Ex.4 ワクワクの強化週間
残虐な描写があります。
ご注意ください。
Q:邪神を信仰していて良かった、と思うことはありますか?
A:常時です。
そんな益体も無いやり取りが脳裏に浮かぶ。
まさに絶好調の証。
「そう、思うでしょぉ? ゲルヒガ高司祭サマ~~~?」
目の前の男にそう問いかけて、僕はふと違和感に首を傾げた。
「いや、ボスボンダ? ミレーヌ? いっそロドリゲスとかいうのもあったような……?」
沸いた違和感の命じるままに次々と名前を口にしていく。
どれも知る人ぞ知る、その業界じゃあ結構有名な名前なのだけどれども今一つしっくりこない。
「これでも気に入った人の名前は忘れないタイプなんだけどなぁ……仕方ない。
わからないなら、わかる人に聞くのが一番一番。ってことで、ハイ! キミはなんと回答者に選ばれましたぁ~! 景品は命でぇす。
ここで大口叩いておいて無様に負けまくっちゃった若き日には武名を馳せたとか、なんとか言ってる噂の高司祭様のお名前はなんでしょーか?」
「がぁっ!!?」
すぐ横で両手首を短剣で壁に串刺しにされたまま、身動きのできない女性に近づいてドスっと太ももに剣先を突き刺した。
適度に鍛えられた良い肉を裂いていく感触が心地いい。
今、僕がいる場所はとある神殿の奥深くの一室。
執務室として使われている部屋らしく中には重厚そうな書斎机と本棚に収められた書籍が配置されている。なおその書斎机には虫の息になっていらっしゃる高司祭様が血反吐吐きつつ上体を預けるように倒れている感じ。
その机の正面の壁には、さっき言ったとおり結構美人めな女性が壁に磔になっている。
「貴様……ッ、これだけのことをしでかしておいて!! ……っ…それにも関わらず、取るに足りない、記憶するにすら値しないとでも言うつもりか!!! ランプレヒト!!!」
ぞぶっ!!
今度は足の甲に剣先を突き刺す。
こちらも中々いい感触だったので、おまけでもう1回だけ刺しておく。
女には女の、男には男の、感触がいい斬り場所というものがある。もっと言えば、その日の体調次第でそれは変わる。例えるなら、朝からこってりしたものを食べたい日もあれば、さっぱりいきたい日もあるのと同じこと。
あと月の満ち欠けとか、季節でも変わる。
寸分違わぬ同じ傷だとしても出血量が変わったり、耐えれる傷の種類が変わったりもするので、人体を遊びつくしたいのであれば予習と実践から学んでおかなければならない。
はい、ここは殺人鬼認定試験に出ますから、下線引いてちょーだい的な重要さである。
「~~~ッ!!」
「ぶぶー。クイズは質問にちゃーんと応えてくださーい」
いやー、なんか楽しくなってきちゃったなぁ。この女司祭さん、実に虐め甲斐がある。悔しさに身を震わせてるあたりも実にポイントが高い。
目じりに涙を浮かべそうになりながらも、それを見せないように隠そうと睨むその眼差し。
磨けば光る素材。まさに逸材だ。
これはテンションあがらざるを得ない。
「………ディアバルト高司祭だ」
「うっそぉ!? 全部外れてたオチかよ!? 恥ずかしいなぁ、オィ」
ドヤ顔で名前言ってたとか黒歴史過ぎるし!
でもまぁ愛人だったらしいこの女司祭が言うからには間違いないだろう。嘘か本当か検証するのも面倒なのでそういうことにしておく。
あ、全然話変わらないけど、愛人ってなんか無駄に萌える響きだよね。
おかげでディアバルト高司祭を目の前で甚振ったり、動けなくしてから愛人さんのほうも色々と万遍なく下種いことから外道なこと、おまけに酷いことまでたっぷりやったので大満足です、ハイ。
「オッケオッケ。ディアバルト高司祭ね。神殿出るまでは覚えておくよ~ん」
ザシュッ!!!
ディなんとか高司祭の首がごとりと落ちた。
それを見て半狂乱になる女司祭。
やっぱ王道って大事だよね、いつの時代も色褪せないお約束的な悲劇!
まぁ唯一問題があるとすれば―――
ドタドタドタ!!!
