3.手短なる脱出劇
家具を漁ることしばし。
胴着二着。
下衣一着。
革袋に入った硬貨が12枚ほど。
以上が戦利品である。
いやぁ、助かった。
意外と街の近くなんじゃないか、って推測しておいて今更だけども、さすがに真っ裸で街中に出るのは変態まっしぐらな感じで問題有り過ぎる。
そんなわけで衣服があったのは実にありがたい。
麻か何かのようで若干ごわごわしているが気にせずに胴着を羽織る。残念ながら一着はサイズ的に厳しかったので大きい方を使うことになった。
下衣は腰の部分と裾の部分に紐を通して縛るような形状のものであり、膝上くらいまでだがややゆったりしていて動きやすい。
どちらも薄い茶っぽい地味な色合いだが、贅沢は言うまい。どちらかといえば目立たないという観点から言えば悪くない。
硬貨は銅製が10枚、銀っぽいのが2枚。使い込まれて少しくすんではいるものの金属特有の輝きがわずかに残っている。これがどれくらいの価値なのかはわからないが、手元にいくらかでも金銭があるというのはかなり安心できた。
実は部屋の使用者がコレクターで、これは収集した古銭であって実際には使えません、とかだったら最悪だがそれは考えないことにする。
これで脱出した後の目算は立った、と。
あとは誰かがここにやってくるのを待つだけだな。さすがに鍵をかかっている扉を素手で無理矢理こじ開けるのは難しい。ならば、ということでワードローブに隠れることにした。
わざわざスライドさせてあるあたり、この部屋のモノについては一度調べている可能性が高い。増してこの先に邪教の怪しげな儀式場があるのだから、それを専門にする教団とやらの調査員であればそっちを優先するかもしれない。
幸いワードローブの奥行きはそこそこあったので、中に入ってもそんなに苦しくはない。さっきの死体の間に入り込んでいるのと比較すれば天地ほどの差がある。
そのまま入って待つことしばし、少し気が緩んでしまいそうになった頃、部屋の入り口の扉がガチャガチャと音を立て始めた。おそらく鍵を開けているのだろう。
一拍置いて扉を開く音、そして複数の足音が続く。
ガシャガシャと金属の擦れる音がすることから、おそらく武装している人間がいるのだろう。
「これは……確かに巧妙に偽装されていたようですね」
「はい、そのようです。念のため調査官殿も油断めさらぬようお願い致します」
「ええ、曲がりなりにも邪教の根城。儀式が失敗しているとはいえ、これだけ酷い血の匂いがしていれば安全とは程遠い場所であること、しっかりと認識しておりますよ。いざというときには聖騎士様にそのお力をお貸し頂くとしましょう」
声のうち片方は女性のようだ。ふと顔を見てみたい衝動に駆られるが、それをしてしまったは元も子もないので自制。わずかに呼吸しても見つかるような気がして、必死に息を殺しているうちに音は遠ざかっていった。
聖騎士及び調査官と思しき気配が消えたのを見計らい、隠れていたワードローブの扉をそっと開き室内を確認。予想通り人影がいないのを見計らって鍵の開いた扉を出ていく。
扉の先は左右に廊下が伸びていた。燭台が等間隔に壁に設置されており暗くて不自由することはなさそうだ。
左右どちらも少し行ったところで曲がっており、先はわからない。
さて、どっちが出口へと続いているのか……一瞬悩むが静かに扉を閉め、なんとなく左の方向へと進む。悠長にどっちから人が出入りしているか痕跡を調べる時間も、そういったことに長けた技能もないのだ。悩んでも仕方ないことを悩むのは時間の無駄でしかない。
廊下の先、さらに左に曲がっている角で立ち止まり様子を窺うものの、人の気配はなし。覗いてみればそこから先は上り階段になっていた。
