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Epilogue

 こちらにて第一章終了となります。




 戦いを開始して、どれほどの時間が経っただろうか。

 それなりに長いと思うが正確なところはわからない。

 敵はなかなかの手練れだった。

 勿論、“百葬師”と謳われた百戦錬磨の彼からすれば、まだまだ未熟なところもある。

 とはいえ、彼と戦ってこれだけ長い間生存できるというのは一流の証だろう。目の前の戦士の力量もさることながら、その戦いの合間、少しでも間合いが空きそうになると絶妙のタイミングで撃ってくる援護をする仲間も素晴らしい。


 無論、だからといって倒せないわけでも、倒される相手でもない。


 単純にわざと長引かせているのだ。

 それが今回彼が頼まれている仕事であるがゆえに。

 相手に対する遅滞行動及び陽動が目的なのだから、わざわざ消耗するしてまで目先の勝ちにこだわる必要性は皆無だ。たまにやってくる衛兵の増援に剣蚊を向けつつ、戦闘を継続する。


「…何!?」


 相手の戦士が驚きの声をあげた。

 その視線の先には、貧民窟のとある地点から空に向かって伸びる一条の光があった。


 そして、それはこの頼まれごとが終わった合図でもある。


 予定されていた合図を確認した彼は、両袖を上に向け、中から“幻惑蝶イリュージョン・バタフライ”を大量に宙に放った。

 大量の幻を生み出す鱗粉がまき散らされ、キラキラと衛兵たちの持っている明かりからの光を乱反射させている。


「な、なんだ!?」

「どどど、どど、ドラゴンが!!」

「違う、アレは巨人だ!」

「お助け~!」


 衛兵たちが幻覚で混乱している中に突っ込んでいき、そのまま路地裏へと飛び込んでいく。慌てて追いかけようとして来る戦士には残りの剣蚊を全てぶち込んでおいた。

 すでに地形は事前に把握済み。

 貧民窟の中でも比較的外に近いわかりやすい場所で陽動したのも、あの場所が倉庫に行くためには必ず通る場所で一番目立ち、なおかつ遠距離攻撃できるポイントが限られていたからだ。

 さすがの彼であっても、平原の真ん中で四方八方から狙撃されると全てを対応するのは―――特に相手が一般兵レベルならともかく有力な冒険者相手では―――中々面倒になる。

 完璧主義の彼が地の利を活かすのは当然と言えた。


 想定してあった逃走ルートのひとつを進んで行く。

 すぐに行き止まりになるが、廃屋がひとつだけ建っている。一見、扉という扉、窓という窓に板が討ちつけられていて入れないように見えるその建物へ近づき、壁に偽装された扉を開いて中へ入った。

 椅子が何脚かあるだけの殺風景な室内。

 雨が降れば漏りそうなくらいボロい屋根の隙間から差し込む月明かりだけの薄暗い空間だ。

 ボロボロの床板は歩くだけで底が抜けそうなほど軋むが気にせずに、中にいた男に近づいた。


「ご苦労さん。助かったよぉ~」


 陽気な感じでぱんぱんと肩を叩いてくる。

 さらっと“毒毛虫ヴェノム・キャタピラー”が仕込んである方ではない方を叩くあたり、目の前の男が見た目通りの陽気なだけの男ではないことは間違いない。


「問題ない。それよりも……」

「ああ、ちゃんと依頼料は支払うよぉ。こんな面倒なこと引き受けてくれるなんてキミくらいのものだし、お金で何とかなることなら喜んで」

「なら、いい」

 

 “百葬師”はフードを下ろし、自らの顔を撫でた。


「回りくどい男だ。なぜ“不滅蟲イモータリティ・インセクト”を使わなかった?