扉の向こうから複数人の足音がする。
次の瞬間扉を蹴り破るようにして開いた向こう側には、漆黒の鎧に身を固めた男たちの姿。
―――悲劇の対象が、それまで好き勝手やってた闇の神の信徒さん、ってトコロがマイナスポイントかもね、脚本的には。
散々人様に迷惑かけるようなことを好き放題やってきたのだ。
モラルの意味を理解しないような邪神教団の人間が、それをやり返されたところで世間から見れば自業自得というものだろう。
「ひぃふぅみぃ……5人か。待たせた割にはなんか物足りない気もするけど……おぉ、ふたり達人っぽいのが混ざってるじゃん、いいネ!」
僕のランプレヒト・アイ(仮)によると、一番体格的にゴツいのが0,7アネシュカ、もうひとりの一番後ろにいる奴のほうがもうちょっと強くて0.8アネシュカくらいか。
少数精鋭って感じだな。
二人合計して1,5アネシュカ。
今を時めくアテナ教団の“三天騎士”の1,5倍の強さの相手なんてそうそうお目に掛かれるもんじゃない。
「やってくれたな、ランプレヒト。よもや貴様と剣を交えることになるとは」
およ。
一番強い奴の声になんか聞き覚えがあるな。
もしかして同僚だったのかな?
「驚いたか? 無理もない。貴様がいた頃とはすでに時代が違うのだからな。我が名は―――」
「あー、そういうのいいから」
名乗るならせめて、愉しく殺りあって興味が沸いてからじゃないとつまらない。
「減らず口を。どのみちここまでされて生きて帰すつもりはないからな。疎ましかっただけのあの頃と違い、殺すに足る十分過ぎる理由がある。
信仰の道を抜け出すだけならまだしも、神殿襲撃は大罪よ。かかれっ!」
つまりはそういうことである。
ここ数日、表の神のみならず邪神の神殿を襲いまくっていて、その中のひとつが昔在籍していたここの邪神様というわけだ。
「そう言うなよ~? ほら、道場破りってあるだろ? おんなじことじゃないか」
向かってきた黒鎧の中で先頭の奴の首を斬り飛ばす。
どんなに頑丈な鎧だとしても、今の十分に力を蓄えたこの刃の前では紙切れ同然。とはいえ、僕の腕前を考えれば普通の剣での斬鉄も技術的には可能だけども。
だが敵も然る者。
よく訓練されており、仲間の死にも動じることなくさっき見た強いデカブツと雑魚2匹が連携して斬撃を放ってきた。さほど広いわけではない室内という地形にマッチしたコンパクトな振りは確かな技術に裏打ちされているもの。
なんとか雑魚の攻撃は受け流すことに成功したものの、残念ながらデカブツの一撃は完全に流せず浅く脇腹を斬られた。
戦闘に支障がある怪我ではないし、命にすぐに関わるようなものでもない。
だが傷つけられたという事実ことが重要なのだ。
切り結ぶ命の遣り取りこそが糧になる。
「わわ、っと……なんちゃって?」
体勢を崩したと見せかけて、好機とばかりに畳み掛けてきた雑魚の胴体を袈裟切り。デカブツは誘いに乗らずに警告しようとするが間に合わない。
ばっかりと黒い装甲が裂けて朱色が室内に美しい雨を降らせる。
ああ、楽しい。
もう1匹の雑魚の兜と鎧の継ぎ目へ正確に刃を貫かせながら。
―――ああ、愉しい。
デカブツの攻撃を捌きながら。
―――ああ、素敵だ。
切り返して攻撃しようとしたら一番強い奴も交じってきて防戦一方になってみたり。
―――今のこの状況こそが悦び。
切り結ぶ剣戟の嵐にいくらか傷を帯び、同時に傷を負わせ。
―――ああ、面白かった。
切り結びながら相手の体勢を誘導し、一瞬だけ両者の肩をぶつからせて動きを阻害したところを一閃。
デカブツの腕を切り落としてから、仕上げとばかりに一気に追い詰め二人を神様の身許へご招待。
よかったね! 近道できたよ!
ここで冒頭の問いに繋がる感想が生まれるわけだ。
「やっぱ、いいわ。邪神官って。なってよかった~。いつでも敵に不自由しないもんね」
禁忌がないからこそ、いなければ好きなようにして敵を作る。
光の神々の神殿とか公権力からは狙われるので、いつでも敵は来る。
おまけに邪神殿の位置も知っているので、同業他者を敵にしにいくのも楽。
素晴らしい!
武道家が腕を上げるひとつの方法に道場破りがあるらしい。周りが敵という過酷な実戦こそが成長のカギなんだろう。
ならば殺人鬼が腕を磨くには無差別大量殺人を。
ならば邪神官が腕を磨くには邪神殿破りを。
「さて、強化週間も明日で終わりだし、ラストスパートと行きますかぁ!
おぉ、あと7人殺すとスタンプがいっぱいになるじゃないか。サクっと達成してご褒美に帰りに何か買っていこうかな~」
だから今、邪神官ランプレヒトはここにいるのだ。
いずれ来たる愉悦に満ちた戦いのために牙を研ぐ。
止めること能わぬ狂奔は、まだ続いていく。
次回、第37話 「空の器」
7月13日10時の投稿予定です。