31.鬼穴に入らずんば
洞窟の出入り口で待ち構えるように立ち塞がる。
どくどくと高鳴る胸の鼓動は、緊張というよりも楽しみの色が強い気がする。
やってくる生死の際。
それを楽しむ刹那的な感覚がオレを満たしていた。
アネシュカにもおかしいと言われたが、こればっかりは変えられないようだ。
目の前にある勝負に対し、ただ淡々と勝利へと命を賭ける。
恐怖がないわけでもないし、命が惜しくないわけでもない。
それ以上の何かがあるから躊躇無く命を投げ込めるだけ。
狂奔、と言ってもいい。
出てきた小鬼たちを入口で次から次へと倒していく。
そういっても、洞窟から出てこようとする連中にはロクな統制もない。というよりも単純に向かってくる以外に方法がないのだろう。洞窟そのものが狭く大人数で一人に襲いかかるようなスペースがない。もっと奥の方にはあるのかもしれないが、少なくとも入口付近には。
唯一この作戦の弱点として、もしかしたら別の出入り口があるかもしれない、と思わなくもなかったが、どっちみち明かりもなしに洞窟の中に入ることは出来ない。
だとするなら、先ほどのユディタと名乗った女の戦意に対し、迎え撃つ気骨のある奴らであることを祈っておくだけだ。
臆病風に吹かれて逃げられた場合はどうしようもないので、それは考えないでおく。
浮足立って出てくる小鬼たちを斬りつけては斃し、斬りつけては斃していくうち段々とその行動に没頭していくのがわかる。後ろでさっき会ったばかりの女性に見られていることを気にしていたのが馬鹿馬鹿しいほどどうでもよくなって、目先のことだけが全てとなった。
いくつか違う点はあるものの、ランプレヒトと戦ったときと同じだ。
ひとつひとつの行動に対し意識が深くなっていく。
もっとこうすれば、次はもっと、もっともっともっと―――!
少しずつ積み上がっていく経験と、それをフィードバックすることによって新たな試みがされ、さらに経験が積み上がる。あの邪神官よりも動きも遅いし脅威も低い。だからこそ避けるだけで精一杯だったあのときと違い、自らの攻撃という部分を考えながら試行錯誤するだけの余裕が出来る。
結果、同じく少しずつではあるが確実に高まっていく技量。
10を超える小鬼を斃した頃、積み重なった死体で奥が見えづらくなってきたのに気付いた。ひとまず後ろに下がって、入口ギリギリの外まで戻る。
ちなみに倒した10匹の中に射手は1匹だけ居たが、矢を撃たれる前に倒せた。
「なんだ、終わりか?」
「わかってるなら聞くなよ」
なんだかんだで乱れていた呼吸を落ち着けながら、冗談めかして言うユディタに軽く返す。そのまま入口の外、出てすぐのところの壁際に身を隠した。
これで初めて森で遭遇したのと合わせれば合計で20匹以上斃している計算になる。
あとどれくらいいるかは知らないが、大分削れたんではないかと思う。
聞いた話によれば基本的に小鬼の群れは小さいもので数匹、上位の統率種がいてようやく100に届くレベルだと聞いている。
記録では王種などの最上位種が数百の群れを率いていたこともあるそうだが、そこまでいくと一定の場所で留まることなどなく、大移動を繰り返すらしいので今回はそこまでではないのは間違いない。
仮に上位種がいて100としても、雌や仔を含めての数と考えるのなら敵が待っているところに突撃するのは半分くらいだろう。
半分の50のうち20を斃したなら、すでに4割壊滅状態。
希望が見えてくる感じだ。問題は10匹倒すだけで結構疲れているので、それをあと5回も繰り返せるかどうかだが。
……それに100となると上位種がいるから場合だからな。
そいつをなんとかしないといけない難題付きだ。
疲れるし大変ではあるが、だからといってユディタとの賭けを反故にして助けを求めようとは思わない。アテナ教団の案内に書かれていた“天恵”の二つ名を自己紹介の時に混ぜていたくらいだし、その前に放った戦意を考えればタダ者じゃないのはわかる。
