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36.境界の極

 地面に起伏があるだけでなく土の硬さも場所によって違うような森の中。

 絡み合った蔦、大地を縦横に駆けるかの如くせり出した根にも油断をすれば足を取られる。

 岩に生えた苔は滑るし、茂みによって先の視界が遮られているから、集中せずに漫然を走っていたら転げて斜面を 落ちかねない場所もわんさと有った。


 そこを駆けていく。


 昨日もユディタの後をついて走って彼女の家まで行ったが、それとはまったく別物だ。


 まず速度が違う。

 それはちょっと油断すると、前を往く彼女の姿がみるみるうちに小さくなっていくことからも明らかだ。


 次に走路の難易度が違う。

 なんだかんだ言っても昨日のアレは“移動”だ。だから比較的―――彼女にとって、と注がつくけど―――移動しやすいルートを選んでいたのだろう。

 だが今日はそんな遠慮はない。

 時折崖の裂け目を飛び越えなければいけないような場所もあり、正直ヒヤヒヤすることが1度や2度じゃない。気づいて反射的に跳んだりどこかに掴まったりと、単純な走り込み運動ではなく全身をフルに酷使するレベル。


 それを1時間ほど行って、ようやく戻ってきたときには本当に疲労困憊。

 さすがのオレもその場に倒れ込んでしまった。


「初日にしては頑張った、頑張った」


 上機嫌で言う当のユディタのほうは相変わらず息ひとつ乱していない。

 ここまで基本性能が違い過ぎるともう笑ってしまいそうになるが、こっちは息も絶え絶えになっているので、そんな反応を返す余裕すらない。


「あー、寝たままで良いから聞いて。

 これで朝のウォーミングアップは終了。汗拭いて着替えて食事すること。

 とても口に入らないかもしれないけど、ヘレナが食べやすいものにしておいてくれるはずだから、多少無理をしてでも少し食べておくといいよ」


 確かに。

 なんか食欲よりも疲労から来る睡眠のほうが圧倒的に欲求が強い。

 なんとなく感覚的には消化に回すエネルギーすらも惜しい感じだろうか。


「食後は1時間くらい休憩を挟んでからの2時間、昼食後3時間ほど休憩を挟んで2時間の合計4時間トレーニング。それから夕食、残りは体力を見て適宜相談っていうのが一般的な1日の流れだよ」


 すでに1時間で死にそうなためか、4時間という言葉は軽く絶望的ですらある。

 保つんだろうかという不安。

 まぁやらなきゃならないんだから、やるだけだが。

 休息を盛んに訴えている体を叱咤してなんとか立ち上がり、のろのろと家のほうへと向かう。

 幸い朝食は粥だったのでなんとか1皿分は口に入れることが出来た。さっき聞いた通り、ヘレナが気を利かせて消化にいいものを用意してくれていたらしい。

 本人に礼を言うと「わたくしも通った道ですもの。気持ちはわかりますわ」と微笑まれた。

 実にイイ女である。

 おまけに今回オレを探すにあたり、3着ほど男性モノの衣服を用意してくれていたりと至れり尽くせりである。話を聞いたところ、アネシュカにオレがほぼ荷物なしで飛ばされた旨の報告を受けていたおかげらしい。

 訂正、実にイイ女たちである。

 そのうちに、どこかで借りは返すとしよう。


 食後の休息の1時間は文字通り泥のように眠った。

 疲れすぎて夢を見る余裕すらなかった、とも言える。


 とはいえ、いくら熟睡とはいえ1時間程度で追い込んだ体が完全に回復するはずもない。

 全身を覆う熱に浮かされるかのように、ずっしりと重く感じる体を引きずるように外に出て、待ち受けていたユディタと合流する。


「ちゃんと来れたか、感心感心。

 最初のこれでいきなり心が折れる奴もいたりするからね」


 少し満足そうに、それでいて気合に満ちた表情で続ける。

 まず身体をほぐすように勧められるので、指示通りに体を大きく伸ばしたり捻ったりして動きを確認しながら柔軟していく。錆びついた金具のようにギギ…と軋みそうなくらい鈍重になっていた身体が、ほんのすこしだけ、正しくは気休め程度だがマシに動くようになっていく。


