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46.剛力無双


 背後のヘレナの気配が揺れたのがわかる。


「“大英雄の末裔ヘーラクレイダイ”……まさか実在していたなんて」


 おそらく意味のあることなのだろう。

 文字通りに受け取るのであれば、いずこかの英雄の血脈。そしてそれを名乗るだけの、つまりは英雄の流れであることを納得させるだけの実力なり実績なりがある一族だと。

 それも“三天騎士トライアーク・ナイト”であるヘレナをして驚かせるくらいの。


 ―――宣戦布告。


 奴はそう言った。

 年齢は30前後だろうか。

 生命の息吹が見て取れる錯覚を起こさせるくらい、活き活きと脈打っているその肉体は剥き出しの腕廻りだけを見ても常人と明らかに違う。高密度に絡み合った筋肉は最早一般人のそれとは別の生物なのではないかというほどだ。


「準備がよいというのであれば……行くぞ」


 男の姿が揺らぐ。

 一瞬にして間合いを潰してこちらを攻撃範囲内に収めている。

 だが反応できないほどではない。


 暴風を思わせる横薙ぎに払われた棍棒。

 それをのけぞるように避けながら、同時にオレの右足の爪先、それを跳ね上げるようにして蹴りを放つ。

 刹那の交差。

 まるで丸太の如き太い相手の棍棒が上を通過していく。

 人の頭はおろか食人鬼の頭ですら容易く熟れた果実のように潰してしまうのではないか。

 そんな威力が窺える一撃は相手が紛うことなき一流であることを示していた。


「「っ!」」


 驚いたのは両者。

 相手がなぜ驚いたのかはわからないが、オレが驚いたのは単純な理由。

 のけ反りながら放った蹴り上げがヒットしたはずの下腹部が異様な弾力で打撃を吸収したからだ。金的までとはいかずとも、腹筋上部と違い鍛えにくい下腹部まで鍛え抜かれている。

 その事実に対する小さな驚きだ。


 しかしそれはあくまでそれだけのこと。

 戦いの勢いを止める妨げにはならない。


 目の前の敵―――ヒュロスは棍棒を振り上げ、全力で振り下ろしてきた。

 それをオレは不安定な体勢をわずかなりとも整えつつ、残った左足を軸に体を反転させるように相手の右側、こっちから見て左前に移動する。オレが相手の側面、その懐に入ったことにより、振り下ろしの一撃はむなしく空を切った。

 反転の勢いを使い右バックハンドブローを放つも、


 ズオゥン!!


 地面から伝わる思わぬ衝撃に狙いが逸れてしまう。

 空を切った相手の棍棒。

 それが地面を打った瞬間、まるでそこが破裂でもしたかのように地面を揺らしたのだ。


「……まっずッ!!?」


 バックハンドブローを思いっきりスカったまま、つまり腕を振り切った状態という隙。

 それを逃してくれる相手ではなかった。慌てて防御なり回避が出来るように体勢を整えようとするが間に合わない。


「……遅い」


 タイミングを合わせて思いっきり後ろに跳んだオレの体を衝撃が襲った。


 ゴッ……!!!


 何か抗いようのないレベルの力で、身体が見えない糸で引っ張られでもしているかのように飛ばされる。

 一瞬で流れる景色。

 そして別の衝撃が体を打ちのめそうとした。


 バキバキッ!!…バキィッ!!!


