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Epilogue


 ―――神使。


 そう呼ばれている存在がある。

 何が該当するかは神々によって違うものの、一般的には動物が多い。

 それぞれの神が己が権能を司るに相応しい教義、つまるところ最も拠り所にしているものを象徴している動物を使う、といったほうが正しいか。

 そんな存在が目の前で消えていく。

 それなりの立場の者、例えば敬虔な神の信徒などであれば滂沱の如く涙を流してありがたがる光景だろうことは間違いない。


 だが静かにその光景を見ている男の目には何の感慨も浮かんではいない。


 彼にとってはありふれた日常に過ぎないのだ。

 神使も、そしてそれによって齎される使命も。

 その在り方を受け入れているからこそ、彼らはその存在の意義を広く知られているのだから。


 ふと、男は近づく気配を感じて振り向く。

 その数瞬後、


「もしも~し、お邪魔するよん」

 

 広い天幕の入り口から一人、別の男が入って来た。

 外見から見る年の頃は彼よりもすこし下といったところか。

 線の細い端正な顔立ちは普通にしていれば、さぞ街を歩くだけでも年頃の女性の視線を独り占めできよう。

 だが男がその表情に浮かべているのは邪まな色が垣間見える笑みだけだった。

 黒を基調に白で複雑な文様を描いた衣を纏い、帯剣したまま男はゆっくりと近くまで歩み寄ってきた。


「……何か用か?」

「あれれ、ツレないなぁ~。知人との久しぶりの再会なんだから、もっとこうリアクションが欲しいところだと思うね、ボクは」


 以前会ったときと変わらない、捉えどころのないその有り様。


「確かに先の別れから永き時間が過ぎているが、噂は聞いていたからな。

 最近は随分と派手に愉しんでいるようだ。それを理解していれば驚くことなどない」

「相変わらずの早耳だねぇ」


 お前が何をしていたのか、そしてこれから何をしようとし、そして何をしにここに来たのか。

 それをわかっているからこそ、別段驚く必要性を感じない。

 男は暗にそう言っているようだった。


「神が識るより先んじる者などそうはあるまい、ランプレヒト」

「はっはっは、邪がつく神官としては否定したくないところですなぁ」


 無論、神々とて全知でも全能でもないことはわかっている。どれほど全知全能に見えたとしても、そこにあるのは単なる圧倒的の力の差以上ではない。

 だが目の前に男にそれを言っても無粋なだけだろう、とランプレヒトは苦笑した。


 紛うことなき堅物。


 目の前の彼に限ったことではない。

 彼の一族全てがそうなのだ。

 自らがそうあるように選んだ生き方。

 ならばそこに口を出すのは野暮な行為に他ならない。

 勿論、ランプレヒト自身が必要と感じれば口どころか手も足も剣も出ることになるが。


「よもや貴様に助力をせよとの神託が下るとはな。理解しがたいが、間違いなく神の要望であるのならば拒否することを俺は知らん」

「なるほど。つまり、すでに神使から伝えられてたかぁ~」


 然り、と男は静かに頷き、そのまま黙った。

 じじ…と天幕の中に設けられた燭台の火だけがゆらめきつつ小さな音を立てる。

 静寂を破ったのはやはりランプレヒトだった。


「じゃあ詳しい説明とか摺り合わせは道々で構わなそうだし、サクっと出発しますか」

「承知した。とはいえ貴様の目的とは一朝一夕に出来るものではなかろう。

 準備をしておく。しばし待て」


 入れ替わるように天幕の外に出て行った男を見送り、ランプレヒトは肩を竦めながら内部を見回した。

 布をベースとした質素な天幕だ。

 とはいえ内部は人が数人、手足を伸ばして寝られる程度のスペースはある。

 壁には、この天幕の持ち主が得たこれまでの戦利品が吊るされていた。


 獅子の頭部つきの毛皮。

 怪鳥の風切り羽。

 火竜の鱗。

 マンティコアの尾。

 海蛇の牙。


 などなど。

 どれもが一筋縄どころか、一流どころですら状況を選択し間違えれば得ることが出来ない、そういった難行を乗り越えた証だ。

 ハッタリでも虚仮落としでもない。

 この天幕の持ち主が、並んだ戦利品に見合った実力を持っていることはランプレヒト自身よくわかっていた。

 のんびりとそれらを見ていると、


「待たせたな」


 弓と矢筒、そして巨大な鈍器を手に男が戻ってきた。

 他にはおそらくは旅に必要なものが入っているのであろうずだ袋をひとつだけ持っている。


「いやいや、全然? ってか、ゴメ~ン、待った~? 全然~、はこういう場所で、こういう相手とするべきことじゃないと断乎抗議したいけど、我慢って大事だな。

 よっしよし! じゃあ早速出発~」

「……相変わらず時折わけがわからないことを言う男だ」


 呆れたように小さく息を吐いてから、男は問うた。


「それで……どこへ向かうのだ?」

「おっと、それは聞いてないのか。行くのは―――隠命森かくれみことのもりさ。

 そこの奥地ならおそらく邪神の器を作るに足るだけの十分な質と量の命があるだろうからね。それに……お楽しみも待っていると思うんだ、生きていれば」


 ケタケタと笑って語るランプレヒトの言葉を聞きながら、男は壁にかかっていた戦利品のうち、獅子の頭と毛皮を手にした。

 言っている意味はわかるし道理も通っている。

 だが男はひとつだけ引っ掛かりを覚えた。


 目の前の邪神官が顕現させようとしている存在―――邪神ゾルフゲンダー。

 以前会った頃にランプレヒトが信仰していた神ならともかく、かの蟲神と男が神使を送られた自らの一族が敬う神の間に接点はない。

 なぜだろうかと疑問を浮かべてしまいそうになるのは仕方ない。


 だが送られた神使は紛れもない本物。

 それどころか過去を遡っても稀に見るほどの力の入り具合だった。

 ゆえに間違いなく己の神がこの成功を願っているように思える。

 ならば、それ以上考える必要はないか、と男は思考を打ち切った。


「おっと。忘れるところだった」


 天幕の外に出て行こうとしていたランプレヒトが、唐突に立ち止まった。

 そのまま振り返りながら、


「せっかく協力してくれるんだ、先にお礼を言っておこう。助かるよ、“大英雄の末裔ヘーラクレイダイ”ヒュロス」


 そう言って心底愉しそうに笑う。





 運命が隠された森に集う者たち。

 彼らがこの世界の歴史に、どんな色の糸を紡ぎ織りなしていくのか。

 それがわかるのは、もう少し先のこと。




 次回、第三章のPrologueとなります。

  投稿は7月18日10時を予定しております。


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 勿論、作品に対しての意見も励みになりますので、頂ければありがたいです。

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