48.原初の遺産
タイトルを当初の予告と変更致しました。
それに伴い、前回の予告も訂正しておきます。
ランプレヒト。
邪神に使える者にして凶悪なる賞金首。
オレがヒュロスとやり合っている間に襲来していたのだろう。
そいつはヘレナと刃を交え、一瞬動きを止めた彼女に対してその切っ先を突き出した。
深々と突き刺さる刃。
胸元だろうか。
発現は一瞬。
ビリビリと振動した剣に複雑な幾何学模様のような、それでいて文字のようなものが浮かび上がったと思えば、それがヘレナの体全部に広がった。
「ヘレナッ!!」
どう好意的に解釈してもロクなことにはならなそうな光景に、敵と対峙していることも忘れて思わず叫んだ。だがそれに応える声はない。
模様が体に広がったのが一瞬ならば、消えるのも一瞬だった。
一体何があったのかわからないが、何かが完了したのだろうということだけはわかる。
ずるり……。
刃が引き抜かれると、ヘレナの体がぐらりと揺れて片膝を突いた。
そのまま俯いて動かない。
だが不思議なことに最初はどくどくと勢いよく血が流れていたが、徐々にそれが少なくなっているように思える。
刺した当の本人は、と言えば、
「ふぅ~、ごちそうさまっと」
何事もなかったかのように満足そうにそう言った。
食事の前につまみ食いをしたとでも言うかのように、今の自分の行動に本当に何の感慨も持っていない。仮にもアテナ教団が誇る“三天騎士”に致命になるような傷を与えたのだ、並みの人間ならばもう少し達成感か何かが見えてもよさそうなものを。
改めて、その感覚の異常さに辟易する。
「ああ、やぁ! ルーセントくん。
久しぶりだけど調子はどうかな? こっちは常に絶好調さ、生きているって素晴らしい!」
血に塗れた切っ先を払いながら、ランプレヒトはこちらに向き直った。
例えいくらか修行してなんとか戦りあえるようになったとはいえ、ランプレヒトとヒュロスのレベルの敵相手に二対一となれば敗北は必至だ。
ヘレナは心配だが、だからこそ助けるためには負けるわけにはいかない。
ゆえにランプレヒトを警戒しつつ、より距離が近いところで対峙しているヒュロスへ注意を向けるも、そちらに動きは無い。
まぁ個人的にはそのへんあんまり心配はしてないんだけどな。
「くだらん」
その推測通り、“大英雄の末裔”は一言そう言うと、手にしていた樹をその場に落とした。落ちた樹によって軽い地響きと共に土埃が起こる。
「いついかなるときでも常に敵を思考し備えるその有り様、戦士としては認めよう。
だが今の戦いは戦士同士のもの。横からの助力を乞うてまで行うものではない」
つまるところはそういうこと。
なんとなく感じていた通り目の前の男は戦者としての誇りを持ち、その自負に満ちていた。その彼にしてみれば今の仕掛けは紛れも無く一騎打ち。多対多前提の戦場でならばともかく、そこに横からの加勢など無粋に過ぎる、そう認識しているのだろう。
もっとわかりやすく言えば、今この場においてヒュロスはランプレヒトと同時にかかってきたりはしない、ということだ。
実際のところは敵だし、そうわざわざそう言って油断したところを背後から、ということも可能性としてだけなら考えられなくはない。
だが今回は信じてみることにした。
少なくともオレの見立てではそういったタイプの男ではない。
そう確信を持った判断が誤りだったならば、それ相応の代償を払うだけのこと。
「やれやれ、ボクが目の前に居るのに浮気とはツレないねぇ。会えなくて寂しいとか、そういう気持ちを少しくらい共有してくれてもいいだろぉ~?」
「生憎、会いたいとか会いたくない以前に興味がなかったからな」
ぴしゃり、と言い、
「ヘレナに……何をした?」
「何を、って普通に刺しただけだヨ? ああ、なるほど!
大丈夫大丈夫、実は“三天騎士”さんたちの体には特殊な法術紋が刻まれてるからね。
確か“再生紋”とかいうんだっけ? 名前がまんま過ぎるとか言われても、ボクは知~らないっと。
体がバラバラになるか首が飛ぶくらいの致命傷でない限り自分で癒しを使えないような、ある一定以上の損傷は自動的に再生されるんだよん。大怪我であったとしても問題なく、ね」
その言葉を示すかのように、蹲ったままのヘレナの胸からの出血は完全に止まりつつあるように見える。
「ほーら、ちゃんと治ってるみたいだろう? いつもはもっと急速に治るみたいだけどね、やっぱ戦場で時間かけて治してたらすぐに首取られちゃうし、そうしたらせっかく手間暇かけて“再生紋”入れる意味がないもんな」
間違いなく“再生紋”は働いている。にも関わらずランプレヒトの発言を信じるのであれば、本来の回復力が発揮できない。
そしてその理由として考えられるのは―――そう、さっきの光景くらいだ。
「……その剣が原因か?」
「ぴんぽぉぉぉぉぉぉぉおおおん!
いつもはすーぐに治っちゃう傷でも、今回はさすがにそうはいかない。
なにせその発動に必要となる自らの力―――霊力でも魔力でも法力でも何でも呼び名はいいけど、そういったものが、ボクに美味しく頂かれちゃったから、だ!
どんなに優れた“再生紋”を刻んでいても使うための燃料が無ければ動かない!」
ぎらり、と刃を煌めかせて自慢げに見せる。
「銘は“原初の遺産”。古より伝わる、いわゆる魔剣なんだけど、これがまた凄ぇいい剣なんだ。
斬った相手から生命の力を奪う。ほら、いつぞや港でも使っただろ?」
その言葉に思い出すのは衣服ごとボロボロに黒ずんで崩れていった遺体。
確かにあの光景を生み出すというのであれば魔の剣というに相応しいかもしれない。
「あのとっきはすでに死んでたから、本格的に吸収する前に遺体が完全に消滅しちゃったけど、常人の何十倍、何百倍もの力を持つ“三天騎士”なら話は別。
むしろ“原初の遺産”を発動させたのに、生きてるどころか、まだ“再生紋”を起動させられる程度の力を残していたことが驚きだねぇ」
おためごかしはもう十分だ。
ヒュロスは静観。
ヘレナはまだ無事。
あの剣で斬られた瞬間、一拍置いて発動する能力で力を吸収されるとヤバい。
ひとまずこれだけ情報が出ればいい。
ランプレヒトを排除して、それからヒュロスをなんとかすればいい、って単純な結論に落ち着いた。
「お? やる気満々かぁ、嬉しいねぇ。
さて、頼る者のいなくなったルーセントくんはどうするのかなぁ? 今頃アネシュカちゃんたちは大変なことになっていそうだけど。例えば―――」
戦意を絶やさないオレを見据えながら、ランプレヒトは一度そこで言葉を切った。
一言一句、オレにはっきりと聞こえるように改めて言った、というのが正確かもしれない。
「―――“不滅蟲”の餌食になってたり、さ」
このクソ邪神官め。
本当にロクでもないようなことばかりしやがって。
奴のその言葉がもたらした驚き、嘆き、怒り、その他がグチャグチャになったまま、なんとかそれだけを思った。
次回、第49話 「避け得ぬ刃」
7月28日投稿予定です。