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43.自らの在り処

 ひとしきり言われて、ユディタがげんなりと消沈した頃にようやくお説教は終了。

 改めて再会を喜びながらも、一度家の中に入って落ち着いてからゆっくりと話をすることにした。丁度夕食の時間帯だったこともあり、アネシュカを交えて食卓を囲みながらだ。


 ちなみに意外なことに、この家での食生活は悪くない。

 地元の人間でも近づかないと国内でも有名な魔境の森なのだから、行商人も寄りつかないだろうし現地調達できる肉ばっかりなのだろうと思いきや、毎日食卓には小麦を練った生地を焼いたパンっぽいものやら、野菜や果物、川魚などもよく並んでいる。

 このうち野菜や穀物についてはユディタが栽培しているらしいのだが、なんとエルフとかいう種族の特性である精霊との親和性を使って植物に働きかけて数日で促成栽培が出来るというのだから驚きである。農家の人が聞いたら怒りだしそうなくらいの便利さだ。

 時期が大きく外れるようなものは出来ないらしいが、それは普通に農業をしていても同じなので大きなデメリットではないように思える。

 あとは元々森が豊かなのも相まって果物や肉、魚は現地調達するとあら不思議、見事にバランスの取れた食生活の出来上がり。


 そんなわけで今夜のメニューはパンに葉野菜のサラダ、根菜のスープに猪肉のロースト、トマトとパプリカのマリネ、そしてデザートに桃となっている。

 パンとスープ、あとは精々主菜がひとつつくかどうかな一般の食卓とは大違いの豪華さ。アローティアの宿で食べていた食事もボリュームがあって悪くなかったけど、こっちはさらに量の質も段違いだ。


「相変わらずヘレナさんは凄いですね……」


 目を丸くしながら感心しているアネシュカが言う通り、この食生活を支えているもう一人の立役者はヘレナだった。

 “三天騎士トライアーク・ナイト”なんて大層な名前なので一見現実離れした印象を与えるが、どこの貴族令嬢かというその外見の派手さとは裏腹に、女子力が半端なく高い。

 炊事、掃除、洗濯など家事のスキルが高く手際もいいので、どこに嫁に出しても恥ずかしくない感じである。

 なお、結構大人びて見えるので20くらいかと思ってたため、年齢が15であることを聞いたときが一番驚いた。15にしてあの大きさとは……恐るべし。


 さらに余談ではあるが、ヘレナが調味料とかの買い出しで2日ほど家を空けた際にユディタが調子に乗って料理をしたことがあるが、誕生したものはおよそ料理と呼んだら世界の料理人がストライキを起こしてしまいそうなものだったという事実だけは伝えておく。

 アレを食うくらいなら、正直火竜と戦ったほうがマシかも、というレベルだ。

 ん? いや、食べることは食べたけどな。

 女の子の手料理を残すのは、オレ的にはなんかダメな感じだったし。その上でどこが悪かったのかダメ出ししようとしたのだが、なぜか気を失ったので出来なかったけども。


「市井の街娘であるのならば、そういった見方も在り得るかもしれません。

 ですが、人々を導く敵を滅ぼす“三天騎士トライアーク・ナイト”にとって、家事が出来ることなんて何の役にも立ちませんわ。

 経験を経れば誰でも出来るようになることより、唯一の技能のほうが価値がありますもの」

「誰でも……ということはないように思います、よ……?」


 とはいえ、ヘレナ自身としては家事が高いことは別段誇れることではないらしい。

 むしろなんていうか、ちょっとしたコンプレックスを持っている感じだろうか?

 そしてアネシュカ、そのセリフをユディタをチラ見しながら言うのはやめてあげなさい。涙目になりそうになってるから!


「……そうですね、忘れないうちに本題に入りましょうか。ルーセント」

「はぐ?」


 丁度肉の塊を口に詰め込んでいるときに話しかけられたので、そんな意味のない音を返してしまった。急いで噛んで飲み込み、


「本題?」

「おぉ、なんか改まった感じ……女の勘的にピンと来た! アネシュカちゃん。もしかして告白? 告白?」

「違います」


 おぉぅ、一刀両断。

 まぁユディタの女の勘とか言われると、外れても別に驚かないけどな。

 

「ユディタの茶化しはいつものことなんで放っておくとして……本題ってことは単にオレに会いに来ただけじゃなくて、何か用事があるってことか?」

「そう。勿論貴方に会って無事を確かめたかったのはあるけれど、それ以外に伝えておくべきことがいくつかあります。逆に言えば、それがあったからこそ会いに来るのが今日までかかってしまった、というのが正確ですね」


 彼女はそう言って、テーブルの上に一枚の紙を置いた。


「犠牲者になった冒険者の整理が終わり、その結果を持ってきました。

 そこから導き出された記憶のない貴方の拠り所―――過去とでも言いましょうか。それを記したものがこれです」


 その言葉通り、そこには一人の人物の記載がされていた。

 丁寧なことに似顔絵らしい絵も記されている。


『レオンハルト・コールドウィッガー

 年齢:15

 所属:アローティア冒険者組合

 拠点:総帆の迸り亭        』


 他にも身長と体重、得意武器などの記載もある。


「これが?」

「おそらくは。年齢や外見など、他に該当しそうな人物は居ませんでした」

 

 書かれている似顔絵や、体格的にはオレっぽいように見える。

 以前ユディタに少年呼ばわりを止めて欲しいといったときに年齢の話になり、彼女の部屋の鏡で顔をちゃんと確認していくつくらいなのか推測してたりするので、自分の顔がどんなものかくらいはわかる。

 ただ問題は、


「どう見てもレオンハルトって名前じゃないような気がする……」


 明確な根拠はないんだけどね。

 あと正確が生真面目でちょっと暗いとか、どう考えても違うんではなかろうか。


「そのあたりは記憶が戻らなければ何とも言えませんね。教団の治療記録によれば頭を強く打って記憶を無くした方で性格も変わってしまった例もありますし」

「冒険者として活動していた仲間でもいらっしゃるのなら、会わせてみればはっきりするのではなくて?」

「……んー、それなら楽だけど、ここの記載を見るに基本的には独りで依頼受けてたみたいだ。家族は……ってそのへんの過去はわからないのか」

「そうだね~。冒険者なんて聞こえはいいけど、村を飛び出してきたとか、何かワケありだったりするもんだから、そのへん話さない人も多いよ。

 ワタシも冒険者組合に行くときにエルフだって隠してたりするし」


 うーん。

 過去に何があったか知らないが、表記を見る限りでは根暗で人見知りだったのではなかろうか。

 もぐもぐとマリネを咀嚼しながらそんなことを推測する。


「とりあえず可能性として高い、っていうアネシュカの話はわかったよ。頭に置いとく」

「そうして下さい。結局のところ、わかったからといって何があるということもありません。記録によればレオンハルトは一人前の冒険者ではあったものの、特に大きな賞罰や借金などもないようですから」


 ひとまず実感が湧かないので、しばらくルーセントのままでやっていくとしよう。

 思い出すか、もしくは何か問題があったときに改めて考えるということで。

 そう結論づけて食事を続けていると、


「本題はもうひとつあります」


 アネシュカは付け加えるように言う。


「ランプレヒト―――あの邪神官絡みです」


 その一言だけで、食事中の穏やかな空気が一気に張りつめた。

 まず間違いなくロクでもないことやってるんだろうなぁ、というオレの予感。

 そして哀しいことに、その予感がこれ以上ないほど的中していることを聞かされるのだった。



次回、第44話 「迫る対峙」

 7月22日投稿予定です。

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