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16.闇に響くは羽音

「私が貴方に頼みたいことはひとつです。これから行うランプレヒトの潜伏先の調査に同行して下さい」


 アネシュカの頼みごと。

 それは彼女たちと共に街の捜索に加わって欲しい、というものだった。

 それくらいならお安い御用ではあるものの、


「それは構わないんだけどもさ。悪いが、そんなに役に立てるとは思えないよ?」


 特に捜索に長けているわけでもないオレに求められているものが何なのか、それがよくわからずに首を傾げる。さすがに分別と人並みくらいの洞察力はあると思うので、足手まといにはならないと思うが。


「は! ランプレヒトとやり合って生きてる男が役に立たないとか、謙遜通り越してイヤ味になっちまうから公言しないほうがいいぜ?」

「そんなもんか? というか、そもそもランプレヒト自体についてよく知らないんだが。

 話とやったことだけ聞いてると、只者じゃない、むしろヤバい奴なのは伝わるけど」

「おぃおぃ、マジかよ。お前さん、どこの田舎者だ!?」


 呆れたようにダンツィが天を仰いだ。

 どこの田舎者かと言われても、それすらわからないですよ、うん。


「ランプレヒト・ブーアメスターって言えば、賞金首の中でもトップ中のトップ。懸賞金額だけで金貨9万枚はくだらねぇ大物だ。どうもどこかの貧民の出らしいが、名が知れたのは暗殺者として活動を始めてからだ。懸賞金を懸けられた主な罪状は大量殺人。

 奴が殺した人間は片手じゃ利かねぇなんてありきたりなセリフどころじゃない。合計すりゃ千人超える数を殺してやがる。それも判明してるだけで、だ。

 無論殺人以外にもいくつもの邪神の神官として活動し、様々被害をもたらしている。いや、こりゃあ正確じゃねぇかもな。邪神の徒として様々なことを為した中で最も多い罪状が殺人ってだけだ」


 おぉぅ、金貨9万枚……。

 途方もなさ過ぎてビビる金額だな。

 銀貨10枚で金貨1枚なので、銀貨で90万枚。

 一泊あたり銀貨3枚の1人部屋で30万日泊まれる計算だ。

 ………どう考えてもそれまで生きれない長さなのはさておき、とりあえず文字通り一生遊んで暮らせる額なのはわかった。


「あいつの危険度については理解したけど、足手まといにならないのと、役に立つってのは違うだろ?」

「不思議に思うのも仕方ありません。

 正直なところ、今回の貴方の役目は捜索というよりも撒き餌、生餌の部分が大きいのです」


 そのアネシュカの言葉に、横に居たダンツィがかすかにぎょっとした表情になった。

 それに気づいた様子もなく、彼女は続ける。


「去り際の会話、覚えていますか? ランプレヒトは間違いなく貴方に興味を持っていました。

 ここまでで把握できている彼の性格からして、興味を惹いた存在への執着が強いことが窺えます。貴方がこの都市にいることを誇示することによって、少なくとも“不滅蟲イモータリティ・インセクト”の使用を控えるのではないか、もしくは使用の前に貴方に接触するのではないか、そう考えています」


 つまるところ囮。

 “不滅蟲イモータリティ・インセクト”を持っている相手だけに、文字通り誘蛾灯の役割を期待されている、と。


「もしランプレヒトが貴方の前に現れれば、その際にかの品を奪える可能性があります。そのため貴方が同行するメンバーは必然的に彼との戦闘を想定する必要が出てくるでしょう。

 ダンツィ氏、私、他聖騎士2名。これが現状私たちの手配できる最高戦力になります」


 あれからまだ数日しか経っていないのに、また会わんといかんのか。

 せめて襲ってくる相手が美女だったら、テンションも上がるってものなんだけどな。いや、むしろそれならばっちこいって感じか。


「オイラの部下もつけたいところだが、どっちかっていうと暗躍は上手くても正面切った戦闘じゃあ聖騎士さんたちに劣るからな。捜索網構築に回す予定だ」

「捜索網?」

「……はい。向こうから姿を現さない場合を考えれば、出来るだけ迅速に相手を発見するためにこちらからも動く必要があります。そのため、領主様に相談し衛兵を一部借り受けれるよう手続きしました。

 彼らと神殿の人員である程度虱潰しに出来るよう、街中に捜索網を張ります」


 淡々と話すアネシュカ。

 だが心なしか表情の端にやや陰りが見えるのは気のせいだろうか。


「なお本来であれば情報を共有し対処に当たるべきだとは理解していますが、内容が内容だけに、情報を秘匿できると確信できる範囲の人間でなければ知らせることが出来ません。協力を要請している衛兵と神殿の一般の人員に関しては、あくまで凶悪犯の居場所を見つける、という内容で捜索に当たってもらいます」


