42.再びの出会い
戦利品代わりのデカい大剣と、討伐証明部位だけをもらうことにして帰路についた。
正直なところ食人鬼は確かに魔物だが、見た目人間に近いので素材として使える部位はほとんどない。いくら魔物であっても加工してしまえば人間の肌と質感が似ている以上、それで装備品を作っても気持ち悪いだけである。
「こんな馬鹿デカいサイズの武器、使える人間限られるから売れるかどうかも怪しいけど、それならそれで最悪素振り用にでもすればいいか」
勢いよく一振り。
ぶぉん!!
剣閃が巻き起こす風が周囲の葉を揺らした。
握りの部分も食人鬼サイズの太さのため、並みの人間では握り切れずに持てないだろうけども、とりあえず振る分には問題なさそうだ。
「多分それ、もっと奥の方に有る食人鬼の王国にいる鍛冶師が作ったものだろうねぇ。よもや人間が振れるとは、作った奴も思ってもいなかっただろうけど」
なるほど、倒した人間から奪ったものとかじゃないから、ちゃんと細かいところまで連中のサイズなんだな。国を追い出されたとはいえ王種なのだから、それ用の武器を持っているのは納得である。
それを力で強引に振り回すことを可能にしているのだから、一ヶ月で自らの体に起きた変化には驚くばかりだ。
特殊鍛錬体生成法―――“天恵”。
ここ一ヶ月でユディタから与えられたトレーニングをこなしたオレは、ようやくその第一段階を越えていた。彼女曰く、“天恵”にはおよそ3つの段階があるとされている。
第一段階:単純刺激(身体能力の鍛錬)に対して行う体の過剰反応を通常のものとして定着させる。
第二段階:複雑刺激(技術的な鍛錬)に対して行う体の過剰反応を通常のものとして定着させる。
第三段階:上記二系統及び霊力の流れに対する定着を永続性質に昇華させる。
なんのこっちゃわけがわからんだろ?
いや、最初はオレも確かにそう思ったんだよ、うん。
「まぁわかりやすく言うと、第一段階を越えれば鍛錬効率が段違いになる。例えば1の筋力トレーニングをしたときに、通常だと効果が1しか出ないけど10になるってコト。
ただ問題なのはこれはまだ後天的にそういう体質にした、ってだけだからサボると衰える場合も同じ速度で衰えるトコだね」
ということらしい。
要はトレーニング効果が良い意味でも悪い意味でも10倍になるということだ。
第二段階はそれが身体的なトレーニングではなく技術的なものに置き換わったと思えばいい。
つまり技の習得速度が10倍。そして同様に使わないと忘れていく速度も10倍。ただ技術に関しては比較的一度形を掴んでしまえば忘れることが少ないので、忘れていく速度が10倍になってもそこまで大きな問題ではないらしい。
なんでも一度出来るようになってしまうと、しばらく使ってなくても忘れないとかなんとか。
ふと頭に“自転車”という単語が浮かんだが意味がわからないのでスルーした。
そんでもって第三段階。
前段階の全てと体に備わっている霊力(意味的には魔力と同じらしい。色がついているのとついていないとかの差だけとか言われたが)に対する感覚や容量の増大速度を完全に自らのものにする、という段階。
第二段階まではあくまで“天恵”の前座とでもいうレベル。
何らかの事情で長いこと鍛錬をやめていたりすると、段階が落ちたり、最悪普通の体に戻ってしまうことすらあるらしい。
だが第三段階までいけばそれが無くなる。
鍛錬における倍率ドン!が元々先天的に備わっていた性質まで昇華されているので、もう死ぬまで失くすことがない、つまりはこの鍛錬法の到達点である。
ちなみにアネシュカが第二段階に、ヘレナは第三段階に入ったばかりのところ。
ユディタは第三段階を完全にマスターし終えて、新たな道を模索しているレベルらしい。
アテナ教団って些か戦力過剰な気がするのはオレだけだろうか?
