34.始まる新生活
本日は日曜日ということで二本立てとなっております!
玄関から入ってすぐの部屋は広間になっており、そこは台所が併設されたリビングのような作りだった。
煉瓦造りの暖炉や数人が利用できそうなダイニングテーブルが置かれており、それほど凝った内装ではないが、逆に素朴で落ち着く雰囲気だ。
香りが鼻孔をくすぐるかのように満たす。
焼けた肉から滴る汁。
ぱらぱらと乗せられている香草と塩が、それほど豪奢でないにも関わらずまるで薄化粧のように主役を引き立てている。
配膳を待っている間の気分はまさにお預けを食らった犬そのもの。
唯一犬と違うと言い張れるのは、待っている間に尻尾を振っていないことと涎を垂らしていないことくらいだ。
ユディタ、ヘレナ、そしてオレ。
テーブルのそれぞれの席の前に料理が載った皿が置かれ、ようやく食事となった。
ぞぶり。
待ちに待った肉にむしゃぶりつく。
「~~~~~っ」
じわぁっと口内に広がる旨み。
この最初の一口を評するとするのであれば、無駄な装飾は要らない。
ただ一言でいい。
「美味ぁい!!!」
念願の肉天国はここにあったのか。
もう我慢できないとばかりにガツガツと貪り食っていく。
あっという間に自分の皿を空にして、中央の皿に豪快に盛られているお代わり用の肉を持っていく。
そもそも足りていなかった食事。
体が欲しがっている食べ物。
激しい運動の後。
美味く調理された味付け。
これだけの要素が揃っているのだから、正直いくらでも食べることが出来る。
むしろ食べ続けざるを得ない。
あっという間にお代わり用の皿から肉がどんどん消えていく。
「いやはや、よく食べるねぇ。少年は成長期なのかもね」
「わたくしの作った料理ですから、美味しいと言われて一心不乱に食べてもらえる以上の喜びはないのですけれど……さすがに食べる勢いが凄過ぎますわね」
呆れているユディタと、ちょっと心配そうなヘレナ。
かといって彼女らが余り食べていないかと言えばそんなこともなく、二人ともちゃんと並みの一人前以上の量が載った皿を前に一定のペースでのんびりと食事をしていた。
しかし意外だ。
見た感じ、その豪奢な縦ロールの印象の強さもあてどこかのお嬢様みたいに見えるヘレナが料理が出来るというのはちょっとイメージが違ってくる。
そんなことを思っていると、
「ふゥん? 少年は料理が出来るヘレナちゃんがお好みですか~」
フォークに赤い実の野菜をぷすりと突き刺しながら、ユディタがにまにまと笑みを浮かべながらそう言った。
「お師匠様、食事中にそういったからかいはお止め下さいと―――」
「んー、確かに料理出来る女の子ってのはポイント高いよね。それがヘレナみたいな美人ならなおのこと」
「―――っ、貴方も、そこで便乗するのはお止めなさいッ!」
おぉ、からかわれたと思って睨みつけてきているけれど、どことなくおたおたしていた顔も真っ赤になってる。
なんだこの可愛い生き物は。
「なんだいなんだい、そんなに料理が偉いのだったら、ワタシだって女らしいところを見せてあげようじゃないか!」
「……お師匠様、前にそう言った後に一体何を生産なさったのか、そしてそれを誰が処分したのか覚えていて言ってらっしゃいますの?」
「ふふふ、ワタシは過去を振り返らないタイプのオンナなの」
「少しは振り返って省みて下さいまし……」
そんなこんなで和気藹々と食卓を囲んでたんまりを肉を食べて、ようやくひと心地つけた。
食後に出してもらった紅茶を飲みながら、ようやく今後のことについて話すべく二人と向き合う。
「さて、少年も食事を終えて落ち着いたと思うし色々お話するとしましょうか。
まずは改めて自己紹介ね。初めて会ったときに名乗った通りワタシはユディタ・ドラホミール。アテナ教団の先代“天恵”ね。それでこっちの娘がワタシの義理の娘にして当代の“天恵”にして、有名な現“三天騎士”のヘレナよ」
「ヘレナ・ドラホミールですわ」
確かダンツィと一緒にアテナ教団に向かったときに読んだ奴の中に名前が出てたな。
しかしアレだな、アネシュカといい、この二人といい“三天騎士”って美人じゃないとなれない規則でもあるんだろうか。
そう思ってしまうくらい三者ともそれぞれ違うタイプの美女である。
教団の表の顔の象徴、つまるところ尊敬と畏れを集める広告塔であることは間違いないから、そこから考えるとあながち間違っていない気がしないでもない。
「で、こっちの少年がルーセントくんね。森でひーひー言いながらも頑張って小鬼をやっつけてたので、そのガッツを勝って弟子にすることにしたのよ」
間違ってはいないが……もうちょっとマシな説明はないものか。
とはいえひとまず紹介されたので軽く会釈をしてみる。
「ルーセントさん、と仰るのですか……」
ふと見るとヘレナが何事かを思案するかのような顔をしていた。
「ひとつお伺いしますけれど、貴方、アローティアにいたのではなくて?」
「? あ、うん、そうだよ」
彼女の口からずばり言い当てられた事実に首を傾げつつ答える。