客観的に考えて、アネシュカクラスの可能性が高い。助けを求めればこの程度の魔物くらい難なく討伐してしまうだろうが、その選択肢はオレには無い。
男の意地というやつもあるし、それに何よりこんな美人を口説くのに困難のひとつやふたつ無かったらおもしろくない、という我ながら馬鹿な考えがあるからだ。
苦笑しながら大分切れ味の鈍ってきた刃を、倒れている小鬼の服で拭う。
「ゴブゥッ!」
おっと、休みながら考え事をしている間に第二波が来たらしい。
仲間の死体をかき分けて外に出てくる小鬼たち。その足元を横合いから掬うように刃を振るう。案の定足首を傷つけられた奴が転倒、その後続もびっくりして動きを止める。
その隙に攻撃をして3匹ほど倒せた。
そのまま倒れた死体で動きづらいのを、剣で斬りつけまくって倒していくが敵も然る者。いくらか混乱から立ち直ると、
「ゴゴブ、ゴブゴ…ブゴバグッ!!」
奥から一際大きな声が聞こえたかと思うと、それが合図だったのか残りの連中が一気に外に向かって走り始めた。入口でオレに切りつけられようと気にせずに、下手な反撃や何かを考えることなくただひたすら外だけを目指す。
結果、数匹斬りつけられたものの、残りの10匹ほどが外に出てしまった。
「くそ……前の奴が斬られて動揺したりして隙を突いてたってのに、ここまでか」
前が詰まっているから数の利が活かせない。
そうであるなら多少の犠牲を覚悟して場を変える方を優先する。
なるほど、理に適った考え方だ。
少なくとも普通の小鬼らしからぬ判断ではある。
―――ぐゴオオォォォォォッ!!!
そこで頭に浮かんだ考えを肯定するかのように、奥から最後に現れたのはそれまでの小鬼よりも一回り以上大きな上位種。
全体的なシルエットとしては通常種の体格をよくして筋肉質にした感じだろうか。
どこで手に入れたのか錆の浮いた山刀のようなものを持っている。
あー、確かこいつの名前もノーマッドから聞いてたな。
なんだっけか……?
「剣士種が相手では荷が重そうだな。手を貸そうか? 少年」
「どーも。もうちょい黙って見ててくれないか?」
ああ、そうだ。
戦士階級とかいう小鬼剣士だな、これ。
さて、これで11対1。
しかもそのうち1匹は上位種と来てる。
さすがに全部を一度に相手するのは無理だな。
なら―――、
「おぉぉぉぉっ!!!」
―――頭を叩く!!
小鬼剣士へ脇目も振らずに突撃。
ボスをさっさと倒して士気を崩壊させるのが最適解。
突進するオレを迎え撃つかのように振るわれる山刀を避ける。
あんな手入れされていない錆だらけの汚い刃で傷つけられたら、間違いなく悪い風が入りそうだな、と思いながら懐へ。
もう1発斬撃が飛んでくる。
普通の小鬼なら放てない、その早い切り返しはさすがだが、もう遅い。
右腕に巻いた籠手っぽい盾で受け止める。さすがに速度が乗り切っていれば大きなダメージになっていたかもしれないが、すでに懐に入ってしまっているオレに対しては距離が無さすぎる。
結果、威力が十分でないうち、しかも山刀の根本の切れ味が最も弱いところを防具で受け止めることに成功した。
ずぞっ!!!
懐に入った体勢を上に持ち上げるように、刃を立てて相手の顎から上に突き刺した。
口内を貫通し頭にまで突き刺さったのを確認し、そのまま引き抜いてバックステップで離れる。
小鬼たちのボスは何が起こったのかわからない様子のまま山刀を振ろうとし、そのまま力無く倒れた。
ずぅぅぅ……ん。
ふぅ、と息をつきながら辺りを威嚇するように見回すと、小鬼たちはあっさりと蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
ひとまずはこれでヨシとしよう。
バラバラで来られるなら別の場所で会っても対応できるし、厄介な射手は逃げた連中の中にはいないみたいだしな。
おっと、これを忘れちゃいけないな。
「以上!」
びし、とサムズアップをユディタに向けて、オレはドヤ顔をして自慢した。
次回、Ex.3 「恵まれるに足る逸材」
7月7日10時の投稿予定です。