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19.永い夜の始まり

 ごぼり、と一際大きな血の塊を吐きだしたかと思うと、そのまま血の泡を噴出してその身体は痙攣を始めた。


「あれ? 反応が薄いな。もう一度やってみようか。

 やぁやぁやぁ……僕の登場だぞぉ!」


 屈託のない表情でそう笑う男―――ランプレヒト。

 彼が握っている剣は、その刃で聖騎士カーネルの胸を貫き通していた。鍛え抜かれたその身体だけではなく重装備の鎧すらも貫いたあたり、やはりかなりの業物なのだろう。

 すでに抵抗する力も無く、今にも命の火が消えそうな相手を一瞥しながら、ランプレヒトはぐりぐりと剣を捻って傷をさらに抉り広げていく。


「いつもいつもいつもいつもいつもいつも―――!

 そう、いっつも思うんだ。

 人間は蟲をピンと留めるばっかりだから、たまには人間もこうやって留められた方がバランスがよくなっていい感じじゃないかなー、って・さ」


 がぎっ! びしゃ! ごりりっ! びしゃっ!


 強引に広げようとする刃に、鎧がひしゃげていき同時に傷口が大きくなり吹き出す血も増える。

 一通りやって満足したのだろうか。

 ランプレヒトがずるり、と剣を引き抜くとそのままカーネルはどさりと倒れた。


「さて……ようこそ諸君。僕が主催する夜会へおいで頂き感謝感激でござ~い。

 いつぞやはすぐに退散してしまって申し訳なかったね、アネシュカ君。そっちに彼は諜報部の密偵さんかな? いやいや、その中に混じってるだなんて、出世したじゃないか、キミ?」


 ゆっくりと周囲を確認するかのように見回し、アネシュカ、ダンツィ、そしてオレの順に視線を向けて声をかけてきた。

 やはりダンツィが危惧した通り誘い込まれてしまったようだ。

 巨大な“寄生蜂パラサイト・ビー“の女王、そしてランプレヒトに挟み撃ちにされてしまったこの状況は、冗談でもなんでもなくかなり危険な状態なのは間違いない。


「出世したっていうんなら、お祝いくらいくれても構わないんだぞ?」


 戯言に戯言を返して、オレはランプレヒトへ向き直った。位置的にも戦力的にも、こいつに向き合うとするのなら、それはオレを置いて他にない。


「ルーセント!」

「こっちの相手はオレがする。アネシュカたちはそっちの女王蜂さんを頼む。一度は相対した相手のほうがオレもやりやすいしな」

「しかし―――ッ!」


 納得できない声色のアネシュカに対し、


「心配だって言うんなら、サクっと片づけて加勢してくれればいいさ」

「……わかりました。ご武運を」


 背中を向けたまま短剣を抜く。

 勝機があるわけじゃない。

 向こう次第だが、本気でやり合えばまず勝ち目はない。こうして相対しているだけでその圧力の強さがひしひしと感じられる。

 以前やり合ったときよりは体が動くようになったとはいえ、ノーマッド曰く駆け出しの冒険者に毛が生えた程度の短剣さばきだ。

 名にしおう賞金首相手にどうこうできると思うほど自惚れてはいない。

 それでも立ち向かう理由は簡単―――単純に相性だけの問題だ。


 ランプレヒトと真っ向からやり合って勝ち目があるとすれば、それは聖騎士アネシュカに他ならない。

 だがその場合に女王蜂のほうは、というとオレが戦えば間違いなく負ける。

 ダンツィも戦力ではあるが、ここまでの道中の動きからアネシュカと比べれば明らかに劣るのは明白だ。そもそも密偵は裏方の動きや奇襲で本領を発揮するものなのだから、そのためには真正面から相手の注意を引いてくれる仲間がいなければならない。

 わかりやすく言えばアネシュカとのコンビなら頼りになるが、オレとのコンビでは実力が発揮できない、と言えばいいか。

 で、その場合それこそ時間稼ぎをする間も無く女王蜂に負けて、ランプレヒトと戦っているアネシュカは背後からも攻められてジ・エンド。

 全滅だ。

 では逆の場合はどうだろうか。


「へぇ……ひとりで僕の相手をするって? なかなか大した自負心だなぁ、ルーセント君? ああ、ルーセントというのか。ありきたいではあるけれど、まぁまぁな名前だね、ルーセント君」


 アネシュカが呼びかけたオレの名前を何度も呼んでおどけるランプレヒト。


 フォんっ!!


 斬撃。

 港でやり合った―――どちらかというと一方的にやられていたが―――ときと同じようにその動き出しに合わせて、間合いを外して避ける。

 速度も斬撃の質も、初めて攻撃されたときと全く変わらない一撃。


「へぇ……やっぱりこれくらいなら避けるのかぁ、へぇへぇへぇへぇへぇ!