 妥当な判断だとは思う。

 普通の人間なら、そんな大量殺戮兵器がいつ街中で爆発するかわからないとなったら、まずパニック。そうでなくても逃げ出すことを考える。

 逃げ場のないような人たちに至っては暴動になってもおかしくない。


「んじゃ行こうか。時間もないんだろ」

「……マジか」


 いや、なんでそこで驚いてんのさ、ダンツィ。


「断るとか、そういった素振りが全然ないもんでな。

 こんなヤバいヤマ、オイラだって仕事じゃなけりゃ近寄りたくないぜ?」


 あー、はいはい、そのやり取りは聞き飽きた。

 それが普通じゃないとか、そういうのはもうわかってる。

 でもまぁ言うなれば、


「死んでないっていうのと、生きてるってのは違うからな」

「? どういう意味だ?」

「自分を曲げてまで長生きすることに価値を見出せないだけだよ」


 軽い調子で答えているうちに、アネシュカが部屋から出ていった。

 少しすると2人の聖騎士を伴って戻ってくる。

 それぞれカーネル、フランクという名の偉丈夫で通常は神殿の警護を行っているが、今回は捜索に加わるらしい。おそらく神殿の警護を請け負っていたにも関わらず忍び込まれて、調査官が殺害されたことに対する名誉挽回的な意味もあるんだろう。

 なんとなくではあるがノーマッドよりも少し強いくらいだろうか。

 ただし神の奇跡―――法術を使うことが出来るらしいので、実際のところはもっと戦力的な差があるかもしれない。

 なお法術は一般的には神聖魔術などとも言われているが、自らの力で現象を起こす魔術と同列視されることを嫌がる聖職者もいるので注意が必要、とノーマッドから聞いたな。

 聖騎士二人と自己紹介を済ませ、


「ダンツィ殿から3カ所ほど捜索地点の提案がされています。ひとまずそちらに向かいましょう。そちらの捜索が終わりましたら、一度戻り他の捜索グループの結果をまとめて次の方針を決めます」

「おぅ、案内するから着いて来てくれ」


 ダンツィの案内に従って神殿を後にする。

 外はすでに陽が沈んでいて夜の帳が降りていたため、フランクとオレが手にした―――おそらくこの中で最も戦闘能力がないのがオレなので、せめてこれくらいは、と思って申し出た―――ランタンが頼りだ。

 案内のままについていくと貧民窟のほうへ進んでいることに気づき、


「ちなみに捜索地点って?」

「ああ、お前さんがランプレヒトと出会ったとき持っていた木箱、あれが載っていた船の持ち主が所有している倉庫だ。その中でも人の出入りの少ないものをピックアップしておいた。

 邪神教団の品を輸送してきたくらいだ、グランデール商会って名の船主が隠れ場所の便宜を図ってる可能性は十分にあるだろう。

 なに、誰かがいても気にすることはねぇよ。なぜか・・・昨夜から商会長と番頭が行方不明になっているから、何かあっても即座に対応できる権限を持ってる人間がいない」

 

 うーん、聞かなかったことにしよう。

 特に後半。

 オレが関わった軍神アレスの儀式もそうだけど、やはり貧民窟というのは潜伏とか悪巧みするのに都合がいいのだろうか。

 そんな考え事をしながら歩いていると、


 ヴヴヴヴヴヴヴヴ……ッ。


「……ッ!?」


 突如聞こえた羽音に驚いた次の瞬間、アネシュカが抜剣したのを視界の片隅が捉えた。


 ギィンッ!


 羽音の中に、金属がぶつかる音が響く。

 何かがオレの目の前に飛来、それを剣を一閃させて弾いてくれたらしい。


「何者かッ!!」


 鋭い声で暗がりに向かって、アネシュカが一喝。

 何者かがゆっくりと近づいてきた。

 思わずランプレヒトかと警戒したが、


「やはり聖騎士を先に片づけなければ、手出しは出来ませんか……厄介極まりない」


 やってきたのは、ゆったりとした黒い長衣ローブの人物。

 フードを目深に被っており、顔の上半分が見えない。

 すっきり通った鼻筋と病的なほど青白い肌と薄い口元だけが印象的だ。 

 声の低さから察するに男性のようだが、体格と声、そして口調の重々しさが明らかにランプレヒトと違う。  


「暗闇の中、“剣蚊ソード・モスキート”の動きを把握し凌いだのは見事。

 だが……それがいつまで続くかな?」


 ヴヴヴヴヴヴヴヴ……ッ!!


 無数の羽音がその男の周囲から発せられる。

 ランタンの光に照らされている範囲をよく見ると、体長20センチほどの馬鹿デカい蚊があたりを飛び交っているのが見える。しかもその口先は小さくはあるものの刃渡り10センチくらいの細剣レイピアのようになっている。


「……“百葬師ワンハンドレット・フューネラル”」


 思わず呟いたフランク。


「何者?」

「ゾルフゲルターの使徒だ。まさか司祭級まで来てたとは……だが、ここで遭遇するってことはアタリのようだな」


 ダンツィは構えながらそう応える。

 邪神の司祭。

 それがどれくらい強いのかはよくわからないが、大層な二つ名を持っているということから危険な相手に違いない。

 事実さっきアネシュカに助けてもらえなければ、オレも危ないところだった。


「死せる者に名乗る意味などありはしない。ただ慎ましく滅びるがよかろう」



 その言葉と共に大量の“剣蚊ソード・モスキート”がオレたちに襲いかかった。




次回、第17話 「百葬破るべし」

 6月20日10時の投稿予定です。


 誤字の指摘などございましたら、感想欄にご記入下さい。

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