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1.誕生

今回、残酷な描写があります。

苦手な方は予めご注意下さい。

 どこからかわずかに光が漏れている。

 茫洋とした意識ではそれがどこからなのかはわからないが。

 暖かさと息苦しさ。

 圧迫されている閉塞感。


 血と肉。


 ただそれだけで満たされた中に、なぜか存在していた。

 さながらまるで胎内の如く。

 留まったままで、もがくことも、考えることも出来ない。


 なぜなら意識が生まれて、これらを認識したのはたった一瞬。

 何ひとつ行動する暇を与えられないまま、




 ―――その全てが破裂した。



 さながら目の前で閃光が全てを塗りつぶしたかのように。

 白く凍りついた視界が戻ったとき、そこに立っていたのはオレだけ。

 余りのことに意味がわからず呆然とする自分を現実に引き戻したのは、激しく痛みを訴える肺だった。


 がはっ!! ごはっ!!


 まるで初めて呼吸をしたかのように、激しく咳き込み不規則な吸気と排気のぶつかり合いに胸が痛む。それがどうにかなるまで何も出来ず、ただ少しでも早く終わることを願って耐えた。

 びしゃり、と一際大きい血の塊を吐いた後、ようやくそれは治まる。


 ひゅー…ひゅー…。


 なんとか呼吸は安定したものの、まだ消耗はしていくらしく喉が空気が漏れるような音を響かせている。

 だがそれを気にしているような余裕はなかった。


「あー…ぁー……」


 引き攣ったかのような感覚もあるが、意識すればしっかりと発音が出来る程度だろうか。

 幸い言葉は話せるみたいだった。


 さて、問題は今のこの状況だ。


 周囲を確認してゲンナリする。

 どこかの洞窟の中なのだろう岩肌は少し滑らかに削ってあり、明らかに人の手が入っている。奥に通路が続いているだけの大きな空間。その中、もっと言えばド真ん中にオレは居た。2つほどある篝火だけが仄暗く空間へ光を供給していた。

 あたり一面に漂う血の匂い。

 その原因は明らかで至るところに、かつて人間だった部品が散らばっている。

 手、足、頭、胸、指、舌、目玉……男女すら問わずに散乱していた。


「………なんだ、こりゃ???」


 地面に描かれている複雑怪奇な模様。

 淡く今にも消えそうな感じではあるが、かすかに発光し点滅を繰り返している。恐る恐る触ってみるものの、触れたからと言ってどうという感じはしない。

 ふと気づいて、しゃがみこんで足元にあった破片を拾った。

 見たところ陶器の破片のようだ。

 それがあたりに大小様々ではあるが大量に落ちている。

 どうも今オレがいた場所、つまり床の模様の中心部にデカい壺があったのだろう。あたりの散らばり方から推測するに、それが内側から破裂して砕けた破片が放射状に散らばった感じだ。

 あたりに散らばっている遺体から察するに、その巨大な壺の中には……あまり言いたくないが、死体が詰められていたのだろう。

 そして、


「考えたくないけど、オレってその中に居たんだろうなぁ……」


 具体的に想像するとさらに気分が悪くなりそうなのでやめておきつつ、なぜこんなことになっているのか記憶を探る。だが、なぜか記憶そのものがハッキリしない。

 昨日のことはおろか自分の名前すらわからない有様だ。

 一般的な読み書きとかそういった常識的なものは思い浮かべることが出来るのは幸いか。

 必死に思い出そうとすると、断片的に妙なイメージが浮かんでくる。


 異世界転生……? 事故死…軍神…??? 神殿…高層ビル……??


 意味が分からない単語とそれに付随するイメージが浮かびかけて、わずかな時間で激しい頭痛にかき消されていく。

 それ以上は無駄だと判断。

 記憶喪失っぽいということだけ認識して一先ず先送りにする。

 というか、むしろ先送り出来ない問題は他にあるのだから。


 全裸なのだ!


 客観的に今の自分を表現してみれば、そんな変態チックな言葉にしかならない。

 何せ股にぶら下げたモノすら隠すものがなくブランブランしているほど、正に紛うこと無き一糸纏わぬ裸である。夜の路上で遭遇したら、もう言い訳すら出来ないほどだ。


 きょろきょろと周囲を見回すが、倒れている遺体、散らばっている体はどれもこれも全く衣服を身に着けていない。死体の感じから言って、どこから殺して衣服を剥いでから壺に詰めたのだろう。

 強いて言えば、床に描かれた方陣っぽい謎の模様の外、少し離れたところにサイドボードらしきものが置いてあるので、そこに何か着れそうなものが入っているかもしれない。

 サイドボードの周囲に倒れている死体は長衣っぽいものを着ていたようだが、すっかり焼け焦げてしまっていて着るどころではないので残念ながらNG。避けつつサイドボードの二段ある引き出しのうち一番上に手をかけた。

 鍵がかかっている様子はないのだが、何か引っかかっているのかやけに手応えが重い。

 少し考えてから一気に力を入れて引き出してみると、中にはごちゃっと雑多に物が詰められていた。多いのは板状のもので、どうやら名前が記載されているところから何かの身分証に近いのではないかと推測される。他にはペンダントや何かの貴金属を始めとした小物類。


