17.百葬破るべし
突発的に始まった敵との戦闘。
警戒感からの緊張が思わずゴクリと唾を飲み込ませた。
相対するは―――煩わしい羽音の渦の中心に佇む男。
後で知ったところによると彼が持つ“百葬師”という二つ名の由来は諸説あるようだ。
百人以上の敵を一度に葬り去ったからだとか、百以上の殺害方法を持っているからだとか、百匹の蟲を使いこなすとか、様々で唯一共通しているのが百という数字だ。
ちなみに名をペドロ・ルイスと言うらしいが、これも後になって知ったことである。
ランプレヒトと同じく結構な賞金首で、彼ほどではないものの結構な額らしい。
「剣を持ってる虫とか、相手するのに面倒なこと限りないな」
普通の蚊と違い的が大きいのは助かるが、それでも細身である蚊は夜陰に紛れて見分け辛い。
羽音は大きいものの、ただの蚊と同じなので夜に人気のないところを歩いていたら襲撃された場合はかなりの脅威だ。
速度は普通の蚊と同じ。
見えづらい、という一点とその暴力的な数だけでこれだけの脅威と化していた。
「その程度の刃で、この聖騎士の鎧が破れるものかッ!!」
吠えるように言いながらカーネル、そして同時にフランクが前に踏み出す。
確かに剣蚊の持っている刃は短剣の大きさ程度のもの。
単純にぶつけるだけでは、重武装でガチガチに固めた聖騎士の防御を突破できるようなものではない。そう見切って相手に向かって行くあたり、さすがは聖騎士らしい胆力の強さだ。
殺到する聖騎士たちに剣蚊たちが殺到する。
がぎぃん!! ぎぃんっ!
鋼鉄の鎧と刃がぶつかり、金属同士が擦れる不愉快な音が耳を刺激した。見立て通り鎧を突き破るほどの威力はないようで、ぶつかった剣蚊たちがその衝撃で弾かれて宙を彷徨う。
だが予想通りなのはそこまでだった。
「がっ!? 馬鹿なッ!!」
困惑する聖騎士たち。
確かに剣蚊たちの攻撃は鎧を通らない。
だが多数の剣蚊たちが一丸となって次から次へ様々なところにぶつかってくるため、その衝撃で重心が浮いてしまっているのだ。つまるところ、姿勢が制御できず左右に揺さぶられてしまっている。
そんな衝撃の中でも、ランタンを手放さないあたりはさすがというべきだけど、徐々にその体勢の揺らぎが大きくなっていく。
だが生憎とそれをただ黙って見ている面子ではない。
ぎぎぃんっ!!
突如、百葬師の背後から甲高い金属音が響く。
見るといつの間にか背後に回り込んでいたダンツィが、その無防備な背中に刺突剣を突き刺そうとして何か硬質なものに弾かれたところだった。
「かー、反則だぜ、そりゃア!」
彼が悪態をつきながらすぐに飛び退いた後を、敵のローブの背中部分が破れて、そこから飛び出した何かが薙ぎ払った。
なんだ、ありゃ……百足?
はらりと落ちたフードから見える相手の頭部。
そこにデカい百足の頭が乗っかっており、まるで長い三つ編みのように長くぶら下がっていたのである。首筋の少し下あたりまで背中に固定され、その先はまるで尾のようにウネウネと蠢いている。
一言で言うと、かなりキモい。
「互いに夜陰を友とする者同士……それくらいの対策はしっかりしているよ」
主の意志を受け取り、剣蚊集団の一部が奇襲した敵へと飛来する。
肉薄する刃を手にした武器で打ち払いながら、ダンツィは間合いを取って姿を隠した。
奇襲及びヒットアンドアウェイを身上とする戦い方と、剣蚊はあまり相性が良くない。相手にこっそり忍び寄る音がしづらい軽装ゆえに、剣蚊の短剣ですら傷を負ってしまうのだ。
ひとまず姿を隠して追撃を避けるのは正しい。
「っとぉ!?」
どう加勢したものかと悩んでいると、数匹の剣蚊が飛んできた。
幸いなことに明かりは十分で警戒もしていたので、容易く見切って短剣を振って切り落とした。
速さはそれなりだけども、ランプレヒトやアネシュカの剣の速度からすれば止まっているようなものだから来るとわかっていれば数匹程度、見切ることは容易い。
それに元々蚊なので身体が細く柔らかい。
向かってくるところにカウンターで刃を置いてやるだけで、あっさりと切れる。体のどこかさえ切ってしまえば体勢を維持できず落ちるから、別に無理に切る場所を狙う必要もない。
「させませんッ!!」
鋭い光が疾る。
フランクとカーネルの聖騎士コンビが剣蚊のぶつかってくる衝撃に翻弄され、ついに崩れた体勢が維持できず倒れそうになっていたそこへ、アネシュカが聖剣を一閃させたのだ。
轟ッ!!!
