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49.避け得ぬ刃

 ランプレヒトが放った一言。

 短い台詞だけにも関わらず、それが齎した衝撃は大きかった。


 アネシュカとユディタ。


 森へ巡回に向かった二人が、“不滅蟲イモータリティ・インセクト”によって襲われてしまっている、というその内容は内心の動揺を呼び込むのには十分過ぎた。

 そしてどんなに隠したとしても、隠しきれない動揺がほんの少しでもあれば、それは邪神官にとっては十分過ぎる隙となる。


 フォッ!!


 以前アローティアで戦ったときとは比べ物にならない速度で間合いを域に潰し、そのまま刃を寝かせて突きを放ってきた。

 空隙を縫うかのような絶妙な意識の死角。


 ガッ!!!


 意図しての回避は出来なかったが、反射的に払った手、その底が偶々剣の腹に当たり弾くことで軌道を変えることに成功した。刃がオレの頬の外側5センチほどのところを流れていく。

 ぞわり、とした感覚とこれまでの戦いからの予測を元にしゃがむと、突かれた刃が横薙ぎに変化してオレの首があった場所を閃いていった。

 そのまま、こちらも手にしていた剣を振るうも、邪神官はあっさりとそれを避けて後退した。

 やっぱり純粋に剣技の勝負になると精度の差が出てキツいか。


「随分とキビキビ動けるようになったんだな」

「いやいやいや、それを言うんならキミもそうだろう、というか、もっとキミのほうがおかしいだろう。前はもっと遅かったっていうのに……さすが元“天恵”のところで修業したと言うべきなのかな?」


 こちらがランプレヒトの動向を気にして把握しようとしていたように、どうやらこっちの動きもかなりのところまで知られていたらしい。少なくともオレがここでユディタに修行をつけてもらっていたなんてことは、そうそう知られていないはずなのにな。

 可能性があるとすればヘレナが報告を入れていたアテナ教団くらいだ。

 その中、それもそういった情報に触れられる立場から流出してるということになる。


「それになんだい、その攻撃は。見覚えのある剣だなぁ、とか思ったらいつぞやボクから奪ったものじゃないか。泣く子も黙る邪神官から奪ったものを気にせず使うとか、こりゃ世も末だ」


 確かに奪ったもんだけど、あのとき奪ったのはあんたじゃなくてその影武者な気がするけどな。

 軽口を叩きながらも、ランプレヒトは至極嬉しそうに間合いを離す。

 この殺し合い大好き男にしてみれば、目を付けたオレが手強ければ手強いほどその分だけ楽しみが増えるのだろう。


「やっぱりボクの見立ては間違ってなかった……それなら十分に催し物に参加する資格がありそうだ。

 いやぁホント、さすがだよ! さすがはボクと同じ―――“転生者”だ」


 ぞわり。


 意味はわからない。

 だがランプレヒトが言った“転生者”の言葉はこれ以上ないほどの何かを感じる。


「待て。転生者って……」

「ダメだよ、ダメダメ。これ以上は話せない。ゲームの景品は自分で勝ち取るものなんだから、先に中身を見たら楽しみが半減しちゃうじゃないか」


 問いかけるも答えずに、彼は魔剣を自らの鞘に納めた。

 その傍ら、オレと奴の間を遮るようにすっくと立ち上がった影がある。


「ヘレナ…ッ!?」


 影の正体は先程まで蹲って“再生紋”の治療を受けていたはずのヘレナだった。

 それはいい。

 どうやら出血も止まったようだし、傷が治ったというのなら何も問題はない。


 問題なのは、なぜか彼女がランプレヒトにではなくオレに・・・剣を向けていることだけ。


 ゆらりと構えるその瞳はどことなく虚ろに見えるものの、明確にオレを見据えていることが、その構えと剣先からわかる。

 なぜなのかはわからない。

 だが誰がこれをやったのかは明白だ。


「そーゆうワケだ、ここからはこのカワイ子ちゃんにバトンタッチさせてもらおうかな!

 いやぁ、ここに居たのがアネシュカちゃんじゃなくて助かったわ。やっぱり一心不乱に目標に向かうタイプよりも、こんな風にコンプレックス抱えて色々思い悩んでいる女の子のほうが引っ掛かりやすい」


 アネシュカ、のあたりでほんの少しだけ、かすかにわかるかどうかだが光を失った瞳の奥が揺らいだ気がした。

 確かにヘレナはアネシュカに対してコンプレックスがあったのは否定しないが……それでもそれが心の隙となるようなレベルのものではなかったはずだ。どういう理屈か知らないがあれを操るとっかかりに出来るのであれば、それは単純に目の前の邪神官の恐ろしさを物語るものでしかない。


「法力のほとんどを失っているとはいえ、相手は“天恵”。ゲームの難易度としては中々上等じゃないかと思うよ。なぁに、勝てたらちゃんと景品を渡せる用意はしておこう」


 一枚の紙を取り出して折り畳む。

 縦横2センチ幅ほどになったそれを、ヘレナの胸元に押し込んだ。

 って、オィ。なんだその羨ましい行為は。

 まぁ胸の谷間とかじゃなくて、正確にはさっき剣が開けた鎧の穴に入れた感じだ。


「今回のボクの計画はそこに記してある。阻止したかったら、ヘレナを制圧して確認するといい。

 キミがやってくるのを楽しみに待ってるよ」


 待て、と手を伸ばしそうになるが、ヘレナの戦意が牽制してくるので見送らざるを得ない。

 どう考えても一対三をどうにかできるわけがないのだ。

 ここは見送るのが正解だと頭では理解していてなお、アネシュカのことなど真偽を確かめたい気持ちを考えると、納得するのには多大な労力が必要だった。

 一騎打ちが中断されたことにヒュロスは抗議の視線を一度だけランプレヒトに向けるが、おどけた様子で肩を竦める邪神官に興味を失ったのだろう。ランプレヒトと共にそのまま森へと消えて行った。

 

 残されたのは、オレと殺意を向けてくる“天恵”のみ。


「さて……どうしたもんかな」


 いつまでもヘレナを操られたままにしておくわけにもいかないし、連中の目的を知るためにもなんとか無力化しなければならない。

 無視して避けることが出来ない分、このヘレナは魔剣である“原初の遺産プロエレスフィ・クリロノミア”などよりも余程厄介極まりない。

 そんなことを思っていると、ついに間合いが詰まり刃の交差が始まった。






次回、第50話 「致命の一撃」

 7月29日投稿予定です。

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