25.水が滴るイイ男は奮闘中
ザアアァァァァァ……ッ。
最初はポツリポツリとまばらだった、次第に雨足も大分強くなってきた。
冬じゃないのは幸いだが、このまま濡れネズミでいることは気分的にも身体的にも余りよろしくない。
心得はないが出来ることをやるしかない。
適当に当たりをつけて走り出す。小川だけども、万が一増水するかもと考えれば川の近くにいるのは危険な気がするし。
木の陰、洞窟、なんでもいい。
とりあえず雨を凌げるところがあればそこで一息つくことは出来る。
一応川の位置を見失わないように短剣を抜いて、途中の木々に目印代わりに傷をつけながら進む。
「探してるときに限って、それらしいものって見つからないもんだな……ぶえっくしッ!」
誰かが噂でもしているのか?
出来れば可愛い娘だったりすると嬉しいところだ。
現実的に考えればランプレヒトかアネシュカか、大穴でダンツィあたりか?
3つある選択肢のうち2つがハズレとは中々危険度の高い問題だな。
「お」
なんか食べられそうな実を発見。
さすがに時間をかけて取っている余裕はなさそうなので、手近な一個をもぐだけにしておく。目印はあるからまた来ればいいだろ。
さて、探索再開っと。
ミィ……ッ。
「……?」
妙な音が耳に聞こえてきた。
あまりに小さいので空耳かなと思ったが、念のため立ち止まってみる。
ブチ…ッ…ミリミリ、ミリィ……。
? 何の音だ?
例えるなら何かが裂けるような音に聞こえるけど。
間違いなく聞こえるので、もっとよく聞こうと耳を澄ませる。
音源は―――
ブヂ、ブチブチブチィッ!!!
―――足元!?
気づいたのが少し遅かった。
ほぼ同じタイミングで足元が揺れる。
ごごごごご…ッ。
「マジかよ!」
地面が小さく揺れている。
周囲を見回すと地形的には右手側少し行ったところから、先が急な斜面になっているのがわかる。そこまでわかれば答えはひとつ。
こりゃ躊躇している暇はないな!
一か八か、斜面側と反対方向、左手側に駆け出す。
脱兎のごとく全力疾走した数秒後、地面が崩壊した。
ズゴドドドゴゴゴゴドドゴゴゴ―――ッ!!!
「……いや、ほんと寿命縮まるっつーの」
安堵のあまり尻餅をつきそうになる。
先に気づいて逃げたからいいようなものの、トロトロしてたら巻き込まれてたな。
そんなことを思いながら先程までいたところを見ると、丁度オレが歩いていたところを巻き込む地点くらいから先が崩落を起こし、地面が斜面下のほうへ雪崩れて削れていた。下草や木々も巻き込まれ、緑の絨毯が敷かれたような森の地面が、そこだけ抉られ土の色を晒しているように見える。
ゾッとする光景だ。
小鬼と戦うよりもよっぽど危険度が高いのではなかろうか、これ。
さっきのブチブチという音の理由はわからないけど、ああいう音が聞こえたら危険信号というのはわかった。またひとつ賢くなった!
「という冗談はさておき、やることやらなきゃな」
安心している場合じゃなかった。
まだ風雨を凌ぐ場所も見つけられてないし、状況は最悪にならなかっただけで好転してもいないのだ。
と気を取り直した瞬間、
ピシャァァァァンッ!!!
