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58.それでも前に進む者

 近づいていったときの巨大蟻ジャイアント・アントたちの反応は早かった。


 カチカチカチカチ……ッ!!!


 威嚇するかのように大顎を打ち鳴らし、小気味の戦意に満ちた姿勢を見せる。

 その体長はおよそ4メートルほど。

 直立しているわけではないので、高さは2メートルそこそこだがやはり威圧感はある。黒光りするその身体は強固な甲殻に守られており生半可な攻撃は防いでしまいそうだ。この外見だけで普通の人間なら恐怖を覚えて動けなくなってしまうかもしれない。

 とはいえ―――


「ちょっと格が足りないな」


 こちとら名うての邪神官ランプレヒトやら、“三天騎士トライアーク・ナイト”のヘレナとも渡り合ってきたのだ。彼らの威圧感に比べれば、どう甘く見積もったとしても数段は軽い。


キシャアアアァァァァァッッ!!!


 そのまま蟲系の魔物の中でも特筆すべき獰猛さをいかんなく発揮し、一気にこちらのほうへ間合いを詰めてくる。


 遅い。

 それが率直な感想だった。


 激突する直前にひらりと体を滑らせながら、相手の足にすれ違い様の蹴りを叩き込む。

 見た目通りの硬度。

 常人なら足が折れてしまいそうな硬さだが“天恵”によって強化されている足は、向かってきた勢いも手伝ってそれをぶち抜き、へし折ることに成功した。

 一本足がおかしくなったことで思わず体勢を崩しそうになるが、なんとか残りの脚をばたばたとせわしなく動かしつつ立て直しながら、向きを入れ替えて再びオレへと視線を戻す巨大蟻ジャイアント・アント

 さすが伊達に足を6本も持っていない。

 2本しか足のない人間なら1本へし折られたら、体勢を整えるどころか移動手段や直立の維持すら限定される大打撃だというのに。


 ギシャシャシャッ!!!


 痛みを感じているとは思えない感情のない無機質な反応。

 どうにも蟲の感覚は推測しがたい。

 再度突進してくる敵に対して、今度は触角を掴んで相手の勢いにオレの反転する勢いをプラスし加速させ、そのまま投げる。


 ベギベギビギ……ィッ!!!


 そのまま巨大蟻ジャイアント・アントは6メートルほどすっ飛んで行った。

 オレに触角を掴まれた頭だけを残して。


 首を無くした体はそれでもまだ地面に叩き付けられた後ももがいている。

 凄い生命力ではあるが、直に動かなくなった。


「一丁あがり、っと!」


 半分触角が根本からちぎれかかっている頭部をポィっと投げ捨て、ユディタのほうがどうなっているかを確認する。

 彼女はと言えば、すでに一匹を倒して最後の一匹へ取り掛かっているところだった。


「って、オィオィ。何やってんだよ…」


 思わずそう呟いてしまった。

 ユディタの戦い方が余りにも出鱈目過ぎて、だ。


 当たり前のことだけど、魔物と人間は身体のサイズが大きく違うことが多い。

 以前ユディタが退治したマンティコア然り、オレが退治した食人鬼オーガー然り、そして今相対している巨大蟻ジャイアント・アント然り。

 自然界で言えば、単純に大きいことイコール強いことに繋がる。勿論小柄でも強い種はいるものの、結果として大型化が進んでいるのは納得のいく話だ。


 だからこそ敵対するときは真っ向から勝負しないこと、それがまず第一になる。

 別段罠を仕掛けろとかそういう話ではなく、力比べはせず攻撃を避けて死角から攻撃するとかヒットアンドアウェイを繰り返すとかそういうことだ。

 単純な力任せの戦い方では、圧倒的に体格に優れた相手に対して勝利を掴むことは難しい。

 “天恵”で身体能力が常人の域を超えているとはいえ、そもそも相手は生まれながらにして人を超えているのだから。圧倒的な差を、抗うことが出来るレベルまで縮めることが出来たとしても、負けていることには変わりない。


「てりゃぁぁ! ぁぁぁぁ!!」


 ぶおぉぉぉん!!


 巨大蟻ジャイアント・アントが投げ飛ばされている。

 たださっきオレがやった投げとは全く違っていた。

 オレは相手の勢いを利用して体勢を崩して投げた、ユディタはと言えば、相手が敢えて踏ん張れる状態にしておいて力任せに投げているのだ。

 投げられた蟻が立ち上がって再び向かってくると、正面からそれを受け止める。

 余りの勢いに数メートル後ろに押されるものの完全に勢いを止めてから、首を掴んでそのまま締めながらゆっくりと持ち上げていくのだ。

 相手は身体を低くしようとしたり脚でじたばたともがくものの、それすら強引に力で封殺。完全に相手を浮かせてから放るように投げた。


 ぶおぉぉぉん!!


 いや、ちょっと待てと。

 さっきオレが正面から力勝負するな、とか、体格的に不利だからとか偉そうに語ってたのを全部真っ向から否定ってどうなのよ。

 しかも最後ちょっと鋭角気味に投げたら、そのまま動かなくなったし!