「……っぐ」


 ただの一撃で吹っ飛ばされ、家に突っ込んだのだ。

 玄関扉をぶち破って、さらにその先に居間を通過しもう一枚壁をぶち破ってようやく止まった。


「剛力にも程があるだろ……痛っ」


 すぐに体を引き起こす。

 幸いに打撲以上のダメージはないようで、骨が折れていたり戦闘を継続するにあたって問題になりそうな箇所はなかった。

 追撃を警戒するもその気配はないので、すぐに外に戻る。

 当のヒュロスは静かに棍棒の感触を確かめながら、オレとやりあった位置から動かずにこちらを興味深そうに見ていた。


「ランプレヒトから聞いていた話とはかなり違うが……奴が気にかけるのもわからないではない」


 低い声で納得したようにそう呟いたのを聞く。

 やっぱりあいつの知り合いか……確かにアローティアにいたときと今のオレはレベルが違い過ぎるから、聞いた話とやらと違うのは納得ができる。

 どうやらオレとやった攻防がお気に召したようだが、こっちはそれどころではない。

 人間ひとりをここまで飛ばすその威力はまさに目を見張るレベルだ。しかも“天恵”を会得した反動というか、結果としてオレの体重は見た目よりもかなり重いというのに。

 さらに言うならばインパクトの瞬間に衝撃を殺そうと自ら飛んだ、つまり逃げる方向に進んでいる物体を打って飛ばしてその結果である。


「こっちは驚きっぱなしだよ。あんたが居たら街の城壁を攻めるときには、投石器要らずだな」


 とはいえこちらも吹っ飛んだだけで、まだ無事だ。少なくとも一ヶ月前であれば即死だったろうから、ユディタには感謝しておこう。

 今の遣り取りからして、膂力、そしてそこから生み出される破壊力はかなり負けている。

 だがそれ以外の部分、例えば単純な速度などであればやや勝っている。一部だけでも勝っている部分があれば、そこから勝利を拾える可能性はある。

 アローティアで邪神官とやり合ったときの、相手が油断しまくってる上で奇策連発で全部上手くいって、みたいなか細い糸を手繰るのと比較すれば圧倒的にマシだ。


「反応も、そこからの動きの流れも悪くない。その上で目も利く……なるほど、逸材だ。

 惜しむらくは経験の足りなさか」


 たったあれだけの遣り取りで分析されたことに対して内心ドキリとする。

 彼が言ったことは、まさにユディタが言っていた“天恵”の欠点でもあったからだ。

 “天恵”を得ることが出来ればその成長度合いは加速度的に高まる。だが逆に言えば一部分の能力が突出してしまうことにも繋がるのだ。

 例えば全力時の何か法術や魔術のような術系と組み合わせた戦い方や連携、ギリギリの攻防の駆け引きといったものを身に着ける経験、つまり場数が比較して少なくなる。

 わかりやすく言うならば、戦士が10の力を身に着けるのに10の時間を必要とするので、その間に10の経験をするとすれば、“天恵”は10の力を身に着けるのに1の時間を必要とするだけで済むから経験も1しか積めないとでも言えばいいのか。

 強力な基礎能力で圧倒できる相手ならばいいが、ギリギリの中での精度は落ちる。なにせ昨日のギリギリから今日のギリギリまでの差が大きいのだから、感覚が追いつき辛いのは当然だろう。

 そのため、最近は意図的に実戦を多くしてそこを補おうとしているくらいだ。


 それを瞬時に見抜いたあたり、少なくとも戦闘に関しては単なる筋力自慢の馬鹿ではない。


「ま、確かに経験は不足しているけど、そんなのは大した問題じゃないだろ?」


 ぞくぞくと背筋を何かが駆け抜ける。

 歓喜か、恐怖か、違う何かか、それともその全てか。


「経験は経てきた過程が生む。なら、これから経験を積めば、よりあんたの脅威になっていく。精々オレがこの戦いで経験を積み切って追い抜く前に仕留めるように心掛けなよ」


 経験が足りないのなら積むだけだ。

 現在乗り越えられない壁なら、乗り越えられるように砕くなりもっと高く跳ぶなりするだけだ。

 今はただ勝利の一点のみに集中するだけだ。少なくとも自分ならできると信じられない者には勝利などあり得ないしな。


「ふ……はっはっは。いいだろう、その意気を認めよう。

 その大言! その不遜! 最後まで呑み込んでみせるだけの器があるとな!」


 気配が再び変わる。

 これまではその圧倒的な存在感をただ四方に散らせていただけだった。それをオレへと向ける戦意というカタチへと変え、放ってきたのだ。

 小鬼ゴブリンを退治したときのユディタを思わせる、意の放射。


 意味することはひとつ。


 小手調べは終わりだということ。

 それだけは間違いなく確信することができた。



次回、Ex.5 「森奥に潜む罠」

 7月25日の投稿予定です。

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