2.やってきた人々は……
その後、すぐに儀式が行われていた広間に3人ほどの男がやってきた。
服装も装備も共通。
装飾はあまり凝っていないものの、形状と色を統一した衣服に身を包み、その上から胸当てなどいくつか重要な部分にだけ防具をつけている。
手にした武器は少し短く切り詰めた槍だろうか。相手に引っかけて倒すために使うのか、小さな穂先部分の少し手前に返しがついている。
記憶喪失気味の鈍い頭でも、残っている知識からそれが街の衛兵の装備であることはわかった。
おそらく衛兵であろうその3人のうち1人だけが三十代そこそこといったところで落ち着きがあり、残りは二十代程度で比べると明らかに若い。態度から見ても、年嵩なその男が最も位が高いのは間違いなさそうだ。
やってきた男たちは驚きの表情を浮かべるが、それも一瞬。
普段からしっかりと訓練しているのであろう。
慣れた様子で周囲を調べ始めた。
「……しかし、いくらなんでもこの匂いはキツいっすよぉ」
「仕事だ。文句は終わった後で聞いてやる」
散らばっている肉片のうち大きなものをを穂先で引っかけて、下に何もないことを確認しながらボヤいた若い衛兵を上司が窘める。
そのまま焼け爛れた邪神官の遺体を確認し、
「この聖印……事前の情報通り、邪神官で間違いないな。数も一致する」
「何があったんスかね?」
「わからん。儀式に失敗したのか、それとも別の何かがあったのか……調査官に見て判断頂くしかない。少なくとも、とても成功したと言えるような状況ではないことは確かだ」
幸いなことにな、と上司は息をついた。
邪神官、と言う響きの存在が目論んだ行動など、一般の人間からすればロクでもないことでしかないだろうから、その台詞も理解できる。
「通常であればこのまま検分せねばならないが、今回は現場の保持が優先だ。ひとまず危険がないことのみ確認して、一度外に引き上げるぞ。待機してもらっている聖騎士へ報告、そこから教団の調査官が来るまで外で警戒を続ける。
引き継ぎの人員は?」
「手配済みです。もう少しすれば第2詰所から、同数やってきます」
「よし、死体の不死者化もないようだから問題はないな……行くぞ」
いくつかの死体を軽く槍で引っかけたりして確認してから、足音が遠ざかっていく。
そのまま男たちはその場を後にしたようだ。
ほっと胸を撫で下ろし、さらにそのまましばらく経ってから―――
―――ずるり、と。
おおむろにいくつか重なっている死体の下から這い出した。
圧迫感、そして息苦しさから解放され、ようやく一息つく。声ひとつあげなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。腸が頬に触れている感覚とか正直なところ二度と味わいたくもない。
やってくる連中の人となりもわからなかったため、ひとまず隠れてみたが何とか気づかれずに済んだようだ。連中が調査そのものも余りするつもりがなかったお蔭でもある。
だが代わりにせっかく拭った体が再びべちゃべちゃに汚れてしまって不快感も半端ないのだが。
もししっかりと調査をするつもりがあれば、いくら隠れていてもバレていただおうが、それならそれだけのこと。気絶していたフリをして発見されればよいだけだ。
逆にやってきたのがロクでもない連中なら、不意打ちの機会にはなる。それだけで複数人相手に大した装備もなく勝てるかと聞かれれば怪しいが、少なくとも生存率を高めることにはなっただろう。
幸いなことにその心配は杞憂に終わったが。
さて、ここからは悩みどころだ。
このまま調査官とやらが来るまでここで待つか、外に出て保護してもらうか。一応選択肢としては外の警戒を突破して脱出という手もあるな。
さっきの衛兵さん方はまともそうだったが、調査官というのも同じなのかどうかはなんとも言えない。とはいえ会話から推測するに、こういった邪教云々について教団とやらにに丸投げしている感がいなめないので、衛兵に保護してもらったところで最終的に引き渡されることになるだけかもしれず。
そう考えれば選択肢1と2はほとんど同じ。
結果悩むのは、大人しく自分の身柄を相手に委ねるか、脱出するかだ。まぁどちらを選ぶにせよ、相応のリスクを負わなければならない。
……よし、脱出一択だ。
正確には脱出を選んでおいて、入口と思しきところまで行き、そこで敷かれている警戒を確認してから最終判断をする。
出口の警戒が甘く簡単に脱出出来るようであればそれでヨシ。逆に厳戒態勢で脱出そのものが難しければ、そもそも無理なのだから選ぶまでもない。
脱出したところでその後どうするのかという問題もあるが、衛兵たちが言っていた詰所とかいう言葉から察するにおそらく街中、もしくは街に近いところだと思われる。さすがに荒野の真ん中とかだったらどうにもならないけれど、街のような人の多いところに出れればなんとかなるんじゃないかな。
さて、そうと決まれば、と準備をする。
短剣を使い再度邪神官の服の一部、出来るだけわかりづらい位置を選んで切り取って、死体に塗れて汚れた体を拭いていく。足回り、特に足の裏は念入りに。
先ほど隠れていたときからの緊張から、心臓の鼓動ペースは回復していない。しばらくそこで休んで落ち着くまで待ちながら、体の違和感を念入りに確認していく。
とりあえず全体的に軋むというか動きが鈍い感じではあるが、大きい痛みや引き攣りなど動けないような阻害要因は無い。
あとは念のため、身分証明書のうち男っぽい名前のものをいくつか頂戴していく。外に出たとして身分証明書が無いと何も出来ないとかだったら困るし、もっと言えばいつか自分の名前を探す手がかりになるかもしれない。
大したことはしていない気もするが、ひとまず準備を終えて意を決して通路を進んでいく。
出来ることは全てやったので、あとは出たトコ勝負だ。
くねくねと曲がりくねった通路を進む。
明かりなどはなく少し先から見える光だけが頼りだ。
ぺた、ぺた、という自分が出しているかすかな足音がやけに大きく響いているようで、ドキドキと緊張が高まっていく。
そしてようやくたどり着いた出口。
そこは石造りの一室だった。
正確には石造りの部屋の壁の一部が崩れて、今までオレがいた横穴らしきものへと続いている感じか。
幸いなことに人がいないのを確認して室内へ突入。
5メートル四方の比較的広い部屋の真ん中には小さなテーブルと椅子が二脚。
使用者は慌てていたのだろうか、椅子のうちひとつが倒されたままになっており、テーブルの上には酒瓶とトランプが無造作に置かれていた。
この部屋の出入り口は扉がひとつあるのだが、軽く触れてみたところどうも鍵がかかっているようだ。
仕方ないので周りを確認すると穴の横にワードローブ、ローチェストなどが置いてある。床に小さなレールが嵌め込まれており、どうやらワードローブについては横にスライドするらしい。スライドさせると丁度、オレがやってきた穴を塞げる寸法だ。
さて……ひとまず着れるものがないか確認してみよう。
次回、第3話 「手短なる脱出劇」
6月5日10時の投稿予定です。