「やはりそうでしたか……女神よ、感謝致します」
小さく手で聖印の形を切るヘレナ。
だがそれもわずかな時間のこと。
すぐにオレを見据えて、
「わたくしは、アネシュカの報告を受けた“天計”ブランディーヌ・バルバストルの命により、貴方を探すためにこの森にやってきたのですわ。
探索で一月やそれくらいはかかることを覚悟していましたが、まさかこのようにあっさりと会えるとは思いませんでしたけれど」
「個人的には、なんでそんな的確にオレの居場所が予想できたのか凄く気になるな。それにまだオレが飛ばされて数日だろ? いくらなんでも早すぎないか?」
「正確には貴方がどこかへ飛ばされてから今日で9日目ですわね。
アネシュカが1日で後始末を終えて、王都に戻るまでで合計3日。報告書からブランディーヌさんがわたくしに指示を出すまでで1日。そこからこの森の最寄りの街でお師匠様と待ち合わせまでが3日。森に入ってここまでが2日ですから、かなり上手く行った最短日数であることは間違いありませんわね」
この森に飛ばされて、樹の上で一夜を明かしてから、寝床を見つけて3日経過したところで4日。そこから毒を受けて意識が回復してから1日後に小鬼退治をしたのでそれらを足すと合計5日。
つまり、どうやらオレは小鬼の毒で、足りない4日ほどの間ずっと生死を彷徨っていた計算になる。ほぼ時間の感覚はなかったが、その間に水しか口に含まなかったのは間違いない。
ホント、よく命があったもんだ。
「……相変わらずブランちゃんったら、キレッキレなのね。
少年は不思議がっているみたいだけれど、限られた条件から推測を重ねて事実で補強、そして最終的に間違いのない結論と対策を導き出せる。そういう相手だからこそ“天計”なんて御大層な二つ名が彼女にあるわけなの」
「もっと言うのであれば、報告書にあったランプレヒトという人物に対する考察からして、自分が執着した相手をわざわざ手の届かないところへ送るとは考えづらいという点もあったみたいですわ。
邪教団などでは、あくまで司祭位でしかない彼の力が及ばないところで何かされる可能性もありますし」
コクリと紅茶を一口飲んでからヘレナは続けた。
「その上で―――いえ、これくらいでいいでしょう。気になるのでしたら、それ以上の詳細は本人に聞けばいいと思いますわ」
「? そのブランディーヌさんとやらも来てるのか?」
「違いますわ。わたくしの与えられた任務は貴方の捜索及び連行。つまり、一緒に王都の大神殿まで来てもらうことになりますから、そこでイヤでも顔を合わせることになるでしょう」
「それは困るね、実に困ってしまう」
オレを王都に連れていくことを聞いたユディタがそこで口を挟んだ。
「さっきも言ったけれど、この少年はこれからここで色々学んでもらわないといけないんだ。すぐに王都に行くっていうのは許可できないかな。
それにアテナ教団は国家権力でも何でもないのだから、強制権はないはず。勿論ヘレナが実力行使するならルーセントにはそれを止められないけれど、その場合はワタシが阻むことになるわ」
「お師匠様!!?」
義理の娘に対し冗談めかした挑戦的な視線を向けながら、彼女は答える。
「そのランプレヒト、ワタシの記憶が正しければ結構なクセモノでしょう? どうせなら自衛する力をちゃんとつけてもらった方がいいと思うのだけれど。本人的にはどうかな?」
こっちに振られたので、
「アネシュカには世話になったから、アテナ教団に協力するのは別段イヤじゃないよ。
だけどユディタの言う通り、今のままじゃ自分の身すら守れないから、出来るならそこを解決してから王都に行きたいのが本音かな」
素直に答えてみた。
ヘレナは聞いている間くるくると縦ロールをいじりながら不機嫌そうにしつつも、少ししてから諦めたようにため息をついた。
「本人がそのつもりで、お師匠様がその意志を守るというのであれば、わたくしにどうこうするのは不可能ですわね。仕方ありませんわ」
なんというか見た目は堅物そうだけど、話してみたら結構話がわかる娘だよな、ヘレナ。
ちゃんと理論立てて筋を通せば聞く耳持たないような感じでもないし。
「お師匠様がいるここならば、そのランプレヒトがやってきても安全というのは否定できない事実ですし……ただ神殿の方へ報告はさせて頂きますから、その結果次第ではわたくしも動かざるを得なくなる可能性があること、忘れないで下さいまし」
「意訳すると、上手いこと報告しておくからちゃんと自分の身を守れるくらいまで頑張って強くなってね、でも危険だから状況によってはルーセント君の身を守るために強硬手段に出るよ、ってことだね」
「お、お師匠様!!!」
「はいはい、一先ずお話はここまで。少年も疲れてるだろうし早いところ寝よう。
早速明日からビシバシと鍛えてあげたいからね」
マイペースな師匠と振り回される弟子。
明日からも楽しくなりそうだと内心喜びつつ、オレは紅茶を飲み干したのだった。
次回、第35話 「天恵へ至る一歩」
7月10日18時の投稿予定です。