55.破れぬ約束
隠命森、遺跡群が存在する地域。
その名をルート09領域と言う。
ユディタによる命名のため、他にどう呼ばれているかはわからない。だが個人的には他にここまで到達した人間がいないとのことだから、これが唯一の名称だと判断しても差し支えないだろうと思う。
消耗した分だけ栄養を摂ろうともぐもぐ肉を咀嚼しながら説明を聞く。
遺跡と言っても、年代ごとに大きく3つに分かれる。
まず第一文明―――通称“旧文明期”。
最も古い文明とされている。半分片足を神話に突っ込んでいる年代に存在しており、各教団の創世神話などにもその文明の存在を見ることが出来る。星の海を往く船を建造したとまでされている恐ろしく高い技術を誇ったとされている。
どの神話の記述を見ても、世界の創世の前後に跨っている文明であることから、旧き世界の文明を持ち込んだとの意を込めて、先述の通りに呼ばれている。
次に第二文明―――通称“神巫王国期”
旧文明が滅んだ後に各地に興った王国の時代。
神をはじめとした他者に力を借りる技術が発達し、その力により隆盛を極めた。法術や召喚術の絶頂期とも言われ、神々の眷属たる神獣、幻獣なども多く姿を見せていた。
世界が神と今よりも近しかったとされており神や精霊など、それぞれが讃える存在の王国が各地に存在していたらしい。
第三文明―――通称“魔術帝国期”
衰退の兆しを見せつつあった各地の神巫王国、それを併呑した強大な帝国が誕生してからの時代。
原因は今でも不明だが、世界的に神との交流が衰えてしまったため急速に力を失いつつあった神巫王国に対し、それに成り替わるよう魔術と呼ばれる自らの力で起こす事象術を使える者、つまり魔術師たちが大きく勢力を伸ばした時代と言える。
そして現在はその魔術帝国が滅んだ後、各地に新たな王国が生まれ、そして続いてる謂わば第四文明と呼ばれる時期らしい。
今回のルート09の厄介な点は、この第一から第三までもほぼ全ての遺跡が存在しているという点だ。正確には旧文明期の遺跡があったからこそ、神巫王国が施設を作り、その遺跡があったからこそ魔術帝国が施設を作った感じなんだろう。
幸いユディタの書物からはある程度、どこに遺跡が存在しているのかという記載もあるが全てというわけではない。
これらの中からランプレヒトが潜伏している遺跡を見つけるというのは中々骨が折れる。
「面倒だな」
「ええ、でも今回の彼らの目的は邪神の復活……であるならば、第三文明の遺跡は対象から外すべきかと思いますわ」
そう言いながら彼女はユディタの記載を写した地図、そこに記されている第三文明の地点に×を入れていった。
第三文明は最も直近の遺跡ということもあり、保存状態的に残りやすいため最も数が多い。消去法でそれが消えるのは助かるね。
「お、これだけで半分近く消えるのはありがたいな。そう考えると邪神とはいえ神だ、神巫王国期が一番可能性高そうに思えるんだが……旧文明期のは外せないか?」
「難しいところですわね。単純に神との繋がりと言えばそうですけれど、神話に登場する文明でもありますから、一概に除外するのは危険かもしれませんわ。いえ、ちょっと待って下さいな」
このへんは、さすが現役のアテナ教団員。
神様関係のことならかなり頼りになりそうだ。
少し悩んだ後、
「以前調べたときの資料によれば、邪神ゾルフゲンダーは比較的新しい神と聞いておりますわ。かの神の教団には創世神話に繋がる記述がほとんどないのだと」
アテナやアレスといった旧き神は創世時にはすでにその存在が確認されていたが、実はその後に存在が確認された神もいる。
世界が誕生した後に交信が始まった神々のことを、旧き神と対比して新しき神と言うのだそうだ。
「そう考えれば、旧文明期の遺跡は除外……とまではいかずとも優先順位を下げる方向でいって問題なさそうですわね」
その条件で再度確認すると、残った遺跡は4つ。
ここまで絞り込めれば、あとは現地で侵入の痕跡の確認か何かをして確定させることができそうだ。
「この4つを回るのであれば、このルートがいいと思いますわ。時間的には最短とまではいきませんが、途中にある魔物との遭遇率が高いこの地点を避けることが出来ますから、消耗も少ないでしょう」
テキパキと次々に計画を立てていくヘレナ。
やっぱり結構デキる女だよなぁ。
「それに表記があった“祝祭”という言葉をヒントとするのであれば、ここの遺跡が最も可能性が高いのではないでしょうか。
この遺跡の名は古い言葉で“豊穣の喜び”と“神への捧げもの”という意味がありますの。
どちらも祝祭という言葉と関わり合いがありそうに思いませんこ……と……?」
黙ってじーっとヘレナを凝視していることに気づいたのだろう。
説明していた彼女が驚いて言葉を止めた。
「……何ですの?」
「いや……なんて言うか、家事も上手いし、こういう分析も上手だし。デキる女だなぁって感心してた」
ヘレナが訝しみながら問うので、どう答えたものかと思ったが結局正直に思ったことをそのまま言うと、照れて黙ってしまった。
「ル、ルーセントさん。そうやって女性なら誰でも褒めればいいと思っているなら、どうかと思いますわよ?」
「そういうわけじゃないんだが……女性を大事に、ってのは思うけど、興味もない全く関係もない女性も褒めようとかは思ってないし。本心だよ。
アネシュカにはアネシュカの出来ること出来ないことがあって、ヘレナにはヘレナしか出来ること出来ないがある。ヘレナ本人が自分の価値に気づいてないみたいだから、これからは気づいたら一々指摘してあげようかな、と思ったんだ」
