26.深き森の遭遇戦
サバイバルは書きやすくていいですね。
火は偉大だ…というわけで26話どうぞ。
―――かくしてオレが森に定住して3年の月日が流れた。
「いやいやいや、そんなに引きこもってたまるかッ!?」
思わずツッコミを入れてしまい、ハッと目が覚めた。
崖下のいつもの寝床。
初めてここにやってきてから3日。
色々動いてようやく生活が落ち着いたせいもあり、随分と本格的に寝入ってしまったらしい。
だからといってあの夢はないと思うが。
「そんな何年も森で隠遁してたら、英雄じゃなくて隠者になっちゃうっての」
隠者って具体的に何をしているか知らないが、森で生活している存在のイメージとしての話である。
大きく伸びをした。
生憎毛布のようなものはないので、石の床の上に太い枝を組んで簡易ベッドみたいにして寝ている。さすがにゴツゴツしている石の上に直接寝ると寝返りひとつで傷だらけになりかねないしな。
「さて……ひとまず外で日課だな」
殺風景ですっかすかだった根城はこの3日で大分様変わりしていた。
出入り口代わりに枝を組んだ扉をつけ、それ以外のところは同じく枝を組んで壁っぽくして横殴りの雨風が入らないようにした。とはいえ完全に密閉しているまうと火が焚けないので、火を使うスペースだけ石造りの窯っぽいのを作って、中が筒状になっている硬い植物を煙突代わりに取り付けてみた。
なお、その試行錯誤だけで3日まるまる使ってしまったのは内緒だ。
いやぁ……失敗する度に煙で充満してセルフ燻され状態になるわ、慌てて火が消えそうになるわ、散々トラブってようやく形になったのだから、感慨深い。
「よっ、と」
おもむろに崖を登り始める。
崖の壁面にあるでっぱりなどの僅かな手がかりを頼りにしての登攀。
それが昨日からの日課だった。
筋力はもとより、全身のバランス感覚―――自分の重心がどういう風に動けばどう移動するのか、そういったものを養うためのトレーニングだ。
なんとなくこの崖の上ってどんな風になっているんだろうか、登れたらいいな、と思って特に大した意味もなく挑戦してみたのだが、思ったよりもいい刺激になったので毎日やってみることにしたのだ。
他にも手がかりが少ないという不自由な状態で登って行くわけだから、そんな状態でも可能な限り力を出すために全身の連動性も要求される。
おまけに、登り方によっては体の使った部分がピンポイントで疲労していくので、どういう動きでどこが消耗するのかまでわかる。
そして最後の決め手は、落ちたら不味いので常に決死の覚悟、気合を入れた集中力で行えるところだ。手がかりにしようと思った突き出た岩がボロっと取れそうになって慌ててバランスを取ったりと、集中力を切らせたら普通に死ねるため、集中力も高まろうというもの。
なんだかんだで気の抜けたトレーニング1時間よりも集中力高いトレーニング10分のほうが、絶対効率いいしな。
10の練習よりも1の本番、というのもそういうことなんだろう。
「う、は! っとぉ」
なんとか登りきることに成功した。
今日も墜落死の危険は免れたようである、よかったよかった。
疲労しきっている体を落ち着かせるのに、その場でしばし休憩。
しっかしアレだな、こうしてトレーニングしているとつくづく思うな。
「……肉が喰いてぇ」
おっと。
切実な気持ちが思わず言葉に出ちゃったぜ。
こう、なんていうのか力仕事じゃないけども腕力を使うような鍛錬をしていると、何か無性に肉が食べたくなってくるのだ。体が欲している、とでも言えばいいのか。
考えてみればこの3日というもの、根城を整えることに集中していたこともあり、口にしたのは川の水と見つけた果物だけ。
どんなに美味しい果物であったとしても、続けば飽きる…とまではいかずとも他のものが食べたくなってもおかしくはない。一応水と果物はまだストックしてあるけど、すぐに食べ切らないといけないわけでもないし。
と、いうわけで何とか肉を調達する方法を考えよう。
幸いまだ火はあるから、焼いて食べられるしな。
この森で肉を得るとすると、普通に狩りをするしかない。ただし弓矢のような飛び道具がなく、剣ひとつでは中々難しいだろう。
そうなると残るのは罠を張ることくらいだ。
「連中ですら出来たんだし、オレも挑戦してみるかねぇ」
小鬼との遭遇シーンを思い出す。
それほど知能が高そうに見えない小鬼ですら、罠を使って兎を取っていたのだから,やってやれないはずがない。
そう気合を入れ、下に戻るべく歩き出した。
この崖、切り立った方向に沿って200メートルも歩けばどんどん下って行って、崖下に降りれる。昨日登ってみてどうやって降りようか悩んだ挙句に調べてわかった事実である。
「罠をどこに仕掛けるか……ああ、そういえば木の実のところに動物が来てるような形跡があったな」
オレの大事な食糧供給減であった木の実。
それが成っている周辺には熟れて落ちた実が転がっているのだが、そのほとんどが齧られたりしている形跡があり、何かの動物の足跡らしきものがあったのである。
前に取りに行ったときは小鬼ではないと確認したくらいで、余り真剣に見てはいなかったけども、動物の食事場になっているのであれば罠を仕掛けてみるのも悪くないかもしれない。
よし、そう考えたらテンションが上がってきたぜ。
いざ行かん、焼肉パーティーへの道!!
