27.絶命なる一矢
相変わらず醜悪な顔をしている小鬼が6匹。
この前殺った連中の仲間かどうかはわからないが、その視線はオレと死んだ大猪に向いている。連中にしてみればどっちも肉にしか見えないのかもしれない。
特に大猪などは連中の作る小さな罠には掛からない上に、真っ向から仕留めようと思えば何人死ぬかわからないくらいの大物だ。それが目の前に落ちているのだから興奮もしようというもの。
とはいえ、
「せっかく人が苦労して焼肉パーティーしようと手に入れた肉を、おめおめと横からかっさらおうとかいい度胸じゃないか」
横取りされるのは面白くない。
ゆらり、と手にしている剣の刃を見せて威嚇すると、小鬼たちはやや警戒の度合いを強めてその場で構えた。
それぞれ手に短剣やら木の棒を持って武装している。鎧は身に着けていないようなので剣が当たりさえすれば仕留めるのは可能だろう。
相手のほうが数が多い以上、後手に回るのは危険だ。
そう判断し、こちらから相手の間合いに飛び込む。
速度を重視し最短距離を真っ直ぐ。
躊躇なく間合いを詰めたオレに一瞬驚いているところを一閃
ざンッ!!
まず1匹の小鬼が血をまき散らしながら倒れた。
他の奴らが我に戻って斬りかかってくるが、それは予想の範囲内。先手を取られての反射的な反撃だからロクな連携も取れていない。これなら一対一×5と変わりがない。
一番手近な小鬼が突き出してきた短剣を狙い、下から持っている手を蹴り上げる。案の定すっぽ抜けて飛んで行く。
上げた前足を戻す勢いを利用して前傾しながら剣を振り下ろして顔面を斬る。
これでまた1匹仕留めた、と。
残り4匹のうち、向かってきているのは2匹。
他の1匹は度胸がないのか怖気づいており、残り1匹は……おぉ、さっき蹴とばした短剣が後ろにいたそいつの顔に刺さったらしくもがいていた。ラッキー。
あっさりと仲間が殺られたことに危機感を抱いたのか、次の2匹の小鬼たちはタイミングを合わせて斬りつけてきた。
それを見切ってバックステップで回避。
回避しながら剣を振るい、片方の短剣を持っている腕を斬りつけた。
浅く肉を裂く感触と、少し遅れて短剣が地面に落ちる音が響く。
オレの腕の長さ、そして武器の剣。
どちらも相手よりも長さで勝っていてリーチ差があるからこそ出来る芸当だ。
「らぁっ!!」
バックステップした足が着地する瞬間、思いっきり踏み出して体の勢いを反転させ前に出る。
同時に突きを放つことで、勢いをそのまま切っ先に載せる。
ずぞっ!!!
剣を腹に突き刺した。
これで目の前に残るはさっき短剣を落とした小鬼だけ。
そう考えて刃を引き抜こうとした瞬間、思わぬ手応えで抵抗され抜けないことに驚く。
「……もしかして肋骨に引っかかってんのか!?」
慌てて突き刺さっている敵を蹴って強引に引き抜いた。
その隙に先程武器を落とした奴は、短剣を拾い直していたが、それで済んだのは幸いだった。
もし武器を手にしたままだったら、今驚いた隙に攻撃されていたかもしれない。
「グアガガ、ギャガガグォッ!!!
よくわからん声をあげながら、武器を振り上げてくる小鬼。
もしオレが小鬼語を話せたら意味がわかったかもしれないが、どうせ敵同士だから理解できても仕方ないだろう。
“こんなところで死ねない! この戦いに生き残って彼女と結婚するんだ”とかでは無さそうなのは確かだろうけどな!
斜めに振られる刃を踏み込ながらかがんで避け、すれ違い様に首を斬りつけていくと、糸の切れた人形のようにまた一匹倒れた。
再度威嚇するように残った2匹を見ると、慌てて逃げ出していく。
「ふぅ」
まだまだ未熟だな……。
こいつら程度の攻撃を見切ることに関しては問題ない。特に戦闘技術が優れているわけでも、速度的に早いわけでもない。ランプレヒトと比較すれば攻撃の鋭さも無ければ、モーションも大きい。攻撃するよと事前に通告してもらっているみたいなものだ。
リーチや武器の差もあるし、数にだけ注意しておけば問題はない。
だがそれはあくまで小鬼相手の話。
正直ノーマッドに聞いたことのある魔物の中では最弱の部類。
それに勝利できたところで余り意味はない。それどころかもっと強い相手だったら危ない場面があった。
例えば剣を突き刺したはいいものの、肋骨か何かに引っかかって抜けなかった点。
突き刺したのと全く同じ方向に引き抜いていればもっと引っかからなかったはずだし、刃を横に寝かせていればそもそも引っかからなかったろう。
あと肋骨の硬さを意に介さないような剣の扱いが出来ていれば、そもそも引っかかるかどうかすら問題ではない。例えばアネシュカの膂力であれば、肋骨の抵抗などあってもなくても変わらないだろう。
精度も、技も、力も足りない。
やらなきゃならないことは盛りだくさん。
実に楽しいな。
「おっと、そんなことよりも肉だ、肉」
そう、念願の焼肉フェスティバルが目前なのだ。
先のことは後で考えればいい。
倒した大猪をなんとかして持って帰らなければならない。
そう勢い勇んでいるオレの視界に影が過った。
トっ!
「ッ、ぐぅっ!!?」
軽い衝撃と遅れてやって来る焼けつくような痛み。
反射的に顔を反らしたところを何かが通過し、そのまま肩口に突き刺さったのだ。
「……射手がいたか」
矢だ。
やや歪ではあるものの2枚羽のついた木製の矢。
「ゴブゥッ!!」
どこからか小さく声が聞こえた。
命中!とでも言っていそうな感じだ。
戸惑う頭をなんとか落ち着け急いで木の陰に隠れる。
邪魔になるので一瞬だけ躊躇してから、矢をぼきっと折った。引き抜いて血が出過ぎても困るので、とりあえずはこれくらいだろう。
―――油断した。
まさか小鬼の中に射手が、しかもあんなに腕がいいのがいるとは思わなかった。もしかしたら小鬼ではないのかもしれないが、さっきの声からしてその可能性は高い。
少なくとも見える範囲には居なかった。もしかしたらどこか近くに巧妙に隠れていたのかもしれないが、こんな手製の矢で正確に頭部を狙ってきたのだから、射撃能力は大したものだ。
おまけに、
「狩人の技量がある奴にとっちゃ、森なんて向こうの得意分野みたいなもんだろうな」
隠れて、近づいて、狙って、撃つ。
まず相手を見つけることからしなければならないオレに対して、まだ姿が見つかっていないあちらが圧倒的に有利だ。
加えて屋外において先程までとは真逆、向こうが圧倒的なリーチ差を有している。
さて、どうするか。
決まっている。
一時撤退だ!!
すでに潜んで移動していると考えるとどっちに相手が居るかよくわからないので、一か八か最初に飛んできた矢と反対方向。小川のある方へ走り出した。
くっそぉぉぉ!
せっかくの肉がぁぁぁ!
覚えてやがれ!
借りは必ず返すからな!と心に誓って全力疾走していく。
そう、このときはまだ想像もしていなかった。
この後に、最大の危機がやってくるなんてことは。
次回、第28話 「蝕む悪風」
7月3日10時の投稿予定です。