「もしかしたら、この中にオレの身分証明みたいなものもあるかも……あー、そもそも自分の名前がわからなかったら探せないな」


 自分の名前を知るために身分証明書を探そうとして、名前がないとどれからかわないという意味のなさ。どう考えても袋小路なので諦めよう。


 次の引き出しを開ける。

 中にあったのは一冊の本と粗末な短剣が一本。

 重厚そうな表紙でどうやら神学書のようだ。ちなみに「狂乱を司る戦神への導書」とタイトルが書かれている。

 狂乱の神とかどう考えてもロクでもなさそうなので、これもまた後回しにしよう。他に手がかりが全く無ければ是非もないけれど。

 短剣についてはおそらく死体を解体するのに使っていたのだろう、拭ってはあるものの乾いた血の跡があった。


 さらに周りを調べていく。


 黒焦げになっている死体たちを調べると、大したものは持っていなかったものの皆共通して何かのシンボルチックな首飾りを下げていることに気づいた。狼を意匠化したような形をしており、先ほど見つけた書籍の表紙に描かれたものと全く同じだ。

 つまるところ、こいつらはその戦神とやらの従僕というか信者というか、そんな感じのものなのだろうか。


 そこまで考えれば、なんとなく筋の通った予測も固まってくる。


 狂信者たちがいるこの場所で、魔法陣っぽいものが描かれて、そこのど真ん中にあったデカい壺に殺した人間を詰め込んで……とくれば答えはそう多くない。


 何らかの儀式を連中が行い、死体はその神への生贄。


 状況証拠的にはそう考えると矛盾がなかった。

 ただひとつ疑問なのは、なんでオレが生きているのか、ということだ。少なくとも生贄の壺に詰め込まれていたのは、おそらく間違いない。他の遺体の中で生きているのが皆無なあたり、唯一オレだけが無事だというのなら理由があるはずだ。


 そう考えて焼け焦げている遺体の長衣のうち、かろうじて焼けていない部分を短剣で切り取り、体に付着した渇きかけ血や肉片を拭い落とそうと試みる。

 水もない今の状態で完全に落とすというのが無理なのはわかっているので、大雑把にだけやってから再度自分の体をよく観察してみれば、体中に真新しい傷が走っているのに気づく。

 なぜか痛みはないものの、どれもこれもそれなりに深い。すでに血が止まっているが、普通に致命傷になりかねないような傷もひとつやふたつではなかった。

 腕や足に走っている傷も、もう少し深かったら千切れているんじゃないかというものもある。


 ますますなんで死んでいないのかわからない。


 これだけの傷を受ければ何回か死ねるのは間違いないし、かといってそれが塞がっているのもわからない。よもや生贄にするために人を死体にする連中が、生贄にする前にオレだけわざわざ治療するはずもないし。

 可能性としてはとんでもなく低いけど、あるとすればこいつらがオレを殺そうとして、そのまま仮死状態か何かになったのを死んだと誤解し、壺の中に放り込んでいた。

 んで仮死状態から意識が戻ったオレが、この通り生きてる感じだろうか。 

 傷については、何かオレの傷の再生能力が特別に高かったとか、特殊な体をしているとか……いや、苦しいか。そのへん、今この場で真偽は確認することは難しそうだな。


 可能な限りの状況把握は終了。


 あとはこの後どうするかだな。

 そう思ったとき、部屋に繋がる通路の奥から声がした。


「あったぞ! この先だ!!」

「油断するな! 報告通り邪教の儀式が行われているとすれば、何があってもおかしくない!」


 反響する複数人の足音。

 声からするに男と思しき連中がこちらにやってくるのを伝えている。


「忘れるな! 儀式完了前に邪神官どもを確保できればヨシ、もしわずかでも何らかの異変が確認されたなら、即時に退却し外で包囲している聖騎士団へ引き継ぐぞ!」

「は!」


 どうやら会話からするに、この儀式を止めようとやってきた人たちのようだ。

 聖騎士団、とか言っているから、ここの神とは別のどこかの神様のところの信者なのだろうか。


「しまったな……今のこの現状をどう説明したものか」


 血でパキパキに固まってしまっている髪を掻きながら天井を見上げた。

 生贄にされている側なのだから普通に考えれば保護されて助かった!となるところなのだが、生憎と記憶がないので何も答えられず怪しいことこの上ない。

 さらに付け加えると真っ裸でもあるので、哀しいことに怪しさはさらに倍増してしまう。


 冷静に考えれば、それ以前にやってくる連中が何者なのかもわからない。

 声の内容からして、この儀式をやっていた連中とは敵対しているようだけども、敵の敵は味方と単純にいくかどうかもわからない。最悪、もっとタチの悪い連中という可能性もあるのだ。


「とはいっても……なァ」


 周りを確認するが、そこにあるのは大量の死体に壺の破片、さっき漁ったサイドボードに、さっきの声で言っていた邪神官と思しき焼け焦げた死体のみ。通路は誰かがやって来る一本のみで、他に逃げ場はどこにもない状態だ。



 そもそも選択肢そのものがない。

 出来るのは覚悟を決めることだけだった。


次回、第2話 「やってきた人々は……」

 6月4日10時の投稿予定です。

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