鼻歌を口ずさみつつ、目的の木の実が成っている場所へと急ぐ。
まぁ罠といっても大したものは出来ない。
そんな心得もないし、使える道具なんかもない。
あくまでこの森にあるもので、という制限があるから、精々小鬼たちと同じく落とし穴を作って底に串刺し用に尖った枝をセットするくらいだ。
「日頃の行いがいいから、きっとすぐに大物が引っかかるだろ、うん」
何の根拠もないが、そんなことを言って自らを鼓舞しつつ現場へ到着。
すると―――
「……いや、確かにそう言ったけどさ。いくらなんでも早すぎるんじゃ……」
―――大物が、いた。
体長2メートル近くにもなるデカい猪だ。
ご立派な角が2本、下手な短剣よりもよっぽど長く鋭く、そして太い。
ガジガジと落ちた果実を貪っていた猪は、丁度茂みから顔を出したオレと目が合った。
互いが思わず見合って停止した結果が生み出した一瞬の静寂。
「………」
「こ、こんにちは?」
なんとなくそんなことを呟いてみる。
だがさすがにそんな言葉が野生動物に通じるはずもなく、すぐさま猪は前傾姿勢になり臨戦態勢へ入った。そこから息つく暇もなく一気に突進。
びっくりするくらいの速度で突撃してくるので、反射的に避けた。
ところがなんとこの大猪、オレ横に移動して避けたのに気付くと、そのままの速度で横っ飛びしてきやがったのだ。
やってきたのは骨が軋むほどの衝撃。
そしてさらに体の反対側にも何かがぶつかってくるような衝撃が走った。
「ぐ……ガッ」
ずるずると木にもたれ掛ったまま落ちそうになる体を支えた。
どうやら見事な体当たりで吹き飛ばされたのと、結果そのまま樹木にぶつかった衝撃だったらしい。
まだ横っ飛びだったから良かったものの、真正面からぶつかられたらあの勢いで牙を突き立てられることになる。腹が破けてもおかしくない、というか確実に破けるな。
頑丈な鎧をつけているならまだしも、こんな衣服一枚では何の足しにもなりはしない。
なんとか体勢を整えたオレに対し、さらに猪が追撃で体当たりを仕掛けてくる。
「調子に……乗るなよッ!!!」
確かにあの速度で横っ飛びに切り替えられるのは凄い。
凄いが、それが出来るとわかっていればいくらもでやりようはある。
案の定、同じように避けたオレのほうへ横っ飛びしようとする猪。そこの腹目掛けて剣を突き出した。
オレの突き出した速度と、横っ飛びした猪の速度が刃の後押しをする。
どじゅっ!!!
すっかすかの革袋を突いたかのような妙な感覚。
勢いを殺し切れずにまた吹っ飛ばされるが、なんとか転がって体を起こしてみれば猪の動きが明らかに鈍くなっていた。腹の傷はオレが吹っ飛ばされた際に刃が大きく動いたせいで、かなり大きく広がっており血と共に腸がはみ出して落ちていく。
そのまま一瞬見合って、猪は崩れ落ちた。
まだ死んではいないようで、こちらを見据えているので注意しつつトドメを刺そうとして、
「……別に危険を冒す必要もないか」
そのまま完全に息絶えるまで距離を取って見守った。
手負いの獣ほど怖いものはないしな。
思わぬ遭遇戦はこうして幕を―――、
「グギャ! グギ。ガ、ゴギャ!!」
―――閉じなかった。
数は6匹。
小鬼と再びの遭遇である。
次回、第27話 「絶命なる一矢」
7月2日10時の投稿予定です。