47.絶望のはじまり
一進一退。
オレとヒュロスの攻防はそう表現するのがぴったりと来る展開だった。
まともに当たれば一撃必殺の豪腕から繰り出される一撃。
速度で勝るオレはそれを回避し、攻撃を繰り出す。
だが生半可なものは相手も回避するし、たまに命中したといしても、攻撃を避けられるように浅い踏込みからの一撃ではその鋼のような肉体には大したダメージが入らない。
お互い決め手に欠く、とはまさにこのことだろう。
「まったく……根競べするにはタチが悪すぎる相手だよな」
距離を取り直して再度向き合う。
すでに20合を超える攻防をし交差を繰り返した。
そのうち攻撃が命中したのは5発のみ。
なおかつ余り効いている様子がない。
もしそれが演技だとしたら大したものだと思うほどに、なんともない感じだ。
「それはこちらとて同じことよ」
別段何か意図があるわけでもない、率直な感想を言ったような感じで相手も短く応えてきた。
確かに攻撃をひらひらと避けてチマチマ攻撃してくるんだから、相手にとってもうっとおしいことのこの上ない面倒な敵かもしれない。
「だがお互いこれを続けていても埒が空かぬのは確か」
どずん。
“大英雄の末裔”は手に持っていた鈍器を地面に落とした。
一瞬降参かと思ったが、そういうことをしそうな敵でもない。
そもそも面倒ではあるがそれだけのこと。人間の体力は無限ではない。基礎能力の差を考えるにこのままならば、勝つ可能性としてはむしろ相手の方が高いとも言えるのだから。
それを示すかのように彼からの戦意が、降参して萎むどころか、これからが本番だとばかりに猛々しく放たれている。
つまるところ、本気になった、というのが正しいんだろう。
対するオレはと言えば、ランプレヒトからゲットした剣を手にしていた。
破壊力だけ見れば“食人鬼の王”から奪った大剣のほうがいいかもしれないが、アレは裏手に置きっぱなしだし、そもそもその重量ゆえに剣筋が単調になりがちなので今回はこちらの出番というわけだな。
しかしいつまでも剣が名無しのままじゃ、いまひとつ締まらないな。
よし、ここはひとつ、この剣を“ランプレヒトから奪った剣”=ロブ・ランプレヒト・オブ・ソード、略してロブランソードと名付けよう!
……微妙にダサい気がしないでもないが、他の呼び名も浮かばないし。
じりじりと間合いを測る。
互いに得物を変えた状態、つまりは有効攻撃射程が変化していると言える。
オレは刃物を手にしたことで単純攻撃力は上がっているし、相手は武器から素手になったとはいえあの戦意を考えるに、どちらかといえば素手のほうが得意そうだ。
両者攻撃能力が上がったのだから、それを当てるための間合いの把握が重要なのは言うまでもない。
先手はオレ。
むしろ格上相手に先手を譲るのは悪手でしかない。
今までよりも延びた射程を活かし、一度フェイントをかけてから袈裟がけに切りつける。
だが敵も然る者。
まるで予期していたかのように斜め前に沈み込むようにして避け、踏み込んでくる。相手が素手な分だけ単純に言えばリーチ的にはオレに分があるものの、そもそもの体格―――つまり腕の長さが違う。
半歩前に出ただけでリーチの差は完全に逆転されてしまっていた。
ずぉ…。
嫌な空気。
そうとしか表現できないものを感じて、思わずバックステップ。
拳じゃない……張り手……?
ギリギリ間に合い、全力で後退した場所を相手の開いた手が通過していく。素手になった分だけ重量的には軽くなっているせいだろう。
その動きは明らかに今までよりも速くなっている。
さらに畳み掛けるように右から横薙ぎに腕が振り回される。
これも同じく開手。
間合い的には中間距離、つまりまだ相手の距離だ。リーチの差を活かすためにはもっと距離を取らなくてはならない―――
―――が、それはそれで先細りするだけだろう。
どうしたって同じ身体能力ならば人体の構造上後ろに逃げるよりも前に進むほうが早いのだ。後退していったとしてもどんどん前に詰められれば、そのうち逃げ切れなくなるのは目に見えている。
そう判断してバックステップしてからの着地の反動を使って、前に突っ込んだ。
頭上を通過していく腕にぞくりとしながらも、相手とすれ違うように突っ切りながら刃で脇腹を引っかけるように斬りつけた。
メリメリメリメリ……ィッ!!!
「ッ!?」
驚きの原因はふたつ。
まずひとつは刃から伝わる毛皮の感触。
それはまるで鋼鉄―――しかも飛び切り硬い―――鎧を斬ろうとしている錯覚すら覚えるものだった。斬るどころか傷ひとつつけることすら出来ずに不快な音を立てて刃が流れる。
そしてもうひとつ。
オレが避けたヒュロスの腕。
空振りに終わったそれがすぐ傍にあった樹に命中するや否や、1メートルはあろうかという太さの樹に腕がめり込んだのだ。
すれ違った後、そのまま走りぬけて十分な距離を空けてから振り向く。
当のヒョロスはと言えば手を樹にめり込ませたまま、腕を強引に振り上げようとする。
メキメキメキメキ……ッ。
「マジかッ!?」
思わずそう叫んでしまう。
高さ8メートル、太さ1メートルは超えている大木が引き抜かれてしまっているのだ。
幹に手を突っ込んだままではあるものの、それをまるで棍棒のように持ち上げてしまっているあたり。実に馬鹿げた膂力だ。
確かにオレも樹をヘシ折ったりとかすることくらいは出来るようになったが、引き抜くとなると話は別だ。複雑に絡み合った根本が大地にしっかりと根付いているいるのを強引に引きちぎるには恐ろしい力が必要となることくらい、簡単に予想がついた。
その力を持ってすれば人間どころかマンティコアのような魔獣だろうが何だろうが簡単に引きちぎることが可能だろう。
これが“大英雄の末裔”かと思いつつ、同時に納得する。
偉業を為す英雄の名に恥じぬ、人外の域の力だと。
「っと、感心してる場合じゃないか。どうやって切り抜けたもんかな」
こちらに向き直ったヒュロス。
その手にした樹を武器として振るうのか、それとも投げつけてくるのか。
互いに相手を見据える小気味のいい一瞬の膠着。
だがそれを破ったのは意外にもオレたちではなかった。
ドガァッ!!!
家屋の壁を突き破るように出てくる二つの影。
片方はヘレナ、そしてもう片方は―――
「―――ランプレヒト!!」
吹き飛ばされたのは邪神官のほうであるらしかった。
いくらあいつだって“天恵”のヘレナの身体能力には押されていると見える。単純な近接戦闘ならば彼女のほうが有利だろう。
だが―――
「――――」
ランプレヒトが何事か言うなり、ヘレナの動きが鈍る。距離があるので一体何をしたのかまではわからないが、確実に何かされたのは間違いない。
「ヘレナッ!!」
オレだって敵と対峙している事実も忘れ、思わず声をかけるが反応がない。
そしてその隙を見逃す邪神官でもなかった。
―――ぞぶり。
無情にも右手の剣が彼女の胸に突き刺さったのだ。
次回、第48話 「避け得ぬ刃」
7月27日投稿予定です。
7.27 字話タイトルを「避け得ぬ刃」→「原初の遺産」へ変更致しました。