 あれからじぃ~っくり考えて、とりあえず港で最初に避けられたのが偶然じゃないかなぁなんて思ってみたんだけど!!」


 そう、これだ。

 確かにオレではランプレヒトを斃すことは難しいが、それでも時間を稼ぐことなら出来る。獲物を弄ぶようなこの男の性格を考慮すれば。

 アネシュカのような実力伯仲の相手なら本気を出さざるを得ないが、オレくらい実力差があれば余裕を見せても対処できる。ならば、あのとき殴り飛ばされた不思議パワーの確認も含め、時間をかけても不思議ではない、そう踏んだのだ。

 とはいえ、


「でもさぁ、それくらいで僕の相手が出来る、っていうのは―――」


 するり、と音も無く奇妙な足捌きで邪神官が間合いを潰してきた。

 速度は変わらない。

 だがなぜか・・・反応が遅れた。

 ……不味いっ!?

 


 ザゾンッ!!!



「―――経験不足なんじゃなぁい?」



 ……ッッッ!!!?!?


 反応が間に合わなかったオレが咄嗟に出した右腕。

 それが肘のあたりで綺麗に両断されて地面に落ちた。


「~~~ッッ!!!!!!」


 まるで焼き鏝でも押し付けられているかのような熱さと、一瞬遅れてやってきた激痛に思わず目を見開いて歯を食いしばる。

 いくら相手を弄ぶから時間が稼げるとはいえ、それは虎が小さな獲物を戯れに攻撃しているのに等しい。向こうにとっては戯れでも、オレにとっては一歩間違えれば死ぬことに違いはないのだ。


 嫌になる。

 もう逃げたいという気持ちがないと言えば嘘になる。

 ランプレヒト相手に降伏して許してもらえるわけもないが、いっそ全てを投げ出して楽になりたいと思わないわけじゃない。


「ッ、確かに……ッ」


 だが、これを越えなければ時間が稼げない。

 背後から聞こえる羽音と何かがぶつかり合う戦いの音。

 彼女たちが必死で行っている戦いが無駄になってしまうと思えば、それは出来ない。

 だから、


「腕を切り落とッ…された経験は、これで出来た、な! どうも!」


 少しでも血を止めようと傷口を短剣を手にした左手で押さえながら、なんとか無理矢理ニヤリと笑った顔を作って声を絞り出し、そう言った。

 後ろに数歩下がって間合いを取りながらも、イヤな汗が流れてくるのがわかる。

 たったのそれだけの行動に費やした労力はどれほどのものか。


「……まったくまったく、一体全体何だい君は。

 どうしたらそんな風に面白くなれちゃうワケ?

 反応速度は一流、だけど歩法に反応できないあたり闘争の技術は二流。ああ、むしろ目が良すぎるからその反面、頼っちゃってるのかな?

 でもそれにも関わらずあっさりと物事を見切って覚悟を決めたり、色々とチグハグだしアンバランスに過ぎる」


 期待外れだったのか期待通りだったのかはわからないが、少なくともお気に召したようでランプレヒトの顔が気色満悦に染まる。

 こっちはそれどころではないが。

 少なくともちゃんと止血をしないと、いくら手で押さえていようがこんなペースで出血したら何分すらも保つまい。


「これは―――是非、君の底に在るモノを見てみたくなった」


 その後に続くは邪神への祈りを捧げる韻。

 何とか邪魔をしようと傷口を押さえていた左手を離し短剣を投擲するが、片腕が落ちてバランスを失っていたせいか狙いは外れ横の壁に当たって落ちた。


 間に合わない!! 


 何かの力が空間に渦を為すような感覚が解放される。

 何の役にも立たないだろうと思いながらも身構え、ただ視線だけは逸らさない。

 出来るのは最後の最後まで抗い続けることだけ。


「……!?」


 だが起こった現象はそれと真逆だった。


「あんれぇ? そっちも未経験でございましたかぁそうですかぁ!

 まぁこう見えても高位の邪神官ちゃんだからさぁ、僕! 欠損再生くらいはお手の物なのだよ」


 その言葉が示す通り、切り落とされた腕が一瞬で再生していたのだ。

 地面には先程切り落とされた腕がまだ落ちているあたり、凄い違和感があるものの間違いなく右手は元に戻っていた。


「ただ殺すなんて勿体ない。

 これ以上無く徹底的に探究し尽してあげよう」


 意味のわからない行為に内心訝しむオレに対し、目の前の男は嗤いかける。

 そこに潜むは狂気と、それを満たすための手段を怜悧に遂行する理性。



「それまで何度でも何度でも何度でも、刺して治して斬って治して折って治して砕いて治して破って治して弄って治してあげるから、ちゃぁぁぁんと全部、見せてね」



 ……永い夜になりそうだ。 




次回、第20話 「蟻の一穴・蜂の一刺し」

 6月23日10時の投稿予定です。


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