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Prologue

気づけば序章を入れて50話目。

毎日更新だと早いものですね。

 喩えどこに居たとしても目を惹くであろう女だった。

 単なる外見的な話ではない。

 勿論、目鼻立ちがすっきりと整っている顔立ちや、見事な豊かさを描き出している体の曲線ライン、そしてその所作の一つ一つは女性らしく魅力的で、男性なら誰もが振り返るであろう美貌であることに疑いの余地はない。

 それでもそれ以上に彼女を彼女足らしめている要素、見る者が意識せざるを得ないのはその“強さ”だ。

 鋼の如き、という表現があるが、まさにその言葉を体現しているかのような揺らぎの無さ。確固たる己を形成しているその有り様が雰囲気として見る者全てを圧していた。


 だがそれも彼女をよく知る者からすれば当然だろう。

 むしろそうでなければ戸惑い、そして絶望してしまうかもしれない。


 戦の女神アテナ。


 彼女こそがそう呼ばれ崇められる偉大な一柱なのだから。

 もし弱さを感じさせる存在であるのならば、それは明らかな異変でしかない。


 豊かな栗色の金髪を風になびかせながら、眼下を見据えるその灰色の瞳がもたらす眼差しは鋭い。

 壮麗な神殿の端に立ち、その先の遥か下に広がる雲海へ向ける視線は、まるでそのさらに先までも見据えているかのようだった。

 至高の鎧を身に着けた戦装束のままでありながら、女性らしさを少しも損なわず、さらにそこに凛々しさを交えたその立ち姿は、絵心のある者が見ればこれ以上ない題材かもしれない。


 ふと―――名を呼ばれた気がして、振り向いた。


 そこにいた者の姿を見て、誰が呼んだのかを理解する。


「これはこれは……当代の軍神殿」


 自らと同じ最高神ゼウスの血脈。

 オリュンポス十二神にも数えられる神の名だ。

 その神は彼女と同じく戦を司る軍神であり、そして同時に最も対極に位置する存在。


 戦争の栄光と知略。

 戦争の災厄と敗走。


 その関係性は近くて遠い、複雑なものだ。


「何をしていたか、だと?」


 わかり切ったことを聞くな、とばかりに彼女は小さく微笑んだ。

 今この戦女神にとって何が一番興味を惹いているものなのか、それを軍神がわからないはずがない。むしろ、目の前にいる軍神にとってすら同様なのだから。


「貴公が選び導いた―――そう、彼だ。あの転生者を見ていたに決まっているだろう?」


 しゃらん、と少し身じろぎするのに合わせ、鎧につけられた装飾が小さく擦れた音を立てた。何気ないその仕草すらも、彼女の神々しさを減じることはない。


「私的……なるほど、私的な興味ではある。だがそれを咎めはすまい?

 有り様、意志、才能……あの男、実に興味深い。貴公が選んだのも実に納得できる。もっとも貴公があれだけ好きにやっているのだから、私もうそうしたとて構うまい」


 “天啓”アネシュカが目的の人物と出会ったのは偶然ではない。

 彼女が意図し、そしてそうなるように仕向けただけだ。もっとも無論盲目的に従うようにしたわけではないから、遭遇の状況によってはアネシュカによって転生者が殺される可能性もあった。

 そうならなかったあたりは、あの転生者らしいと言えよう。


「それに私情というのであれば、かの神ほどではあるまいよ。

 何せあの英雄神殿がその胸に抱く軍神殿への私怨、それは大層なものであるからな?」


 彼女の目の前にいる軍神本人すらも周知の事実。

 それを告げて、


「彼が神々の女王に受けた仕打ちと、その報酬を考えればわからぬことではないが……その小ささこそが、唯一かの御仁に足らぬ要素だと気づくはいつのことになるのやら。

 いずれによせ、その私怨を晴らすため、此度はかの邪神側につくであろう。新参者に助力する程度には深かったと見えるな」


 神々を統率していた主神が姿を隠して久しい現在。

 それぞれがその意志によって動いている状態のため、神々ですらぶつかり合うことがある。

 そもそも彼らの神話体系において、神々は自由意思を持つ強力な存在ではあるものの絶対者ではない。人と同じく喜怒哀楽するという意味で人を途方も無く強くした偉大なる存在、とでも思ったほうがいいかもしれない。


「こちらの持ち駒は、そちらの転生者に“三天騎士トライアーク・ナイト”たち。そして対する敵側は邪神官たちに“大英雄の末裔ヘーラクレイダイ”。

 これは実に見ものだな。

 ことによってはゾルフゲンダーの顕現も在り得るかもしれん」


 神々にも制約はある。

 異教の神々を交えた戦いを回避するため、かつて取り交わされた誓約。

 それに従い、単純に直接的な力を行使することは禁止されていた。

 人たる身から願いと信仰、そして必要となる条件を満たされた場合のみ神の力を振るうことが許される。それが法術と呼称される術の正体。

 例外的に力を振るえるとすれば、それは誓約破りを註するときくらいだ。

 

「人たる者らが行うというのであれば、邪神の顕現すらも是とするしかない。形式としては法術の延長上であるからな」


 だからこそ人々は宗派を作り、信仰を集めるのだ。

 それがいつか神を降ろせるだけの力を生み出すと信じて。

 必要となる条件は膨大であるものの為し得ることが出来ればその御旗の下、ありとあらゆることが可能となるだろう。凶悪な魔物が潜む魔境を浄化せしめることも、千年続く繁栄の統一王国を作ることすらも、そして人では対抗できぬとされるほど強力な魔王を討滅することだろうとも。


「だから見ているのだ、目が離せなくてね」


 話はそこで終わり、とばかりに再び下界へ視線を戻し沈黙した女神に対し、軍神は静かに立ち去って行った。そして少ししてから、思い出したかのように、


「でも……人でないモノが為し得るのであれば、それは横紙破り。どうやら賭けは私の勝ちのようだから―――しっかりと賭けた軍神に代価を支払ってもらうとしましょう」


 それまでの仰々しい言い回しの言葉遣いではなく、女性らしい柔らかい口調。


 誰にも気づかれないようにそっと呟きながら下界の転生者を見るアテナのその眼差しは、どこか恋い焦がれる乙女のようだった。



次回、第41話 「隠命森の日々」

 7月19日10時の投稿予定です。

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