世界が一瞬光と影に染まった。
「……ハハ、落雷までおまけしてくれるワケね」
もう乾いた笑いしか出ない。
離れた樹に雷が落ち、炎上したのだ。
残念ながら最悪にならなかった状況も、悪化気味であることまでは変えられていないようだ。
すでに土砂降りになった雨の中、ズブ濡れになりながら進んで行く。落雷の恐怖はあるが、これだけ背の高い樹木がある森の中だ。それでも当たったら運が悪かったと思うしかない。
探すことしばし、
「お、あそこなんかいいかもしれないな」
急峻な崖の下。
先程の崩落が頭を過るが、どうやらゴツい岩肌のようなので崩れてくるような感じではない。そこにやや突き出ているようにオーバーハングになっている部分があり、その下が洞窟とまではいかないものの、少し抉れて奥に深くなっていた。ここなら少し雨は凌げそうだ。
高さは2メートルくらいで圧迫感はあるが立って歩ける程度だし、広さは3メートル四方といったところでとりあえず手足も伸ばせる。
おまけに地面よりも10センチ程度高くなっているので雨も入ってこない。
「ふぃぃ~」
そこに座り込んで一息ついた。
すっかり水を吸って重くなってしまった服を脱ぐ。一瞬裸になってしまうが、こんな森の中で他人の目を気にしても仕方ない。とはいえ、着替えがあるわけでもないので、ぎゅうぎゅうと硬く絞ってから再び同じ服を纏った。
なんとかこれで拠点?は確保。
本音を言えばもっとちゃんとした洞窟チックなものならよかったが、そういうところは何か危険な動物が住み着いているかもしれないし、これで十分だろう。
落ち着いたところで、手にしていた果物を食べることにした。
赤い色の木の実を恐る恐る少しだけ齧ってみる。
シャリ、っとした食感。
酸味が結構強いものの甘味もちゃんとあるし、変な味はしない―――というかむしろ結構美味い。
少し待ってみるが、急に腹痛がしたり身体のどこかにおかしい症状が出たりということもない。
「大丈夫そうだな」
シャクシャクシャク、と一気に齧る。
空腹も手伝って、あっという間に種のある芯を残して食べ終えた。
食べれることはわかったので、このまま問題なければ雨が止んだらまた取りに行くことにしよう。食べ終えた頃にはすっかり陽も暮れており、あたりは夜の闇と雨の降る音だけが支配していた。
これで水、食料、寝床の3つを最低限確保できた。
すぐに飢えて死ぬとかの可能性はなくなったな。
とはいえ、出来れば解決しておきたい問題がもうひとつある。
火だ。
ぶるっと冷えた体を実感しながら、くしゃみをする。
もし火があれば服を乾かしたり体を温めたりできただろうし、それより何より食べ物の選択肢がかなり増える。少なくともこの森にはさっき罠にかかっていたような兎がいるのは間違いないのだから、火を通せるのであれば肉や魚なども食べれる。
勿論切羽詰って飢え死にするくらいなら生でもいくしかないのだが、それでも焼いた肉と生肉では食べやすさも味も段違いである。
「残念ながら火の起こし方がわからないという大問題があるんだけどなぁ……」
ピシャッ!!
ゴロゴロゴロゴロ…ッ。
また雷が落ちた。
今回はさほど近くもない。
暗闇の中、遠くに炎上した樹の明かりがチラっと見える程度だ。
……ん?
あそこから種火もらってくればよくないかい?
どうせ服は濡れたままだ、またびしょ濡れになるとしても火が手に入るんならやってみる価値はあるな。
そんなわけで火の光を頼りに向かったわけだが、結構大変な作業だった。
まず落雷で炎上することはするのだが、燃えている枝の根本を追って持って帰るにしても激しい雨足のせいで難しい。余程気を付けて対処しないと戻る前に消えてしまうのだ。
しかも炎上している樹そのものもしばらくすると鎮火する有様で制限時間つきときている。
何度か失敗し、別の落雷現場まで行ってさらにチャレンジし、ようやく火を持ち帰ることが出来た。
そこからも苦労の連続。
適当に拾ってきた小枝を燃やしてみようとしたのだが、濡れているせいでなかなか燃えず、しかも白い煙を盛大に発生させる。
「幸いここは解放性いいから上に煙が逃げるけど、洞窟の奥とかでやってたら中で充満して恐ろしいことになってたな。これ」
いろいろ試行錯誤した結果、太めの枝を持ってきて皮を剥いだ後、短剣で削って木くずにして火の勢いを強くした後、同じく皮を剥いだ枝をそのまま投下することでようやく普通の焚火っぽくなったのだ。
終わった瞬間、不覚にもちょっと泣きそうになったくらいだ。
じんわりとした火の温かさが体に心地いい。
そして何より火の揺らめきを見ていると、理由はわからないがちょっと落ち着く。
緊張しっぱなしだった気持ちを少し緩められた、という表現が正しいのかもしれない。
ひとまずオレはウトウトしながら焚火を維持して、その夜を明かしたのだった。
次回、第26話 「深き森の遭遇戦」
7月1日10時の投稿予定です。
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