切るのとは違う、長大な剣の腹を立てて振り切った剛力の一撃。
その振りは暴風となって放たれ、まとわりついていた剣蚊たちを散らせた。人を飛ばすほどのものではないので重装備の聖騎士たちは勿論無事だったが、質量の軽い蚊は流されてしまったようだ。
無茶苦茶だ。
そもそも剣の腹を立てて振るということは、それだけ抵抗が大きくなる。しかもその上であれだけの風を起こすというのは、どれほどの力が必要なのか考えたくもない。
確かに女性としては体格はいいが、別段筋骨隆々というわけでもないアネシュカの常識を超える膂力は何か秘密があるのではないかと思ってしまう。
「た、助かりました!」
「申し訳ない」
「礼は不要です。貴方たち聖騎士も教団にとって大事な存在です。無駄に命を散らすことは女神様もお望みではありません。お気を付けなさい」
憧れの“三天騎士”に助けてもらった挙句、そんな声をかけられた日には感激もしようというもの。二人の聖騎士は姿勢を正し構え直して戦意を新たにしたのがわかる。
あそこで倒されていたら、それこそ剣蚊が群がり鎧の継ぎ目を狙って攻撃されていただろう。動く敵は狙い辛いが、動かない敵ならばそれは比較にならないほど容易い。
「さて……どうするね、“骸魔殺し”殿」
「どうするもありません。立ち塞がるのであれば、ただ突破するのみ」
聖剣を正眼に構えるアネシュカ。
警戒するかのように剣蚊の群れが、その周囲を飛び回っている。おそらくあの剣蚊が廻っている範囲の内側が彼女の間合いなのだろう。
「ほぅ……では見せてくれるのかね、切り札を。
ランプレヒトのために温存したままで、抜かれるほど耄碌した覚えはないぞ?」
「そのつもりでしたが……」
剣を構えたまま、ふっとアネシュカの表情がかすかに綻んだ瞬間―――
「お断りします」
―――百葬師が吹き飛んだ。
真横に2メートルほど飛んで、そのままバウンドして脆くなっていた建物の壁に突っ込む。
理由は簡単。
警戒して真正面から見据えていたので、はっきりと見えた。
彼の斜め後ろから飛んできた太矢が百葬師に直撃。その胴体に突き刺さったのだが、勢いが余りに良すぎて相手ごと吹き飛ばしてしまったのだ。
「よぅ、おいしいトコもらって悪かったなァ」
聞き覚えのある声にそちらを向くと、
「ノーマッドか」
「おう。街中の冒険者を駆りだす依頼っつーから何かと思いつつ都市の巡回してたら、何やら戦ってたんでな。気になって来てみたら賞金首じゃないか! いやぁ、ツキが廻ってきたってもんだぜ」
その背後、少し離れた二階建ての建物の屋上。
そこには彼の相棒―――コリーが足を使って大型のクロスボウを巻きなおしているのが見えた。おそらく先ほどの一撃は彼女が放ったんだろう。
「ま、終わってねぇみたいだけどな」
飾り気がなく質素ではあるが丈夫そうな戦斧を肩に担ぎながら、重装備のノーマッドが少しだけ嬉しそうに睨みつける。
彼の視線の先―――さっき敵が突っ込んだ建物は、崩れた土壁の影響でもうもうと土埃をあげていた。
「“天啓”に気を取られ過ぎていたか……甲虫の守りが無ければ危ういところであった」
ガラガラと崩れる壁を避けながら、百葬師はゆっくりと歩み出てきた。
何か硬質なものが落ちる音が響き、その足元のローブの裾を引きずった跡には砕けた装甲のようなものが残されているのが見える。
「この手の奴を相手にするなら、パワーがモノを言うからな。良かったらこいつの相手は引き受けるぜ?」
「よろしいのですか?」
「ああ、むしろこっちもありがたいんだぜ? 何せこいつ討ち取ればしばらく遊んで暮らせるしな!」
その申し出にアネシュカはかすかに迷ってから、
「……助かります。聖騎士を1人残していきます。フランク、頼んでもよろしいですか?」
「はっ」
「そりゃ助かる。見ての通り、癒しを使える奴がいなくてさ」
ほぅ、聖騎士は法術も使えるのか。
ちょっとぐらい無茶しても平気そうだな。
アネシュカが後ろに下がるのと入れ違いで、フランクが敵との間に割って入るように進む。
肝心の百葬師が邪魔するかと思ったけど、高所ですでに矢を装填し終えたコリーを警戒しているのか、剣蚊を周囲に飛ばしたままアネシュカを邪魔する様子を見せない。
「ルーセント、ここに百葬師がいるということは、おそらくこの先が正解のはずです。
ここは彼らに任せて先に行きましょう」
「あいよ」
背後に羽音を聞きながら、オレとアネシュカ、ダンツィとカーネルは最初に百葬師が遮っていた道を駆け出した。
次回、第18話 「生贄」
6月21日10時の投稿予定です。
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