21.死線の果て
オレはランプレヒトへ向けて踏み出した。
そして前転。
「……はぁ?」
意味がわからない動きに一瞬戸惑った相手に向け、一回転してから立ち上がりざま手に持っていた蜂の腹の残骸を投擲。勿論、針の部分は投げていない。
敵がびしゃりと広がる不愉快な粘体を避けるのを見て、その隙に間合いを取った。
くそ。
驚いたタイミングで、目つぶしにでもなりゃその後一撃当てるくらいはなんとかなったかもしれないのに。
「いやぁ…ホンットに面白いわ、キミィ」
普段は驚かせる側ばかりで、逆は少ないのだろうか。
驚かされたことに目を輝かすとか意味がわからん。
まぁ驚きもするだろう。
相手の目の前で転がる。
それはつまり相手から目線を外すということだ。
相手が体勢を崩したりしているならともかく、見合った状態のまま、一瞬で敵をバラバラにする斬撃を持った敵を視界から外すなんて自殺行為もいいところ。
とはいえ、転がったのは意表を突く以外にも理由がある。
足元を攻撃する、というのは意外と難しい。
武器を持っていれば武器を届かせればいいと思われがちだが、剣を振るった場合の一番速度が乗るところは身体の正面だ。腕そのものの長さに限界があるのだから、伸ばし切った状態からは鈍るのが道理。
腰から下に関しては膝を曲げるなりある程度自らの占位を変えることで対応するしかない。
驚きと攻撃しづらい位置。
この二つがあって初めて隙を作ったカタチだ。
隙と言っても相手が攻撃できない、というレベルであって、相手が攻撃を喰らってくれるレベルまでではないわけだが。
だがそれが現実。
同格同士であればそれぞれが優勢を取り合うための隙も、圧倒的格上に対しては奇策を弄してようやく拮抗状態まで押し戻せるだけでしかない。
それを認めたうえでどうするのか、そこが重要だ。
幸いここは倉庫だ。
使えるものはいくらでもある。
そう例えば―――、
ガッシャァァンッ!!!
手近にあった蓋の空いた木箱を相手に向けてひっくり返す。
工具箱だったようで、中に入っていたハンマーやら釘やらノコギリやらが空中を飛ぶ。
そのひとつひとつを見切って弾いていくランプレヒト。
かすり傷ひとつ負わない。だが重要なのはそこじゃない。
必要なのはこの過程。
相手にこっちが時間稼ぎに没頭しているんだと考えさせるための布石。
実際、アネシュカの加勢を考えれば時間を稼いだほうが都合がいいのは確かだし。片っ端から者を投げ捲って攪乱する。
しかし強いな、コイツ。
わかってはいたけど、なりふり構わずに色々な手段を講じてみて、それをさらに実感する。
ただの剣一辺倒の剣士ではない。
飛んでくる工具とか液体とか、その全てを的確に対処していく。
当たるかどうか軌道を見極め、当たるもので落とせるものは打ち落とし、無理なものは避ける。やっていることは単純だが連続するその選択肢のうち正解をミスらずに当て続けていた。
オレのことを異常とか言う割には、なんだかんだでコイツも十分おかしい。
加速する剣撃。
どんどんその鋭さは上がっていき、それと比例するように追い詰められていく。
横薙ぎ。
しゃがんで避ける。
髪の毛が数十本切られて宙を舞う。
剣先を返して袈裟切り。
後ろにバックステップ。
掠って肩口に浅い傷。
追い打ちをかけるように突き。
爪先から踵を軸に半身になってやり過ごす。
避けきれていないのか、腹に浅く痛みが走った。
また切っ先を返して逆袈裟。
後ろにのけぞった。
が、間に合わずオレの頬がざっくりと切れた。
先程よりも高度な斬撃を避けるため見切りの精度を粗くし、その分予兆に気づくことを重視したことで、なんとか回避できている。
だが見切りが粗い分だけ、細かい手傷を負ってしまう。
「ぐぅッ!!!」
破れかぶれなりに、手近にあった大きな袋に短剣を突きさし、その中身を宙へぶち負ける。まき散らされた石灰により周囲の視界が見えづらくなっていく。
だがその程度では止まらない。
もう一袋ぶちまけたところで接近を許してしまった。
ずぞんっ!!!
「ぐぅっ!!」
再び綺麗に片腕が落とされた。今度は左手、肘の少し先あたりから。
切られたのを嘆いている暇はない。追撃を阻止するために下に置いてあった、残りの石灰の袋を蹴り上げてから、再度転がる。
がっづ!! ごッ!