「体を動かしながらでいいから、聞いてくれると助かる。

 キミはワタシに戦い方を教えてほしいと言った。だから、これから少年にはワタシが教えられるものを全て叩き込むつもりで教えるわ。時間もあまりないみたいだから、可能な限り短時間での鍛錬になる……文字通り過酷なギリギリまで追い込むから、それは覚悟しておいてね」


 まぁそれは仕方ない。

 あの狂った邪神官といつまた遭遇するかもわからないのだ。


「とはいってもワタシが教えられるものはそう多くはないの。

 いくばくかの徒手戦闘技術と……あとは特殊な身体術だけね」


 そこで彼女は一旦言葉を区切った。


「ちなみにその身体操作・強化術は―――“天恵”と呼ばれているわ」 


 最後に付け加えるように放たれたその一言。

 それに驚いてオレは思わず作業を止めて、言った本人を凝視してしまった。


「誤解されているけれど、そもそも“天恵”は結果よ。

 身体をある一定条件が存在するものに作り変えるための技術。勿論得手不得手があるから、それをどこまで極めるのかは人に寄るけれど、少なくとも“三天騎士トライアーク・ナイト”は全員これを習得しているわ。勿論、ブランちゃんのそれとヘレナのそれは、体系としては同じでも到達度にはかなり違いがあるけれどね」


 あ、でもアテナ教団でもほんの一握りしか知らない極秘事項だから言いふらしちゃダメよ、と念を押しながら、


「ヘレナが“天恵”の二つ名を持っているのは、この身体強化法に対しての適合率が圧倒的に高いからでしかない。この方法で身体を作り上げれば、それこそ生まれながらの天才のような、“天の恵み”としか呼べないほど肉体的な潜在能力を高めることが出来る。

 それを先んじてベースにすることで、その後の技術習得を容易にもすることが可能よ」


 一般的には異能扱いされてはいるものの、アネシュカの“天啓”のようなそれこそオンリーワンの能力ではなく、その結果を生むために必要なのは方法だけなのだと彼女は語る。

 確かに極秘事項なのも納得だ。

 もしヘレナを強者たらしめているのがその方法だとすれば、それが一般に広まるということは教団の戦力アドバンテージを無くすことに繋がるし、まかり間違ってランプレヒトのような連中に利用されたら目も当てられない。


「つまり何が言いたいかというと……いくつかの条件を満たせるのなら誰でも習得できるということ。

 当然キミにもだよ? 少年」


 それまでの体の重さを忘れ、ざわざわと胸が喚く。

 これは期待だろうか。

 それともこれから先の未来への興奮だろうか。


「一ヶ月」


 ぴ、と彼女は人指し指を一本立てた。


「一ヶ月でそれなりのカタチになるだけ追い込むよ。

 世間一般の追い込みとはワケが違う。本当のギリギリ、限界という境界の際の極みまで。

 まず初期段階で必要なものがあるとすれば……素の体の頑強かな。でもこれがあればそれだけ習得期間は短くなるだけで、必須ってわけじゃない。それよりなによりも必要なのは――」


 必須なもの。

 つまりそれが無ければ習得は無理だということ。

 先程彼女が言っていた満たさなければならないいくつかの条件のひとつなのだろう。

 一体何なのか、そしてオレが持っているのか少しドキドキしながら聞いていると、彼女はニヤリと笑ってこう言った。


「―――折れない心だ」


 ああ、なんだ。

 それなら自信がある。


 オレは安堵し、その地獄へと身を投じる決心を新たにした。


次回、Ex.4 「ワクワクの強化週間」

 7月12日10時の投稿予定です。

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