 わざわざ騒動を起こしあのように“複製繭ドッペル・コクーン”を使って影武者を作った上に、さらに転送陣まで作ってどこかに転移させるなど、執着が過ぎようというもの」


 使用者の複製を生み出す“複製繭ドッペル・コクーン”は、蟲の神へ生贄を捧げるのと引き換えに精製することが出来る道具。

 使用した者の完全なる複製を作りあげ、一定時間本体の命令のままに動かすことが出来る。

 捧げた生贄の数によって純度が1から5の間で決まり、その数と魂の質が高ければ高いほど純度数値が高いものが出来上がり、より強者を複製することが可能だ。

 逆に言えば、純度が低ければ弱者しか複製できないということになる。


「確かに上物の“複製繭ドッペル・コクーン”はアレで最後だから痛いのは痛かったなぁ。

 でも元々この街で“不滅蟲イモータリティ・インセクト”使う予定はなかったしね、数も質もこの街じゃ足りな過ぎるし、それにキミもそのほうがいいんじゃね?」

「……この街に住んでいる以上、それは確かに言えている」


 べり…べりべり……ッ。


「……まぁいい。そちらが何を考えていようと関係はない。

 が、最後にひとつ質問をしても?」


 “百葬師”が顔から皮を剥ぐように剥くと、その途端剥がされた皮は質感と形状を変化させ薄く平べったい羽を持つ蛾になった。擬態していた蛾の下から現れた顔、それは妙齢の女性の美しい容貌を留めていた。


「いいよいいよぉ~。何何?」

「上物と言っていたが……あの“複製繭ドッペル・コクーン”、純度はいくつだったのだ?」

「んー、モチのロンで5だよん」


 最高純度。

 それはつまり、完全に目の前のこの男―――ランプレヒトと全く同一の存在になっていたということ。神霊など余程の高位存在以外の複製を可能にする品を、こんなことでいともたやすく使ってしまったことになる。


「……理解できん」


 はぁ、とため息をついて彼から彼女へ戻った“百葬師”はフードを目深に被った。


「あれ? これからどうすんの? よかったら一緒に食事でもどうよん?」

「不要だ。仕事に戻る」

「ありゃりゃんりゃ、断られちゃったぜぃ」


 断られた、というその響きのは裏腹に飄々とした態度は全く気落ちしていない。


「ま、ヴァネッサちゃんは歓楽街の元締めみたいなもんだもんなぁ、忙しくても当然か。

 多忙の中、頼まれてくれてありがとね~」


 再び廃屋の外へ消えていく彼女を見送りながら、ランプレヒトは大きく伸びをした。


「アネシュカちゃんが傍にいたら気軽に遊びにも誘えないからなぁ~。

 引き離すそのための投資だと思えば無駄じゃない無駄じゃない」


 女王蜂の召喚も、生贄と転移陣も、そして“複製繭ドッペル・コクーン”すらも。

 全てはお膳立てのためのものでしかない。


「さて、じゃあ行きますか」


 やらなければならないことはいくらでもある。

 送られてきた複製の記憶からも、そして転移陣の起動を確認したことからも、“複製繭ドッペル・コクーン”が倒されたのは間違いない。そういう命令を下していた。

 そして彼が執着する青年―――ルーセントの活躍も。

 むしろそれを期待していたからこそ、ルーセントが巻き込まれるように巧妙にお膳立てした部分があるくらいだ。


「しかし予想外も予想外。まさかやられちゃうとは~」


 わざとらしく天を仰いだ。

 最高純度の複製を倒せるということは本体を倒せるということ意味する。まったく同一の能力を持っているのだから猶更だ。無論戦いというのは同じ戦いをしても同じ結果になるとは限らない水物であること、そしてランプレヒトの性格を受け継いで油断しまくって戯れまくった点も考慮しなければならないが。


「こりゃあレだね、次に会うときまでに強くならないといけないな! 修行パート的な!」


 邪神官が嘘っぽい決意を新たに歩き出す。

 そしてそれは、数多くの犠牲を出した永い夜が終わった瞬間でもあった。



 次回、第二章のPrologueとなります。

  投稿は6月27日10時を予定しております。


 誤字の指摘などございましたら、感想欄にご記入下さい。

 勿論、作品に対しての意見も励みになりますので、頂ければありがたいです。

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