57.英雄への挑戦
完璧に入った締め技。
その感触にふと首を傾げそうになるものの、だからといって締めが甘くなるわけでもない。
意識が急速に落ちて行った―――
「なんちゃっ、て!」
―――かに思える寸前で腕が離された。
「~~ッ!!」
やっぱりか!と内心叫びたい気持ちを押し殺しつつ、念のため前に転がって間合いを取って振り向く。視界に飛び込んできたのは、案の定見知ったエルフだった。
「やっぱユディタか!」
「なんだいなんだい、せっかく敵地で再会した師匠に対してその言いぐさは~?」
敬って欲しいというのなら、それなりの言動をしてもらいたい。
この非常時にいきなり後ろから意識を落としかけるとか、無茶苦茶にも程がある。
そんな想いを込めてジト目で見つめていると、
「いや~、油断大敵、マジ危険!ってやつだよ。あんまり背中が隙だらけだったから、ここはひとつ生徒に教育しないと!って燃え上がっちゃった。ゴメンね?」
「アンタ…敵地で何してンだよ、ホント……」
はぁ、と脱力するが相手はユディタだ。
こういう人だと納得しないと話が先へ進まないことは、ここ一カ月の経験で理解していた。
特に怪我をしていたりといった様子もない。
「ところで、なんで少年がこんなところにいるのかな?」
「それはこっちも同じこと言いたいけど。こっちの事情だけ言うと、家の方にランプレヒトが奇襲してきて邪神復活するぜーって内容の手紙もらったから、そこに向かってたトコ。ちなみにヘレナは奇襲のときに消耗したんで、アテナ教団のほうへ行ってもらった」
「わぁ! まさにイベントのオンパレードだね~」
まぁそのへんは否定できないところではある。
最初にアローティアで目覚めてから、まだ二月も経っていないがその間の密度ときたら笑うしかないレベルだ。まったくもって波乱万丈にも程がある。
「ちなみにランプレヒトからは、すでにユディタとアネシュカは始末した、みたいな下りがあって心配してたんだけど……」
「あー、確かにヤバかったのはあるね。一歩間違えば全滅!的な?」
彼女にしては珍しく困惑した顔で説明されたのは、ユディタたちが遭遇した森での罠。
“不滅蟲”を利用したものについてだった。至近距離で発動した“不滅蟲”で危うく死にかけたとのこと。
ふむふむ、そっちもそっちで色々あったんだなぁ―――って待て待て!?
「イヤイヤ! なんで無事なの!? 勿論無事でよかったのはよかったけどもさ。
“不滅蟲”ってアレだよな? 都市ひとつ壊滅しちゃうとかそういうレベルの祭器だったはずじゃなかったか!?」
なんでそんなものを仕掛けられて、平然としているんだ。
「無事っていうと微妙なラインだけど~、そこは天下のユディタさんですよぉ!
生憎完全には間に合わなくて片手喰われちゃったけども、咄嗟にアネシュカちゃんが張った結界で勢いを止めて、そこからワタシの必殺技で―――どかーん!!ってしちゃったワケ」
説明によると、“不滅蟲”の脅威な点はその拡散能力、そして次から次への増殖性にあると言う。
不特定多数を一気に殲滅せしめるという意味では恐ろしいが、つまるところ対個人としての威力を見たときにはそこまでのものじゃない、とユディタは言う。
最も今回に限っては予め対抗策を考えられていたことが大きい。オレやアネシュカがアローティアでやった戦いは無駄じゃなかった、ということだ。
「アネシュカちゃんが護りを固める“聖域”という手段を持っていたこと、発動直後で一方向から限定した量でしか向かってこなかったこと、そして何よりワタシに一瞬で撃滅しうる技があったこと。この全てがあったからこその結果だから、良い子は真似しちゃダァ~メ!!」
いや、言われんでも邪神の祭器相手にそんな真似を自分からしに行く奴はいないと思う。オレだってそういった状況に追い込まれたならともかく、敢えて試みる気は起こらないし。
とはいえ、ひとまず情報交換は終了。
今は貴重な戦力が増えたことを喜ぶとしよう。
正直相手が複数ということもありオレだけでは心許ないところがあったが、ユディタたちが加わるとなれば正面からブツかってもイケそうな勝算が出てきた。
ユディタの話では、彼女たちが巡回していた蟲たちの領域はすでに生命の居る気配のない場所と化していたらしい。そのため、他の場所も探りを入れに来て今に至るとのこと。
「なんてゆーのか、ワタシたちが来る前に一度“不滅蟲”を発動させたみたいな感じの荒廃具合だったのだよぅ。だから、ってゆーワケでもないんだけど、まさか罠に別の“不滅蟲”を使うとは思ってなくって」
「アレって邪神の力によって作れた祭器って話だっただろ? そんなにポンポン使えるほど数があるもんなのか……?」
普通祭器なんてのは、多大な犠牲と儀式によって引き起こされた神の奇跡にて作成されると聞いている。いくらなんでもそう簡単に量産できるような品じゃないはずなんだけどな。
「そーそー。だからきっと何かカラクリというか種があるんだろうねぇ。
そんなわけで色々あったのはあったんだけど、今ひとつ事態が飲み込めてなかった感じ? でも……そっかぁ。邪神の復活的なことを目論んでるのかぁ」
そう呟く彼女の瞳は、その言葉の不吉さとは裏腹に爛々と輝くような光が宿っている。
傍から見ていてもハッキリとわかるくらい明らかにテンションが高まっている感じだ。普段から気分屋なところのあるエルフ女性だったが、それでもここまでやる気になっているのは見たことが無い。
「ささ、そうと決まったらあそこにいる蟻クンたちを片づけちゃおうか! ああ、もし疲れてるとかなら後ろに下がって休んでおく? もうちょっと行ったところの茂みにアネシュカちゃんもいるし」
どうやら当たりをつけた遺跡を偵察する、ということでアネシュカを離れたところで休憩させてユディタがちょっと先行、探りに来たらしい。
確かにアネシュカはゴツい鎧着込んでるから隠密には向かないもんな。
「アネシュカ呼ばないで、このまま戦うのか?」
「巨大蟻くらいなら一蹴できないと。勿論遺跡に入る前に合流するけど、この後にメインディッシュが待っているかも、って言われたら張り切るっきゃないっしょ?」
「……メインディッシュ?」
そう聞き返したオレに、
「そうそう。復活するかもしれないんでしょ? 邪神が。
そうならないように努力するとして……もし間に合わなかったその場合の話」
彼女は笑顔で答える。
端正な容姿の美女の笑み。
だがそれはどこか好戦的でいて尚且つ圧倒的な渇望を感じさせた。
「挑戦できるんだよ、“神殺し”に」
どくん、と。
その言葉に鼓動が高鳴った気がした。
―――神殺し
それは英雄の所業。
神話や伝説の中にわずかに存在する人の人たるを超える偉業。
善神、悪神問わず神という存在は圧倒的な力を誇る。
それこそただの人間とは隔絶している、と言うしかないほどの力の差。それが純然たる事実として横たわっているがゆえに、それを為すことはまず有り得ない。
だからこそ、人の可能性の極限を体現する者として、為し得た人間は何よりも希少であり尊く、そして英雄と呼ぶのだ。
「さ、行こうか」
詳しく確認する暇もなく歩き出したユディタ。
昂ぶる胸を抑えられないままに、オレはその後に続いた。