「…………~~っ。そんなルーセントさんなんかにいくら言われても、う、嬉しくなんかありませんわ!」
コンプレックスなんてのは長い時間かけて凝り固まったものであることが多い。
さっきの戦いの後のやりとりで風穴は開けれたような気がするから、あとは気長に本人が自覚するのを手助けしてあげるくらいでいいだろう。
所詮、自分自身が納得しなければこの手の問題は何も解決しないのだから。
「は、話を戻しますわ。以上の理由から、第一目標はこの遺跡でよいでしょう。そこから探って可能性の高い順に回っていくこのルートこそが最適かと思いますわ」
「OKOK」
ルートが書かれた地図を受け取る。
幸いなことにここ一ヶ月でユディタから大分森の歩き方は教え込まれたので、これだけ準備してあれば何とかなるだろう。ありがたいことに出てくる魔物の事前知識ももらってるわけだし。
「で、だ。そのデキる女のヘレナさんにひとつお願いがあるんだけど」
こちらも準備を整えている目の前の聖騎士に対し、
「遺跡にはオレが行くから、アテナ教団に今回のことを伝えて善後策を練っておいて欲しい」
「無謀ですわ! 相手はあのランプレヒトですわよ!? しかも敵方には“大英雄の末裔”がいるのが確定、もしかすればそれ以上に強敵がいるかもしれませんのに!」
その指摘は至極もっともではある。
ヘレナとの戦いで自分でもわかるほどメキメキと技量を上げることが出来た自覚はあるものの、実際のところ、ランプレヒトとヒュロスの両方を相手にしてどうにか出来るまでには至っていない。
一対一なら、結構勝率があるレベルにはなったと思うんだけどな。
だが問題はそこじゃない。
「勿論連中をどうにかできるなら、それに越したことはないさ。
でも現実的に考えればアネシュカとユディタだってどこかに居るはずだろ?
ランプレヒトはああ言ってたけど、あの二人が生半可なことで死んだりするとは思えないから、ルート09領域に行く前に彼女たちが巡回に行っていたルート07領域に寄ってみようかとも考えたんだが……」
“三天騎士”級に二人だ。
合流出来れば戦力としては申し分ない。
「最悪ランプレヒトの言っていることが正しかったとしたら無駄足になる。
それにもしアネシュカたちが連中の襲撃に上手く対応できていたなら、ここに戻ってくるか、逆に連中捕まえて本拠に襲撃することだって可能性もあるかもしれない。
そう考えたら、オレとしては探しにいくよりも遺跡を確認しに行く方がいいんじゃないかって結論になったわけだ」
遺跡にいってまだ猶予があるとするなら、最悪一度戻ってきてもいいわけだしな。
「なら、わたくしもついていきますわ! 独りでは危険すぎますもの」
「今回は失敗したら邪神が復活しちゃうってハナシだろ? 実際のところ出来るかどうかは知らないけど。そうしたら失敗したときに備えての段取りはどうしても必要だ。
そしてそれはアテナ教団でしっかりした地位にあって、物事を動かせるだけの立場がないといけない」
ポっと出のオレがいきなり「邪神だー!」とか叫んでもどうにもならんし。
お題目というか名目としてはこれで十分だろう。
実際のところ、失敗する気はさらさらないし、ランプレヒトの性格からして罠だったとしても全くもって乗り越えられないものを用意しているとは思えない。
信頼というには奇妙だが、ゲームに興じているかのように動くあの男にとって遊び相手と見込んだ相手との遣り取りは最大の娯楽なのだから。100%自分が勝つとわかっているゲームなどする価値がない、という確信にも似た感覚があった。
つまるところこれはヘレナを離脱させるための口実だ。
実際最後のオレの治療で法力が枯渇した彼女が回復するにはかなり時間がかかるし、催眠の後遺症がないとも限らない。万全なら是非とも力を頼りたいところだが、不安要素が多い今は出来るならば安全なところに居てもらいたい。
「……わかりましたわ。そうやって本心を隠して話をするのでしたら、わたくしにも考えがあります」
「? 別に嘘なんてついてないよ?」
とはいえ敵も然るもの。
薄々気づかれてしまっているらしい……聡いなぁ。
とか思っていたら不意をつかれた。
一瞬だけ唇に感じる柔らかい感触。
すぐに離れた後にかすかに残る体温の残滓だけが、今の出来事が現実であると告げていた。
「……」
「…………」
いや、そこで黙りこまれても困るんだが。さっぱり相手の意図がわからずに今度はオレも固まってしまう。そんな茹蛸のように顔を真っ赤にするのなら、なぜやったのかと疑問だけが浮かぶ。
「こ、これは……貸しですわ!」
びし!と指を突き付けられた。
「貴方が言う通り、このやり方で上手く行くと信じましたの。だからちゃんと無事に戻ってきて……そう! 今のキ、キスの代償にわたくしにひっぱたかれなさい!」
………。
……。
…あー、なるほど。そういうことね。
してやられた、とばかりに自分の頭に手を当てると苦笑がこみ上げてきた。
女にここまで言われちゃ、こりゃ是が非成し遂げるしかないじゃないか。
例え相手が神だろうが関係ない。
「そりゃおっかないなァ……わかったよ。聖騎士様の祝福ももらったことだし、サクっと神を倒して戻ってくるか!」
「倒したらいけませんわ! その前に復活させないで下さいまし」
おぉ、そういえばそうだった。
その後、話がまとまったところで出発の準備をし、オレは一路目的の遺跡へと向かったのだった。