そんなことを考えながらも足は動く。
走っていくことで流れていく景色は森の豊かさを見せてくれる。
「前から思ってたんだけど、随分と凄い森だよな、ここ」
小鬼だけじゃなくて筋力鍛錬のスライムやら、マンティコアやら、食人鬼やら……もっと言うと食人植物やら、牛頭鬼やら、精霊やら、この一ヶ月で出会った存在だけでも多種多様に渡る。それらのどれか、ならともかくそれぞれがひとつの森の中に収まっているのだから、懐が深すぎると言わざるを得ない。
増してや食人鬼単体ならともかく、それが王国を作ってたりとか凄い話だ。
まさに生命の宝庫である。
さて、課題はちゃんとこなしたので後は帰って食事して、寝る前にギリギリまで自己鍛錬して、あとはぐーすか寝るだけだ。
初日は四苦八苦していた速度すらもすっかり慣れて、気楽に森の中を駆けて行けるようになっているので、随分と進歩したなぁと感慨深い。
「到着~、っと」
先行していたユディタが足を止める。
いつもの帰宅の光景。
だがなぜか今夏に限ってはユディタは茫然としたかのように立ち止まっていた。
「ユディタ? どうし―――」
問いかけようとして気づいた。
彼女の家の前、そこに見覚えのある人物がいることに。
赤毛の髪を後ろで結んだ長身の女性。
さすがにもう見慣れた重厚な白銀鎧で身を包んだその立ち姿はあのときと変わっていない。
思わずその凛々しい女性聖騎士の名を呼んだ。
「アネシュカ!」
港湾都市アローティアでのランプレヒト戦で別れたっきりの彼女がそこに居た。
もうひとりの“三天騎士”ことヘレナと話していたようで、オレの呼んだ声に思わず振り向き―――
―――ふわりと笑顔をほころばせた。
思わずドキリと胸が高鳴った。
お? なんか雰囲気が前よりもさらに柔らかいな。ってか普段真面目な美人が自分を見て笑顔を見せるとか不意打ち過ぎてヤバい。
それこそ食人鬼の棍棒による一撃なんかよりよっぽど強力だ。
なんか知らない間に親密さがアップしてたりするのだろうか?
まぁランプレヒトみたいな怪物とタイマンしたので、女性としてトキめく要素がないとは言えないが……でもアネシュカは女王蜂やっつけてたのを考えると、大したことしてないのも確かだしなぁ。
が、そんなワクワクドキドキもつかの間。
アネシュカの気配が豹変した。
殺意……とまではいかないが、明らかな怒気を孕んでいる。
そのまま一目散にこちらへ向かって駆け出した。
「っ!?」
咄嗟に構えようとしてしまうが、どうやら杞憂だったようだ。
オレの手前、つまりユディタの目の前で立ち止まり、
「ユディタさん!! 今日という今日は誤魔化されませんからね!!
貴女は一体全体、素人に何をさせるんですか!! 全部ヘレナさんから聞いていますよ!!」
「う……うぅ、不味った……。まさかアネシュカちゃんがわざわざ来るなんて」
「聞いてるんですか!!」
「ひぃ!? ち、違うんだよ。ワタシも最初は順を追ってやろうとしたんだけど、つい強度を上げれば上げただけついてくるから面白くなってエスカレートしちゃっていうか―――」
「死にかけた回数が一ヶ月で二桁はいくらなんでもやり過ぎですッ!!!」
なるほど。
そういえばヘレナが前に教団へ連絡はする、って言ってたもんな。
それを受けてアネシュカがやってきた、というわけか。
理路整然と詰め寄ってお説教するアネシュカと、だらだらと冷や汗を流しているユディタ。
ようやくそのやり取りが終わったのは、そこから15分後のことだった。
次回、第43話 「自らの在り処」
7月21日投稿予定です。