「いぇい☆ 準備運動はばっちしで暖気できたかな~ぁ」


 こんだけやって前座。

 こっちも文字通り格が違うな。

 アネシュカやヘレナたち現役の“三天騎士トライアーク・ナイト”と比較しても実力が頭一つ抜けている印象がある。


「じゃ、アネシュカちゃん呼んでこよっか」

「はいはい」


 少し周囲を警戒して、それ以上の敵がいないのを確認してから戻り始める。

 先を行く彼女の隣に追いついて歩調を合わせながら、ふとさっきの話を続けてみることにした。


「さっきの……本気か?」

「え? 何のこと? いつでもどこでもどなたでも~、ユディタちゃんは本気ですケド?」

「“神殺し”」


 それを言葉にした途端、ユディタは心底面白そうに笑った。


「あれ~? やっぱ少年も男の子だよねぇ~。気になっちゃう感じ?」

「そこで茶化さない」

「えへへ……本気も本気。真面目も真面目、超大真面目だよ」


 いつものように軽口めいた受け答えをしてから、少し口調を変えて彼女は答えた。


「ルーセントは考えないかな? 自分が強くなって強くなって……最期の相手は誰なんだろうか、って。

 ワタシは偶々エルフとして生まれたから長生きだけど、人間の人生は短いでしょう? そう考えたら戦者としての全盛期はあっという間に過ぎる。

 磨き抜いて鍛え抜いて極限にまで至った時、それ老いさらばえて朽ちる前に実力を振るうに相応しい敵と巡り合いたい……そう考えるのはおかしなこと?」


 その相応しい相手が神―――彼女は言外にそう言っていた。


「生憎、ワタシはもっと相応しい相手を知らない。古の竜とか旧文明の遺産とか、それに匹敵するらしい話を聞いたことはあるけれど、それでも明確に最強となった自分を証明するのに十分な存在を考えたら……挑戦したくなるでしょ」


 ぐ、と拳を握って彼女は続ける。


「いつから考えだしたのかな……忘れたけれど、だからこそ神に縛られる“三天騎士トライアーク・ナイト”を退いたの。

 そしてただ只管に自分のためだけに牙を研ぐためにここに来た。こんな巨大蟻ジャイアント・アントくらい基礎能力で捻れるくらいじゃなければ、土俵に乗ることすらできやしない。それが神だと思っているから、そう在り得るように鍛えて、そして必殺技とっておきも用意した」


 “天恵”の最終形として霊力そのもの及び霊力による強化が在る。

 基礎身体能力で魔物を圧倒的できるほどであれば、そこに強化を施せば能力はさらに飛躍的に伸びるのは間違いない。そして、それでも勝てるとは考えずに勝敗を覆すに足るだけの隠し玉を用意する。

 なるほど。

 彼女がそれを成し遂げられるかどうかは別として、成し遂げようという意志を持ち、そしてその意志に足るだけの準備をしてきたのだけは間違いない。


「だから本気も本気。これだけやっても不十分かもしれないし、負ける可能性のほうが高いかもしれない。でもそれだけの相手だからこそ“神殺し”という偉業には価値がある。でしょ?」


 まったくもって否定する隙のない正論だ。

 それでも、と思い出す。


 ヘレナと戦った後に見た夢。

 記憶といったほうが正しいか。


 その追憶の中に居た―――軍神アレス。


 もし復活する神があのクラスであったとしたのなら。

 勝てるとか勝てないとかそういう次元にすら存在していない。

 圧倒的な力を持っていることはもとより、それ以上にどうにか出来るイメージが沸かない。

 ユディタが竜を退治する、とかそういうのは容易くイメージ出来るし、おそらく可能だろう。

 だがあの神相手に何をやっても勝てる気がしない。ただ相手がこちらをどうするつもりなのかで生死が決まってしまうような、そんなレベルだ。

 もし神を殺し得るとすれば、それは同じ神か、もしくは神に抗するだけの力を神から与えられた場合のみ。つまるところ神の意志が無ければ神をどうこうすることが出来ない、そう決めつけてしまいかねないほどの格の違い。



 ただ―――おそらく彼女にそれを告げても、それでも進むことを止めないだろう。



 その不屈な精神こそが、神を殺すという難行には最も必要なものなのかもしれない。そしてその有り様は何よりも眩しいものだった。



「ん~? 何? ワタシの顔をじっと見ちゃって~。

 あ! もしかしてあまりの格好よさに惚れ直しちゃった!?」


 それはいいんだけど、真剣な話をした後に茶化さないと気が済まないのか、ユディタは。

 まぁそれならそれで黙らせよう。


「そうだな……確かに元々惚れてるから、惚れ直したで間違ってないか」


 しれっと真顔でそう言う。


 え? なんでこれが黙らせることになるのかって?

 まぁアレだ。

 結論としては師匠は弟子によ~く似てる、ってことで。



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