最初のいた場所が壁を崩して洞窟を掘ってあった、ということはここが地下である可能性は高い。
となれば、上り階段は当たりかもしれない。
勢いよく階段を駆け上がろうとして思いとどまり、ゆっくり確実に進んでいく。
踊り場まで到着し、そこにある扉を恐る恐る少しだけ開くと、扉の向こう側は広間になっていた。
10メートル四方はあろうかという大きな室内で木箱などの荷物がところ狭しと置かれている。
「…お? やっぱ当たりか」
広間は空間として大きいにも関わらず照明となるものが天井からぶら下がっている小さなシャンデリアくらいで圧倒的に光量が足りていない。おかげで荷物の向こう側から差し込む光に気づけた。
玄関らしき大きな両開きの扉が開け放たれており、その向こう側、つまり外で松明を手にしている先ほどの衛兵がその光を生み出している。その周囲の暗さから察するに今は夜らしい。
気づかれてはいないようなので、体が通るギリギリだけ扉を開けて滑り込みすぐに扉を閉めた。
そのまま、すぐに木箱の影に身を隠す。
遮蔽物に不自由しないおかげで、影から影にうつりながら拍子抜けするほどあっさりと玄関扉の近くまでやってくることに成功。
衛兵たちは若い二人組のようだ。先ほど一緒だった上司はここにはいないらしい。
「……ん? なんか血の匂いしないか?」
ふと衛兵の一人が洩らした一言に、どきんと心臓が跳ね上がる。
「気のせいだろ。っつうか、あの気色悪い儀式の部屋に入ってから、血の匂いで鼻がバカになっちまってるし今更そんなこと気にしてどうするよ」
「違ぇねェや」
「ま、明日は非番だから、のんびり羽を伸ばせられっだろ。どうだ? せっかくだし危険手当使って久しぶりに花街に行ってみるってのは」
「あー、イイねェ。今月苦しいけど、悪かねぇや」
「それならヴァネッサさんとか、一度でいいから相手してもらいたいよなァ」
「そりゃ高嶺の花過ぎるだろ~。身の程を弁えないと色々面倒だぞ?」
「いやいや、そうは言うけどな? 元々―――」
話題が脱線し始めたので一度意識を外す。
さすがに若いだけあって、衛兵といってもまだまだ脇が甘い。
これならなんとかなりそうだ。
衛兵たちの向こう側、外は建物が並んでいる通りが見える。真っ暗で細かいところまでは定かではないが、どうやら街中じゃないかという推測は間違っていなかったらしい。
様子を窺ってみるが、この2人以外人はいないらしく、人通りもほとんどない。
さて、チャンスはチャンスだがどうしたものか……。
作戦を考えていると、衛兵のうち1人が離れていく。
何をするのかと思ったら少し離れた建物の影で用を足し始める。
見張りが1人とさらに広がったチャンスを活かさない手はない。
玄関脇に隠れつつ広間の内部、入口から4メートルくらいの方向、開けている場所目掛けて銅貨を1枚、大きく放物線を描くように投げると、案の定残っている衛兵が怪訝に思いそちらに視線を向けた。光源にかすかに映し出されたものが硬貨だとわかった瞬間、急に不審げにキョロキョロと周囲を確認。
相棒がこちらを見ていないのを確認すると拾いに向かった。
後はこちらのものだ。
衛兵が中に入ったのを見送りそのまま静かに玄関を飛び出すなり、すぐに隣の建物との間の路地に身を投げ出すように体を滑らせた。
壁を背に耳を澄ます。
特に騒がしくなっている様子はない。時間を置いて覗いてみたところ、衛兵たちは何事もなかったかのように最初の配置に戻りながら、再び馬鹿話に花を咲かせていた。
あたりには通行人らしき者もまったくいない。別の奴に目撃されてたりはしないだろう。
バレなかった、という事実にほっと安堵する。
なんとか脱出には成功。
さて、次はこの後どうするか、だな。
次回、第4話 「聖騎士乱入」
6月6日10時の投稿予定です。