51.守より破へ飛躍すべし
怒涛のように激しく、それでいて清流のように淀みのないヘレナの攻撃が続く。
刺突。
そこから剣を引きつつ体を反転させ、剣先を入れ替えるように撃ち出される肘。
肘を止めれば、肘を伸ばしてそのまま手刀。
防がれても密着した手刀を少し内転させつつ、そのまま剣の柄を打ちつけて相手へ衝撃を徹す。
ひとつひとつの攻撃が全て次の攻撃の布石となり、そしていくつも先を見据えた伏せ札となっている。
その全てを避けることなど到底不可能。
ただ見極めることに集中し、ダメージの大きな致命の一撃を回避し続ける。
とはいえその攻撃はある意味全てが致命の威力を持っている。一般人なら防ごうが何しようが即死である。
正確にはオレの防御力に対して圧倒的に上回る攻撃にだけ注意する、といったほうが正しいか。
「がっ!?」
強烈な回し蹴りを受けて、何度目からわからない吹っ飛ばされ方をする。
そのまま再び樹に激突して止まった。
解決策がそう簡単に見つかれば苦労はしない。
つまり重要なのは見つかるまで心を折らずに探し続けることだ。
「……なんて恰好つけてみても、現実はこれだからなぁ」
ぺ、と血の混じった唾を地面に吐いた。
しかし躊躇している暇はない。
右に転がるように避けると、ぶつかった樹にヘレナの前蹴りがヒットするのが見えた。
ベキベキベキベキィ……ッ!!!
太さが成人男性の胴回りの倍はありそうな樹が一撃で見事にへし折れて倒れる。
いや、ホントに“三天騎士”なんてものがアレナ教団で評価されている理由がよくわかった。
鎧袖一触を可能とする一騎当千の強者。
その言葉に十分過ぎるほどのものが今のヘレナにはある。
本人としてはアネシュカにコンプレックスがあるのかもしれないが、そんなものを感じなくたって十分過ぎるくらいに稀有の才能を有している。
「それをどうやってお姫様にわからせるかなんだけど……なッ!!」
反撃とばかりに剣を振るうも容易く避けられる。
攻撃のバリエーションが違い過ぎる。
向こうはひとつふたつ避けられようが対策をされようが、いくらでも攻撃を当てるアイディアがあるだろうが、こっちは少ない攻撃パターンを見切られたらそれでおしまい。
身体能力は大きく違わないにも関わらず、その技術と経験の差が大きな壁になっている。
……ん?
経験が足りない、そこからの結論として技術の引き出しの差があるっていうのなら、それを補えばいいのか。
脳裏の閃きが導くままに鋭く踏み出しながら剣を振り上げる。
で、確か……こうかッ!!
一瞬剣先を揺らして止める。
そこに注意が向いた瞬間に前蹴りを放つ。
ヒュッ!!!
敢え無く回避されるが、先にフェイントを入れたこともありその動きは先程までよりも明らかに鈍かったように思う。
戸惑うヘレナに畳みかけるように攻撃を繰り出していく。
やっていることは単純。
これまで彼女が繰り出していた連撃をそのままやり返しているだけだ。
単純にそれだけで打倒できるとは思っていない。だがこれまでいとも簡単に攻撃に割り込まれていたのはあくまでその攻撃の繋ぎが甘かったから。
勿論ぶっつけなので精度は荒いものの、連携技の隙が少ない彼女の技の選択、繋げ方は本人にとっても割り込むことは容易くないようで、今までのような圧倒的に攻撃する姿から多少なりとも明らかに防御に回ることが増えた。
経験が足りないならば、今ある経験を最大限活かせばいい。
技術が足りないのなら、目の前にいる格好の教材が繰り出す無数にある攻撃パターンをひとつひとつ覚え、組み合わせて噛み砕いていけばいい。
……ああ、そうだ。それからだ。
まずヘレナに追いついてから、催眠をどうにかしようとすればいい。
容易いことじゃない。
それこそ彼女が積み上げてきた技術と経験をこの一戦で喰らい尽くそうというのだから、命のひとつやふたつは張らないといけないのは当然だ。
それでも、やらなければ先が無い。
彼女を助けることも、アネシュカとユディタを助けることも……そしてランプレヒトたちをぶちのめして企みを阻止することも。
さりとて敵も然る者。
彼女自身を模倣した攻撃すらも掻い潜って、技の繋ぎの僅かな隙に割り込むように下段から跳ね上げるような逆袈裟の一撃を放ってくる。
バックステップで避けると、勢いを活かしたまま体勢を入れ替えようとするのがわかった。さっき一度見ているために見極める余裕ができたのだろうか。
その体勢から喰らった後ろ回し蹴りを予測して、横に回避しようとする。
ぞわり…。
刹那ふと感じた寒気に素直に従い反撃のための最小限の回避を捨て、さらに大きく後ろに飛び退いた。
ボッ!!!
目の前数センチを刃が垂直に落ちていく。
掬い上げるような軌道の剣を振り切った後、手首の返しだけで逆手に持ち替えて上から突き出す攻撃へ反転させたのだ。
危うく頭を串刺しにされるところだった。
先程までの動きを相手に敢えて意識させ、体勢でフェイント。
土壇場のギリギリ最後の動きを変えて追い込む連携……いいね、これも勉強になる。
とはいえ、さすがにこちらの意表をつくために無理にフェイントをしたせいで、体勢は大きく崩れている。右の腕は剣を逆手に持って下へ大きく伸ばした状態、身体は半身のまま後ろ回し蹴りと見せかけるために後ろを向きかけるという腕と体が反対へ向いた、所謂体が伸ばし切られた状態だ。
この戦い初めての決定機。
振り下ろした手を掴んで、そのまま飛びつくように腕を背後から彼女の首へと回した。絞め技ならば無駄に傷つけることなく意識を刈ることが出来る。
「……マジ、かぁッ!!?」
だがそうは上手くいかない。
絶妙のタイミングで彼女は前に体を傾け、次の瞬間勢いよく大地を踏み上げて背中をカチ上げるようにオレに当てた。
おそらく飛び掛かってきた勢いを利用したのだろう。まったく手を使っていないにも関わらず、オレは彼女に投げ飛ばされてしまっていた。
正確には飛び掛かろうとしたらスカされた挙句、そのまま勢いを加速されて前へ放り出された、というのが近いか。
やはり無傷で確保なんて狙わず殺すつもりで剣を使うべきだった―――とは思わない。
女性を殺すのは御免蒙る。
これは信念の問題だ。
相手が弱いから貫く、強くて手に負えないから諦める、なんていうのはそもそも信念じゃない。
勿論この信念が万人にとって正しいというわけじゃないのはわかっている。殺さなければならないようなクズもいるだろうし。
だがそんなことはどうでもいいことだ。当人が意地を徹すかどうかだけが問題なのであって、他人がどうこう言おうが関係ないのが信念だから。
だからこの場合考えなければいけないのは、強すぎて殺さないでどうにかするのが難しい、ということではなく、強すぎるが殺さないでどうにかするにはどうすればいいか、だ。
それが出来る者を英雄と言うのだろう。
自らの力で我を押し通す。
これ以上にゾクゾクする快感は他にない。
そしてそのための道はすでに見えている。
ヘレナの繰り出す新しい技の連携をひたすらにいなしながら、それを写し取るように蓄積して返していく。
一瞬の油断さえ許されない濃密な時間の遣り取りにも関わらず、オレの胸は高鳴っていった。