後ろを見ないで転がったので頭をどこかにしこたまぶつけたが今はそんなことに関わっている暇はない。
「やっぱ…ッ…その迅さ、半端じゃないなッ!!」
妙なスイッチが入ったのか、痛みを余り感じない。
満身創痍な体が治ったわけではないが、痛みで動きが鈍ることを考えればありがたい。
もうもうと立ち込める石灰。
なんとかここまでは持ってくることが出来た。
動き出してしまえばすぐに接敵出来る程度の間合いではあるが、なんとか視界を遮ることに成功した。
その目的は二つ。
どちらが欠けても最後の賭けは成り立たない。
「しぶといなぁ…でもまぁやりたいことはわかったよ。こんな風に視界を遮って、最後の一勝負、ってことなんだろう? 心強いねぇ、キミ。
いいね! 本当にそれで勝てると思うんならやってみるといい。不肖、このランプレヒト・ブーアメスター、受けて立ってあげようじゃあないか!!」
決着の瞬間を楽しむようにそう宣言した。
まぁアンタの性格ならそうだろう。
実に助かる。
最後の勝負のための仕込みはちょっと手間がかかるから。
「僕を殴り飛ばしたあの妙な身体能力を出し惜しみしているようだけども……あれだけじゃあ僕に勝てない、そんなことくらいはわかっているはずだ」
邪神官である以上、真骨頂は邪神の法術併用による戦闘法。
油断しているうちの剣技だけならあのときの不思議パワーで上がった身体能力で何とかなると思うけど、そこに本気と法術が関わればそうもいかない。
そもそも法術についてよく知らんので、何が出来て何が出来ないのかわからんし。
「だからボクが手札を切らないように、そこまでボロボロになってまで切り札を隠している………何かあるんだろう? 別の勝機が。
格上相手に心折れずに勝機を掴み取ろうと抗い続ける。いいねぇ! なかなか英雄の素質があるじゃないか! 開花するのか、卵のままぐっしゃりいっちゃうのかはわからないけども?」
本人は特に大した意味を持ってしたわけではないだろうその発言。
だが鮮烈に閃くものがあった。
……英雄、か。
いいな、なんかピンときた!
人の身にして偉業を為す者。
数多の人に湛えられる功績を持った存在。
いいじゃないか、英雄!
理由はわからないが、もしかしたら記憶を喪う前のオレは英雄になりたいと思っていた、もしくはそういう欲求が強くあったのかもしれない。
「じゃあ、まず英雄の第一歩は“邪神官ランプレヒトを退治しました”ってとこから始めようか」
「言うなぁ、キミ」
お互い姿は見えない。
だが緊張感だけは高まっていった。
声の感じから距離は7メートルほど。
一足飛びの間合いだ。
ぐ、と残った片手に持った切り札を握る。
最後は、この隠し持った毒残っている蜂の針を相手の頭に差し込む。
そこまでの組み立てが勝負であり賭け。
―――さぁ、賽を投げてみようかぁッ!!!
待ち受けるランプレヒトに接敵する直線。
その顔にぶち当たれとばかりに右手を突き出した。
タイミングは絶妙。
石灰の煙幕の有効視界ギリギリ外からの一撃。
相手にしてみれば突然視界内に手が飛び出てきたと錯覚する、回避の難しい刹那、
「だと思ったよッ!!!」
ずぞんッ!!
切られた。
確かに回避が難しいタイミングだったはずだ。
だが並みの相手ならば、と注釈が付く。
相手は一流どころではない一流。
見事に飛んできたその一撃を切り落としたのだ。
「これで僕の勝……ッ!!?」
両手を落とした以上、勝敗は決した。
一瞬そう判断したランプレヒトにオレが肉薄し―――、
ごしゃぁっ!!!
その顔に針を握った右拳の底を鉄槌のように叩き付けた。
「ッ!!!?」
驚愕しながらも、ランプレヒトが後ずさった。
からん、と刃が地面に落ちる音が響く。
針の毒が廻ったせいで意識が怪しいのか、剣を放り出したまま何かを堪えるようにぶるぶると震えている。
「……き、キミィ……それは……反、則だ…ねぇ」
その視線の先にあるのは切り落とされた右腕。
それは一番最初にランプレヒトに切り落とされた肘から先だった。
やったことは単純。
先程ランプレヒトが飛んできた一撃を切り落とした、といったのは比喩でもなんでもない。
落ちていた右手を拾っておいて、煙幕から出る直前で投擲。
反射的に煙幕から見えた右腕を斬り落としたランプレヒトに、無事だった右腕を斬られたように見せて油断したところを、殴っただけだ。
切った右腕を拾ったことを隠し、それを斬らせるため。
そしてそれによって両手が無くなったと思わせるために、左手に再生法術をかけさせない。
そのために苦労して石灰で煙幕を張ったのだ。
ふぅ、と大きく息を吐いた。
「決まり手は―――ロケットパンチ、ってやつだな」
? …なんとなく脳裏に浮かんだんで言ってみたが、ロケットパンチってなんぞや?
やけにしっくり来る名称だな。
次回、第22話 「幕引きはアンコールへ続く」
6月25日10時の投稿予定です。
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