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Prologue

 執務室として使われている室内には、書斎机で書類を処理している私と、そしてもうひとつ入口に近い位置に備え付けられた作業机で同様に書類仕事をしている彼女の二人しかいない。

 当然お互いの様子はよくわかるので、そのうち片方の様子がおかしければ残った一人は当然気になってしまうものだ。

 だから単刀直入に、


「随分と浮かない顔なのね?

 朝からずっとその調子で溜息をついているわよ、貴女」

 

 窓の外の景色を見ながら、今日何度目になるかわからない溜息をついている彼女―――アネシュカ・ツェイプコヴァーに向けて、そう言葉をかける。

 無意識だったのだろう。

 少し慌てたアネシュカは「すみません」と小さく頭を下げた。


 一般の人間、特に外部の人間が見れば少し驚いてしまうかもしれない。

 彼女、アネシュカは“三天騎士トライアーク・ナイト”と呼ばれる、アテナ教団の中でも特に重要な位置に存在する聖騎士。

 華々しい武功の数々から巷では様々な二つ名で呼ばれていたりもするほど。

 教団はおろか外部の民衆の間にすら人気があるが、このように物憂げな表情で外を見つめているようなイメージは全くない。

 これではまるで―――、


「誰か想い人でもできたのかしら?」


 そう、まるで恋する乙女である。

 人生の先達として彼女の先を歩いてきた身としては、この年まで色恋などとは無縁に育ってきた堅物の彼女に春が来たというのなら把握しないわけにはいかない。

 面白そうだし。


「お、想い……ッ!!? ち、違います! 誤解です! 単に彼の行方が気がかりで……ッ」


 この反応。

 当たらずとも遠からず、と言ったところでしょう。


「彼、と……やはり男性のことを考えていたのは間違いないのね?」


 しまった、とばかりに顔に出るアネシュカ。

 実はこの娘、一定以上親しくなった相手にだけ感情の隠し方が非常に甘くなるところがある。普段の距離感を保った丁寧語と冷静な口調はその裏返しとも言える。

 当然、すでに数年来の仲である私にも適用されていた。


「か、からかうのは、そのくらいにして頂きたいです」


 無論、それは逆にアネシュカが私の性格を熟知しているということでもある。からかわれているのに気付いた彼女は、慌てていた心を幾分か落ち着かせた。


「あらあら……でも気になっているのは本心なのよ?

 幸いなことにそろそろ休憩時間でもあることだし、少しくらい私事のお話をしても問題ないわ。さぁ正直に話してご覧なさいな」

「正直にも何も……先日出した報告書に目を通して頂いていれば、誰のことを心配しているかはご理解いただけるはずです」


 2日前、この王都のアテナ神殿に帰還したアネシュカから出された報告書。

 それは港湾都市アローティアで起きた一連の事件―――邪神の儀式に関する内容だった。

 闇の軍神アレスの儀式から、その後に行われた蟲神ゾルフゲルターの儀式。どちらも邪神として謳われるだけのことはあり、両方の儀式は共に生贄を使う凄惨なものだった。


 アレスの儀式の方は目的は不明、儀式そのものも失敗したらしく行っていた邪神官の死体が確認されている。ただし犠牲者は虚偽の依頼で罠にかけられた冒険者が多く優秀な人材を多く失ったらしい。

 さらに悪いことに、その虚偽依頼には冒険者組合の幹部が関わっていたということで、今頃領主は頭を抱えていることだろう。


 冒険者制度は国を維持する上での根幹に近い制度。

 元々は農村部や地方、都市部も含めた食い詰め者の発生をどうするかという観点から作られている。

 そもそも制度設計が完成するまで冒険者、という言葉も存在しなかった。上記の観点から、冒険者という制度を作り出し、英雄的な存在と一攫千金を吹聴することで何もない者でも成り上がれる、というイメージを作ったのだ。

 食い詰めた者をそれぞれ冒険者として働かせ、名を成さしめた段階から冒険者組合が接触できるような制度になっているのも、実績を上げた者をスカウトしやすいように。

 つまるところ人材の流動化、及び職業訓練を兼ねている、と言ってもいい。

 そういった意味で、都市の冒険者組合の不祥事や混乱は人材不足に直結しかねない。特に虚偽依頼で罠にかけたなどという不名誉が広まれば、新人や玄人ベテランがこの街を根城にするのをやめる可能性もあるのだから。

 しかも儀式の際にバラバラにされてしまったため、犠牲者の身元照合だけで一苦労。同じく上に立つ者として、アローティア領主は自棄になっても仕方ないほど作業に忙殺されているだろうと思う。


 とはいえ、次のゾルフゲルターの儀式のほうが危険度は遥かに高い。

 都市どころか国をひとつ滅ぼしかねない邪神の品が内密に運び込まれていたというのだから。


 ―――“不滅蟲イモータリティ・インセクト


 解明されていないことが多いが、ひとたび解放されたならば万を超える命を飲み込む災厄。例えば王都にでも持ち込まれていたら誇張でも何でも無く国が傾く、そんな脅威だ。

 それを港で、かの邪神官ランプレヒトと国の密偵が奪い合い、最終的にアテナ神殿に持ち込まれるも封印前に奪還され、その際に司祭が一人命を落としている。

 その後、貧民窟の住人を生贄にした邪神の儀式を行おうとしていたランプレヒトを討伐するも、死体は蟲となって消滅。おそらく影武者だったであろうランプレヒトと、他方で戦闘をしていた“百葬師”を取り逃がしてしまう。

 確かにランプレヒトの逃亡は痛手ではあるものの、寄生蜂と女王蜂までいたとなればアネシュカを責める気にはなれない。彼女の戦闘力は一対一に特化している部分があることを理解しているがゆえに。


「彼……とは、ルーセント君のことかしら?」


 そして報告書の最後。

 ゾルフゲンダーの儀式に巻き込まれて、協力を要請していたルーセントという若者が消えたことも書かれていた。港で偶然ランプレヒトと遭遇、一時的とはいえやり合って生き残れていたことからその実力を見込んで協力してもらっていた、と記載があった。


「……はい」


 観念したのか、思ったよりも素直にアネシュカは頷いた。

 

「はい、素直でよろしい」


 真面目なアネシュカのことだから、騒動に引きずり込んだ青年が儀式に巻き込まれてしまったことをずっと気にしていたのだろう。聖騎士カーネルたちが犠牲になったのを哀しんではいるが、そもそも聖騎士はそのために武技を磨き命を張る覚悟をして為る者たちだ。

 戦場で倒れるが本望の者たちと、一般の人間たちでは犠牲となったときの重さが違う。


 もっとも……その青年本人を気に入っていなければ、さすがここまでの落ち込みはしないと思うのだけど。


「元気を出しなさいな。その儀式……転移に近いものだったのでしょう? それならどこかで生きている可能性も十分にあるじゃない」

「ですが……邪神官が選んだ転移先です。まともな場所のはずが……」 


 悪い方へと想像を膨らませる彼女に、


「意外とすぐに再会できるかもしれないわよ?

 ええ、それはこの私の名で保証してあげるから、もう少し待ちなさいな」


 言い切ったことに驚きの表情を浮かべるアネシュカを見ながら、私は小さく微笑んだ。


 出揃った情報さえ間違いなければ、結果はおのずと導き出される。

 あの報告書から得られる結論を考えれば、この言葉は間違いなく真実になるだろう。



 それが私―――“天計”ブランディーヌ・バルバストルが推測する未来なのだから。



次回、第23話 「リ・スタート」

 6月28日10時の投稿予定です。


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