理を果たす必要もあろう」


 義務―――つまるところ“大英雄の末裔ヘーラクレイダイ”そのものが、ランプレヒト、もしくは彼が崇める邪神へ助力する責務を負っている、ということか。

 それはそれでさらに疑問が増える。

 英雄、というからには人々から賞賛される以上を成し遂げるがある。そんな存在の末裔が邪神に加担する責務を持っている? それが英雄神―――神に至った彼らの祖先の願い?


「無論、それを為すは我が望みでもある。義理を果たした後こそ、自らの志を成就させることが出来る」 


 かすか。

 巨大で不動にしか思えない巌にも似た男が、ほんのわずかにだけ隙間から見せた想い。

 彼が言う志とやらを成就させるために、ランプレヒトに与しているということなのだろうか。


 話は終わりだ、とばかりに槍が再び凶悪なまでの圧力を感じさせ始めた。これまでと同じ、どころかそれを明らかに上回る脅威を感じさせる。

 決着を狙う必殺の一撃の予感。


「往くぞ。

 敬意を以って、この技にて仕留めよう」


 その言葉こそが雄弁に語る。

 つまるところ、次に放たれるものがヒュロスが持てる最高の技なのだと。


 ならばこっちも腹を括らねばなるまい。

 あっちはヒュロスほどの男が必殺と信じるだけの技、対するこっちは素手だが構わない。

 どっちにしろ倒さなければ先へは進めないのだから。


 瞬間、ヒュロスの身体が爆発的なまでに膨れ上がった。

 それは単にこれまで以上の速度で、予備動作を見せずに接近していたがゆえの錯覚。



 ―――突き。



 何の変哲もない突き、というのは、その凶悪なまでの身体能力で加速された鋭さが許さない。

 だがどれだけ威力があっても点の攻撃であるのならば、反応さえ出来れば避けるのは容易い。


 ギリギリで避けようとしたオレの脳裏で何か確信めいたものが警鐘を鳴らした。


「……ッるぁぁぁ!!」


 一度動きそうになった回避行動を強引に修正。

 軋む四肢を無視して無理矢理、大袈裟なほどに飛び退く。



 ズォッ!!!



 オレの身体を凶悪なまでの圧力が叩いたのは直後だった。

 突きの余りの迅さに空気が裂け、周囲にその衝撃をまき散らしたのだ。

 そのままオレは吹き飛んで離れたところに叩き付けられながら転がる。

 身体一つ分以上離していてこれだ。

 ギリギリで避けていたらどんなことになっていたことか。


 転がった状態からすぐに起き上がろうとする。

 ヒュロスが放った突き。

 その直線状を見れば遥か遠い壁面にまで大きく穿たれた穴が生じていた。

 この馬鹿げた威力なら、必殺技と言うのも納得か。


 がくん…っ。


「……ッ!?」


 起き上がろうとしてバランスを崩す。

 その原因は明白だった。



 ―――右足が、



 膝から下が存在していない。

 見れば先程オレが飛び退いた場所のはるか先に転がっている。


 先程の突きの衝撃に巻き込まれて千切れたのだろうか。

 だが思わず床に手をつきながら、ヒュロスのほうに視線を向ければ構えた槍の先が冷たく血に塗れているのがわかる。明らかに槍そのものによっての攻撃。


 ひとつめの突きは間違いなく避けた。


 だが、もう1発放っていた?

 ……いや、それにしてもそれにまったく気づかない、ということが有り得るのか?


 だがそれを吟味している猶予は無い。

 なぜなら、再度目の前の男が突きを繰り出そうとしている。


 だがどれだけ迅かろうとも、二段突きとわかっているのなら対応できる…ッ!!


 過たずオレを狙ってきた再度の突きに対し、強引に片足と両手で床を突き離して避ける。さらに二発目の突きがやってきた場合に反応できるよう、相手への警戒も忘れない。



 ずぞんっ!!!



 ―――にも関わらず、気づけば今度は右腕が飛んでいた。






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