15.滅亡へのカウントダウン
アテナ教団。
この国において第二の勢力を誇る、権威ある宗教組織。
戦士も気高さ、戦の知恵や勝利などの栄誉、人間社会の守護者としての権能を司っており、軍人や冒険者など戦いを生業とする者は勿論のこと、女神という側面からか一般市民の信仰も篤い。
王都に建てられている大神殿が有名だが、そこはあくまで仮の拠点。
最高司祭もいるものの、あくまで王を初めとする統治者との連絡をスムーズに行うべく便宜上総本山として作られた比較的新しい場所である。
そのため、厳密な意味で教義としては、国内第三の都市アテーナイ・ケヌリオの神殿のほうが歴史も古く重要らしい。その証左として毎年、女神の誕生を祝して行われる祭儀は同都市で行われている。
余談ではあるが教団としては今後の勢力拡張を考え、祭儀の中心の王都移転を企画しているとも言われている。だが、王都側との調整が難航しているとか、他の宗派との兼ね合いとか、様々な理由で実現できていないらしい。
そういった教義に関わる部分で異論があるとはいえ、やはり神殿機能としては王都が中心となる。
その理由の大きなひとつが保有戦力。
純粋な兵数、という意味では実はアテーナイ・ケヌリオのほうが多い。
そもそも王都は国王のお膝元であるから、王都警備隊を有する軍部が常に目を光らせているため、多数の兵力の保有自体を各神殿が認められていないのだ。
だがそれでも尚、王都神殿の保有戦力が教団の中心と評価される理由。
それが聖騎士、さらにその中の “三天騎士”と呼ばれる存在だ。
女神アテナへと縁を持つ異能を有する3人の聖騎士。
“天啓” アネシュカ・ツェイプコヴァー
“天恵” ヘレナ・ドラホミール
“天計” ブランディーヌ・バルバストル
一流の戦者としての能力の上に付加された異能を用いる彼女らは、一騎当千と評するに恥じない戦果を今日まで上げ続けている。
“骸魔殺し”、“呪壊”、“ヘルラント丘陵撤退戦”、などなど……。
それぞれが成し遂げた武勇は逸話となり遍く国内に広がっている。
是非、王都に来た際は一目見ることを期待して大神殿に日参することを勧める。せめて握手会などがあれば喜んで参加するのだが。
運よく出会えたのであれば、サインなどをねだると応えてくれることも―――
「―――どんだけ“三天騎士”押しなんだよ!?」
思わず薄い本を床に叩き付けそうになるのを堪えた。
運動場で会ったおっさんから、アテナ教団の予備知識としてどうかと渡された教団案内用の冊子。
確かに興味深い情報もあったし、アネシュカってやっぱ凄いんだな、とか感心させられる部分もあったが最後の最後で色々と台無しである。
「そう言うな。確かに“三天騎士”押しで少しばかり勢いに任せ過ぎな作者だが、これでも巷の評判はなかなかいいらしいぞ?」
傍らではおっさんが苦笑している。
書かれたものを見るに著者はアロイスというらしい。
とりあえず、今後もしアロイスって名前の奴と会ったら“三天騎士”の話題だけは絶対に振るまいと小さく誓った。
「必要なところは目を通したから返すよ」
そう言っておっさんに冊子を返しながら、オレは目の前の建物を見上げた。
巨大な神殿、という以上の表記が思い当たらないほど、真っ当なデザインの神殿だ。
太く並んだ柱が順序良く配置され、恐ろしいほど高い天井を支えている。
運動場からアテナ神殿にやってきたオレたちは、今現在神殿の中庭で目的の人物を待っている状態だ。
神殿にやってくる道中、おっさんから自己紹介と説明を一通り受けた。
おっさんの名はダンツィと言い、実は港で木箱を持ち出そうとしてランプレヒトに殺された人足たちのまとめ役に当たるらしい。
もっとわかりやすく言えば、王直属の諜報組織の一員、ということになる。
まずその説明を受けたときに感じたのは、納得と驚きという相反する二つだった。
港の人足を装い荷物を持ち出す、というのは下準備を含めれば相当に労力の要る内容だ。密偵というプロであるならそれが出来るのも納得できる。
ただ密偵であるのならば、今回ダンツィがこうもあっさり自分から自分のことを密偵と暴露してしまったことに対しては驚きを感じた。そんな簡単にバラしてしまって仕事に支障をきたさないのだろうか、と。
それを率直に聞いてみたところ、人員不足なわけでもないので別段困らない。もしお前さんに何か諜報を仕掛ける必要が出たら別の人員を出せば済む話だろう、と一笑に付された。
なるほど、もっともだ。
ただ普通はこんな風にカミングアウトしないというのも間違いではないようだ。
