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18.生贄

 百葬師との戦いをノーマッドたちに任せ、オレたちは先を急いだ。

 貧民窟の暗い道をダンツィの先導の下、駆けていく。

 勿論警戒は怠らない。

 この建物に挟まれた路地裏、奇襲をかけるにはこの上なく有利な地形なのは明らかだ。

 

「しかし……面白くねぇな」


 ダンツィが舌打ちする。


「百葬師が待ち構えていたってこたぁ、こっちが正解の可能性は高いが……逆に言えば、こっちの行動が見透かされてるってことでもある。先手先手を取られてるのはどうにもよくないぜ」


 それはわからないでもないが。


「んなこと言っても、他に打つ手があるわけじゃないだろ。

 向こうに“不滅蟲イモータリティ・インセクト”ってヤバ過ぎる切り札がある以上、それを使わせないための対処が優先になるんだから、喩え備えられてるとしても突っ込む以外やりようがない」


 どっちみち考えすぎて動けない間に、“不滅蟲イモータリティ・インセクト”を使われたらそれでおしまいなんだ。そうであれば、一か八か敵の罠を食い破るってのも悪くない。


「ああ、その通りだ。わぁってるよ、気に喰わねぇのはどれほど面白くなくてもそれしかねぇと選ばされてるこの状きょ……ッ! 待て!」


 突然ダンツィが立ち止まり、オレたちを手で制したのでランタンのシャッターを下ろして光を絞りつつ立ち止まる。

 それを確認すると、彼はそのまま建物の角から先を覗き込むように動く。


「……今度は一体何をやらかす気が、ランプレヒトの野郎」


 建物の先は少し広い通りになっており、そこには道を歩く多くの通行人の姿。

 それだけであればおかしいことは何もない。


 その通行人が全て同じ方向に向かっていなければ。


 意識が朦朧としているのか、不安定な足取りで通行人たちはただひたすらに歩いていく。それも老若男女問わず。恰好からするとこのあたりの住民だろうか。

 正常な思考をしていれば治安の悪い貧民窟で、この時間にこんな大量に出歩いているのは考えにくい。現にオレが邪神の儀式があった建物から逃げ出した際も、アネシュカと会うまで住民たちの不審そうな視線こそ感じたものの、相対したのはカツアゲ目的の破落戸ゴロツキぐらいのものだったし。


「考えてたら、ヒットしちゃったか」


 まさに噂をすればなんとやら。

 通行人の中に見知った顔―――先程頭に浮かべた、カツアゲしようとしてアネシュカに撃退された3人の破落戸を見つける。他の人たちと同じように意識を朦朧とさせながら歩いている。

 別段可哀相とは思わないが、面白い光景ではないな。


「ん?」


 ふと気づいて、通行人の頭部をよく見てみる。

 遠目にわかりづらいが、皆後頭部にたんこぶでもあるのか髪の毛が一部かすかに盛り上がっていた。さらに凝視していると、もぞもぞと少し動き小さな羽のようなものが見える。


「なんか頭に蟲みたいなものがくっついてるように見えるな」

「? この距離と月明かりだけでそこまで見えるのか?」

「ああ、なんか結構夜目が効くみたいなんだよな、オレ」


 半分信用していない風で問うカーネルに、肩を竦めてそう答えた。


「“寄生蜂パラサイト・ビー”でしょうか……? これだけの数がいるということは、おそらく女王を召喚している可能性があります」

「……有名な奴?」

「ああ。“寄生蜂パラサイト・ビー”はその針で頭部に麻薬に似た毒を注入して意識を奪って体を操りそのまま巣まで歩かせて餌とする厄介な魔物だ。

 基本的に連中は単独で行動し生活しているが、女王という希少種が誕生した場合に限り群れスフォームを形成するのだ」


 意外と物知りなカーネル君が教えてくれた。

 意外と頭脳派なのかもしれない。


「いくらランプレヒトが蟲を司る邪神の神官とはいえ、あの通行人全てを操っているとすると使役している蜂の数が多すぎる。だが先に女王種を召喚し、それを媒体に眷属として召喚していれば話は別だ」


 歩いている通行人はざっと見たところ数十人。列を為している先は、曲がり角を隔てているのでどうなっているかわからないが、おそらく全体ではもっと多いだろう。


「邪神官がこれだけの人数を集めて何をするつもりなのか……ぞっとしないな」


 思わず呟いたオレの脳裏を過ぎるのは最初の記憶。

 あの魔法陣と死体の散乱した光景を思い出す。


「生贄ってセンで間違いねぇだろうな。ひとまず行き先を確認しようぜ。

 操られてる連中を解放するにしても“寄生蜂パラサイト・ビー”をどんどん召喚されたら後手後手だ。大元を先になんとかしねぇとよ」

「………その通りです」


 ぐ、と拳を握り何かを耐えるアネシュカ。

 一時的にとはいえ、ここで目の前の人を助けるよりも行き先の解明を優先することに対して思うところがあるのだろう。よくも悪くも真面目な聖騎士様だ。

 そんな性格も嫌いじゃない、というかむしろ好感が持てるな。


 息を殺し物陰に身を潜めながら、幽鬼のようにフラフラと歩いていく人々の先へと進む。しばらく進み、角をいくつか曲がったあたりでダンツィが何かを確認するように周囲の建物を見回し、


