44.迫る対峙
ランプレヒトの暗躍。
アネシュカから伝えられたのはそう表現するしかない内容だった。
なんでも、奴が王都及びその周囲の教団や神殿に片っ端から喧嘩を売っているらしい。
元々邪神官というのは自らの欲望のままに振る舞う迷惑極まりない連中なのだが、今回に限ってはそれすらも超えている。
なにせ他の光の神の教団のみならず、闇側に属する神々の教団にまで襲撃をかけたというのだから。
例えばこれが女神アテナと邪神アレスのように敵対している神同士であればわかる。
そういった対立している神の教団は往々にして戦いに至ることが多いし、一般的にもそういうものだという認識がある。
だが今回はそれにあてはまらず、目につくものすべてに喧嘩を売っているとしか思えない滅茶苦茶な行動なのだというから理解に苦しむ。
まぁそもそもあの男を理解しようというのが間違っているのかもしれない。
理解しようという試みはその意志を推し量ることに他ならない。そして狂人の思考を追えば、先に待つのは狂人への道だけなのだから。
「被害を受けた神殿はわかっているだけで10を超えます。幸い王都のアテナ神殿は被害を被らずに済んでいますが把握できているだけでその数ですから、裏に潜っている神のものまで含めればその実態はさらに悪いでしょう」
ランプレヒトが信仰している邪神と直接関係がないところまで万遍なく襲われていることから、単純な抗争という線は考えづらい。
だからこそ相手の狙いが何なのかわからずアテナ教団も困っているのだろう。
「とはいえ、我がアテナ教団も手をこまねいて見ているわけではありません。
今回のランプレヒトの狙い、それは他の教団を引っ掻き回すことで混沌とした情勢を作り出し牽制、その上で自らが何か事を為そうというのではないかと推測しております。
そのブランディーヌさん見立てに従い、私はここにやってきた次第です」
“天計”ブランディーヌ・バルバストル。
まだ会ったことのない唯一の“三天騎士”だ。
前“天恵”のユディタから色々プライベートのことを聞いているせいで割と身近に感じているが、実際のところは教団において作戦立案にかけてトップの地位にいると言っていい凄い人らしい。
「アネシュカがここに来たことが見立て、ってことは……」
「ええ、そうです。おそらくランプレヒトが行動を起こすのは、おそらくこの隠命森ではないか、というのが彼女の結論です」
うわぁ。
また向こうのほうから、進んで関わってくるわけか。
とはいっても、この一ヶ月で以前とは比較にならない力を身に着けた実感はあるし、さすがにアローティアで戦ったときほど一方的なものにはならないだろうが。
「ブランディーヌさんに言わせれば、ルーセントさんがこの森に飛ばされてきたこともおそらく偶然ではないとのことです。転移の魔法陣が起動しランダムで選ばれた先が偶然この森だった、というのではなく、元々この森で何事かを為す目的があり、そこにルーセントさんを運んだのだと。
ランプレヒトの貴方への執着を加味すれば、それが最も可能性が高いということです」
つまり、あのときの戦いでランプレヒトのダミーっぽいの相手に奮戦したので、より一層気に入って用意していた転送の魔法陣で、メインディッシュの場所へ送った、と。
「おぃおぃ、ステーキの付け合せじゃないんだから……まったく。勘弁してほしいな」
「そういう割には随分と楽しそうな顔をしていますわよ」
おっといけないいけない。
ヘレナに指摘されて表情を正す。
どうもユディタによる特訓のせいか、少しばかり好戦的になっている気がしないでもない。より強い相手との戦いがそこにあると思わず楽しくなってしまう。
精神を落ち着けるべく紅茶を呷る。
すっかり冷めて温くなっていたが、それでも喉を通る液体の感覚が昂ぶった心を少しばかり平静へと押し戻してくれた。
「正直なところ、ヘレナさんから手紙をもらったとき、ユディタさんが作った鍛錬メニューに絶句してしまいましたが、こうなってみればルーセントさんの力が底上げされたのは喜ばしいことです」
「へっへ~、こう見えてもワタシは“天恵”だからね!
ちゃんと見込んだ相手はしっかりと成長させてあげるんだよ!」
「……それでも加減はしてくださいまし。これまでアテナ教団で聖騎士団から有望な人材を100人以上選抜したにも関わらず、現在“三天騎士”になっているわたくしたち以外は1人も残らずに脱落したことお忘れになってますわね?」
「あ、あははははは……」
まぁそうだろうなぁ。
肉体的には個々人のギリギリまで見てくれそうだから、習得速度の差こそあれ諦めなければいつかは“天恵”は会得できると思う。無論、第一段階までの話で、あとはどの段階まで会得できるかはわからないけどね。
問題はそこに至るまでの鍛錬に耐え切れる精神かどうか、だ。
ちなみにヘレナに言わせてみれば、普通世間一般の鍛錬は毎日ギリギリまで追い込む、ということはしないらしい。戦いを生業にするプロでも最高強度での鍛錬は2、3日に1回程度。
毎日鍛錬するにしても、その他の日は強度を落として技術習得に集中したり、普段とは違う動きで流したりとメリハリをつけるそうだ。
今回のように毎日技術も身体的にもギリギリまで追い込む、ということを毎日続けていれば、人は遠からず心を病む。
だからこそこの一ヶ月を乗り切ったオレのことを、彼女はいくらか敬ってくれているみたいだ。
オレに言わせてみれば、女性が見てるのに男が弱音吐くわけにはいかないだろ、なんて単純な理由だけで出来ることなんだが。
「話を戻しますと……つまるところルーセントさんがいるこの森に居れば、ランプレヒトが向こうからやってくる、そう考えたからこそ、私がここにやってくることになったのです」
一人は頭に元がつくものの、“三天騎士”級の戦力が3人。
ちょっとびっくりするような過剰戦力ではある。
「襲撃される危険性を考えればオレとしてはありがたいんだけど、こんなに戦力を集中させてアテナ教団のほうは大丈夫なのか?
もし見立てが間違ってたら王都のほうが襲撃されるかもしれないじゃないか」
「心配ありがとうございます。ですが、王都にあるのはアテナ神殿だけではありませんし、ブランディーヌさんが万が一に備えての善後策は打っておくと仰っていましたから。
私としてはそれを信じて、出来ることをするだけです」
信用されてるんだな、ブランディーヌさん。
どんな人なのか、ますます興味が沸いたので機会があれば会ってみたいところだ。
そこまででひとまずその話は終わり、あとは他愛のない話をいくらかして解散。
来たる戦いの前の静けさかと思うくらい何事も無く、オレは疲れた体を寝台に横たえると泥のように眠ったのだった。
次回、第45話 「大英雄の末裔」
7月23日の投稿予定です。