今回は緊急事態だったための措置なのだろう。
とはいえ、その緊急事態の内容に関してだけは、まだ教えてもらっていない。
アネシュカを交えて、そこで教えてくれるつもりらしい。
それでも何かが起こっているのは理解が出来た。
ここにやってくるまでの間、通った街の中で巡回中の衛兵たちにかなりの頻度で遭遇したのだ。ここ数日で見ている巡回頻度よりも明らかに多い。
それにこの神殿中もどこか慌ただしい。
がしゃがしゃと武具を倉庫から出していたり、武装を整えた神官戦士などが巡回しているのも目につく。何かピリピリしている感じが否めない。
「すみません、待たせましたね」
そんなことを考えていると、アネシュカが中庭のほうへやってきた。
こちらも例に洩れず、初めて会ったときと同様に完全武装。
白銀の鎧に聖剣という出で立ちだ。
「この度は迅速な対応、感謝致します」
「いえ、そちら側からの情報提供があればこそ動けました。感謝をしなければならないというのなら、教団側でしょう」
すでに顔見知りだったのだろうか、アネシュカとダンツィは軽く会釈をかわす。
「ル-セント」
「………? 何?」
突然アネシュカに改まって名指しで呼ばれ、背筋を正す。
まだ名前に慣れていないせいか、少しタイムラグが出たのは気にしないことにしよう。
「貴方を呼んだのは他でもありません。
港で出会った邪神官ランプレヒト・ブーアメスター絡みで問題が発生しました。
ここでは何ですから、こちらへどうぞ」
なんとなく予感はしていた。
というか、他の理由で呼ばれる心当たりがサラサラない。
精々可能性としては貴方の身元がわかりました、とかだが、それなら別に緊急事態でもないし。
応接室らしきところに到着してから話が再開された。
「今日、殺人事件がありました。寄りにも寄ってアテナ神殿内です。
私が調査で離れている隙を狙ったのでしょう。被害者はベニート司祭……邪神の儀式が行われるとの情報に基づき王都から私と共に派遣されてきた調査官です」
あの家具に隠れてたときに、アネシュカと話していたもう一方の声の人か。
「神殿に忍び込み、ベニート司祭を殺害。
その上で彼が調べていた木箱を強奪、逃走したものと思われます」
「取られたモノを取り返しにきた、ってことか」
動機としても十分。
技量としても忍び込む技術の有無はわからないが、単純に殺しの腕だけ見れば可能かと思う。
「うちのほうで昨日ランプレヒトが、金に困っているアテナ神官と接触したって情報があがって来てな。街中に調査に来ていたアネシュカ殿にその旨を伝えたんだが、戻った時にはすでに手遅れだったという話だ。
こうなってから推測しても意味はないかもしれねぇが、おそらくは神殿の侵入経路、建物配置、警備などを掴むために接触していたんだろう」
「推測しないでも、そのアテナ神官に話を聞けば―――って、ああ、なるほど。ダメだな」
あの男がそんなに生易しいわけがない。
すでに殺されているのだろう。
「その想像、当たりだ。死体はお前さんと会う直前に、港の桟橋で見つかった」
ダンツィがそう補足した。
「一刻も早くランプレヒトを補足する必要があります。
本人も歩く災厄と言えますが、彼が今回奪い返した邪神縁の品に関してはさらに輪をかけて不味いものということが判明しているからです」
え゛?
アレよりもさらにヤバいモノって、貴方……。
「―――“不滅蟲”。
まだ推測の段階ではありますが、そちらのダンツィさんがくれた情報とベニート司祭の分析途中の記録、それに基づいて神殿の資料部が過去の記録を確認した結果、おそらく間違いないと思われます。
発動されれば、周囲の生物を殺して力を奪い、さらに数を増やして連鎖的に増殖する、一見灰にしか見えない極小レベルの蟲群。
もしこの推測が正しければ……もしあの男の目標がこの都市での“不滅蟲”であるのならば、手を誤った瞬間にこの都市の全ての命が消えてしまう。
それを防ぐため、手を貸して欲しいのです」
……うわぁ、ヤバ過ぎだって、それ。
とはいえ、見て見ぬフリをするわけにもいかない。
「―――で、何をすればいいんだ?」
余りにあっさりと言ったためだろうか。
ダンツィが少し驚いた表情を向けているが、逆にアネシュカは予想通りとでも言うかのように頷く。
むしろ何が楽しいのか、迫る危機を思って険しくしていた表情を少しだけ緩めていた。
次回、第16話 「闇に響くは羽音」
6月19日10時の投稿予定です。
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