表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/71

39.目指すべき場所

 午後の鍛錬。

 それが始まるなり、開口一番彼女はこう言った。


「今日の特別講習は課外授業形式でいこう!」


 意味はよくわからなかったが、楽しそうに言った後に彼女はそのまま走り出した。なんとか見失わないように追う。森に堆積した腐葉土が踏まれる柔らかな感触のまま、足を動かし朝の走り込みと同じように周囲に注意を払いながら必死についていく。


 ただ朝とは決定的に違う点がある。


 走る森の中だ。

 今朝走っていたルートはアップダウンや障害物などこそあれ、森自体は穏やかでほのぼのしていた。

 だが今現在走っている森は先に進んで行くに従って、薄暗く、それでいて剣呑な雰囲気がしているように思う。

 喰い散らかされた動物の死体、木々に突き刺さったままの武器、蔦に絡め取られた骸骨、刺激的な紫の斑模様をした巨大な袋を持った植物……心なしか生えている木々すらも捻子くれていたり妙な風に見えてくるほどだ。

 方向的にはオレが小鬼ゴブリン退治した場所と、ユディタの家を挟んで正反対。

 おそらく、よくない場所に向かっているんだろうというのは間違いない。


 だがそれだけのこと。

 先を進むユディタの後を追わない理由にはならない。


 彼女は特別講習、と言った。


 その講習とやらが、こういった場所であることが必要だから向かっているに違いない。

 ならばどれほど危険だろうと、それに勝るだけの意義があるのだと信じてついてゆくだけ。人に何かを教わるというのに、その相手を信用しないというのは意味がない。

 逆に言えばそれだけ信用できるのではないかと見込んだからこそ、教わることを申し出たのだから。


 30分ほどだろうか。


 大きめの古木の前でユディタは、ようやく足を止めた。

 その大きな木いっぱいに揺れる葉によって光が遮られるためだろう、周囲は下草程度しか生えていない少し拓けた場所になっている。


「さて……このあたりかな?」


 きょろきょろと周囲を見回してから、彼女はニヤリと笑う。

 実に楽しそうなその微笑み。


「今からここで特別講習を行いまーす。題して“頑張れユディタちゃん、近くに住みついた獣とマジバトルだ! 生徒はそこから自分で見て学ぶべし!”かな?」

「……とりあえず、ここで何かを戦うのはわかった」


 なんつーネーミングセンスだ。

 そのまんま過ぎるから、意味がわかるのは助かるけども。

 獣と戦うということ自体に関しては、なんとなくそんな気はしていたのでそれほど驚かない。

 午前中に「“天恵”がどれほどのものなのか、ワタシが実演してあげよう」と言っていたし。そうなると一番手っ取り早いのが、戦いを見せてもらうことなのは間違いなかったからだ。


「まともに巻き込まれると普通に死ぬから、ちゃんと命賭けで見学するよーに! あ、余波くらいなら半殺しくらい程度で済むかもしれないよ、少年」

「精々気を付けるとするよ。あと前から気になってたんだけど、その少年っていうのやめない?」

「どうしてだ?」

「どうしてだと言われても……いや、なんていうかもう少年って年でもないし」

「ん? 何を言ってるんだ? ああ、人間によくある見た目と年が一致してないというやつか。それならそうと先に言ってくれないと……それで本当はいくつなんだ?」

「えぇと―――」


 そこでふと気づく。

 そういえば記憶喪失だった。なんとなく精神的に子供って言われると首を傾げたくなるような感じだったので少年呼ばわり止めてもらおうとしたが、実際のところいくつなんだろうか。


「なんだいなんだい、別に隠すことでもないだろう?  心配しなくてもワタシたちエルフにとってみれば数歳の違いなんて誤差みたいなものだよ」

「そういうわけじゃないんだけど……」


 そういえば鏡とか見たことなかったから、自分の顔とかよくわからないな。

 すっげー不細工だったらどうしよう……いや、それはそれで受け入れて進むしかないんだが。


「ちなみに、いくつくらいに見える?」 

「ヘレナと同じくらい? とりあえずブランちゃんの言っていた真理を当てはめるならまだ子供だと思うよ? 少年」

「真理って?」

「毎朝髭を剃る必要性に迫られないうちは、まだまだ大人の男性じゃない、だったかな?」


 ……もしかして年上趣味なのか、“天計”さんは。

 まぁとりあえず年齢の問題はここで話していても埒があかないので横に置いておくとしよう。

 話を戻して、


「それで、どんな獣と戦う?」

「それは―――」


 おもむろに口を開きかけて、


「―――見てもらったほうが早い、なッ!!」


 そう彼女が続けた瞬間、衝撃に襲われ視界がブレた。

 そして視界の外から聞こえてくる振動と轟音。


「ッ!?」


 気づくと、先程いた場所から10メートルほどの位置に座った状態になっていた。ユディタの腕が腰に回されていたことから、どうやら彼女の手によって移動させられたらしい。


 いや、ちょっと待て!

 人ひとりを片手で持って一瞬でこの距離を移動した!?

 どんだけ馬鹿げた俊敏性と腕力があればそんなことが出来るというのか。


 だがその驚きを言葉にする暇はないらしい。



 ―――グルゥァァァァァァッッッ!!!!



 ユディタが距離を取った、そして先程の振動と轟音の原因が吠えた。

 さっきオレがいた場所から2メートルほどのところ。

 何か飛び降りてきたらしく周囲が抉れ、土埃が待っているそこで、巨大な生物が自らの存在を誇示するかのように雄叫びを上げたのだ。


 赤い体躯の獅子の如き四足獣。

 その体長は3メートルから4メートルといったところか。

 しかし顔は獅子のものではなく鬣だけを残し太い牙を剥く獣じみた人間のものになっている。

 特筆すべきはその尾で、針というか棘というか、そんなものが十本以上生えていた。

 そして極めつけはその背中で、蝙蝠を思わせる翼が生えている。


 うん、まぁ嘘は言っていないか。

 頭に魔という文字がつくけども確かに獣ではあるのだから。


「マンティコア!?」


 ノーマッドから聞いていた魔物のうち、最も強いとされる魔獣。よもやこんなに早く対面するとはノーマッドも思っていなかったに違いない。

 並みの戦士ではいくら束になったところで適わない、そんな怪物。


「ふっふふ、知ってるなら話は早い。さっきも言ったけど、とりあえず巻き添え喰わない立ち位置でしっかりと見ておくように」


 だがそれすらも問題ないとばかりにユディタはマンティコアの前に立ちはだかる。



「キミが目指すべき場所、それがどういう場所なのか。それをお目にかけようか、少年」



 “天恵”。

 人の領域を超えた、最早天からの授かりものギフトとしか思えない身体能力を得た者。

 その戦いが始まる。



次回、第40話 「震える心」

 7月16日10時の投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