「このルート……間違いないな、当初の捜索目標だったグランデール商会の第二倉庫の方角だ。

 あとはただ罠じゃねぇことを祈ろう」


 その言葉が示すかのように、もう少し歩いていくと通行人たちが大きな建物へ入っていくのが見えた。倉庫らしい飾り気のない建物だが、入口の上に飾られているコインを三枚使って三角形を描いた旗だけが唯一目を引いた。

 おそらくはあれがグランデール商会の意匠なのだろう。

 倉庫の門は大きく開け放たれ、その中でゾロゾロと人々が流れ込んでいく。


「……只ならぬ気配です。すでに何かが行われているようですね」


 緊張した表情で言うアネシュカ。

 オレはいまいちそんな気配を感じ取れていないが、卓越した聖騎士である彼女の感覚には何か訴えるものがあるのだろう。


「んじゃ、あの通行人に紛れて突入するかい?」

「待て。裏口があったはずだ。そっちから行こう。

 表から入ったとしても操られた人々の中で動きやすいとは思えん。そこでアレに集られたらミイラ取りがミイラになる、って古代の諺通りになっちまうぜ」


 ダンツィが顎で示す方を見ると確かに入口では、外から入って来る人々とすれ違う小さな何かが内側から飛んできている。

 白地に紫模様という妙な色が混じりあったカラーリングをした、蜂っぽい蟲。

 アレが“寄生蜂パラサイト・ビー”なのだろう。

 おそらく操って連れてきた人々をどこかへ集めてから、新たな相手を求めて外で飛び出しているのではないかと推測できる。


 建物の影から影を渡り歩いて裏口へ到達。


「これから突入だが……十中八九、相手には気づかれていると思った方がいい。

 生憎と、こっちには重武装の奴もいるから、どれだけ秘密裏に動いたところで完全な隠密は不可能だ。

 だから相手が待ち構えているとしても動揺しないよう、心構えだけはしっかりしておいてくれ」


 聖騎士が甲冑を纏っている以上、がしゃがしゃと音を立てるのは避けられない。ならば土壇場で慌てないように状況を打開する覚悟を持つよう念押ししてから、ダンツィは扉の鍵をこじ開けて開く。


 ギィ……。


 軋んだ蝶番の音がやけに響く。

 裏口は倉庫の中の事務所部分に繋がっていたようで、殺風景な部屋の中にいくつかの机と椅子、そして散乱した書類が落ちていた。

 再びダンツィが奥にある扉へ。

 聞き耳を立てて鍵がかかっていないことを確認してから、ゆっくりと押し開いた。

 そこから先には倉庫らしい巨大な空間が広がっていた。

 10メートルはあろうかという高い天井、申し訳程度にある高い位置の窓など、オレが脱出したことのある倉庫と余り変わらない作りだ。

 違いがあるとすれば、



 ―――荷物が何もない、がらんどうの倉庫の床に血で描かれた歪な文字を集積させた魔法陣。



 そしてその中心部には虚ろな目をした人々が無気力に座り込んでいたことだろう。

 おそらく話に出ていた女王種と思われる蜂が魔法陣の上、高さ2メートルほどのところを浮遊していた。その体長はおよそ3メートルといったところで、先程入口から出て来ていた通常の蜂と比べると数十倍の大きさだ。


 カチカチカチカチカチ…ッ!!


 威嚇のように牙を鳴らす女王に対し、


「さがって下さい」


 オレやダンツィさんの前にアネシュカが進み出た。

 その警戒も当然。

 まさに女王は別格だった。

 ただ“寄生蜂パラサイト・ビー”を大きくしただけではなく、身体の至る所に棘のようなものをつけた鋭角なフォルムをしており体当たりされただけで危険なのが推測できた。

 おまけにそのうちいくつか長いものは怪しく発光している有様だ。

 こりゃあ一筋縄じゃどうにも―――



 ―――ぞわぞわぞわぞわッ!!!



「っ!?」


 突如、そんなものが比較にならない危険の予感が奔る。

 全身が総毛立つような感覚に思わず振り返った。



 ぞぶり…っ



「が、ぶ……っ!!」


 一番最後尾に居たカーネル。

 その胸元から飛び出していた鈍く煌めいた刃。



「やぁやぁやぁ……僕の登場だぞぉ!」



 明らかに女王よりも危険な相手―――ランプレヒトは、そう言って聖騎士を背後から突き刺しながら現れた。



次回、第19話 「永い夜の始まり」

 6月22日10時の投稿予定です。


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