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13.生兵法は怪我の元

 結論。

 手も足も出ませんでした、まる。


「おっかしいなぁ~」


 しこたま打たれて―――さすがにアネシュカも手加減してくれて、剣の柄とかで攻撃してくれた―――後から襲ってくる全身の痛みに耐えつつ呟く。

 蒼海の獅子亭の1階。

 オレはそこの食堂で、飲み物だけを頼みテーブルに突っ伏していた。


 あの後に運動場で行った訓練はおよそ2時間ほど。

 そのうち前半は模擬戦、逆に後半は前半の模擬戦でアネシュカが気づいた指摘事項についてトレーニングするような感じになった。


 まぁそれ自体はいい。


 そもそも普通に戦ってアネシュカに勝てるとは思っていない。

 なにせ二つ名持ちの有名な聖騎士だし、対するオレは記憶喪失中で自分の得意な戦い方すらわからないと来ている。

 どうしたって向こうが指導する側でオレがされる側なのは間違いない。

 善戦すらできなかったのは男としてどうかとは思うが、それな今の時点での現実。純然たる実力差なのだから仕方ない。


「もうちょっと簡単にあの不思議パワーが出せると思ったんだけど」


 少し気落ちしている理由はこれに尽きた。

 あのラで始まる性格の良いとは思えない邪神の神官剣士との戦いで発揮した謎の身体能力。

 アネシュカの言うところの“常識外能力チート”というやつの発動条件が、全くもってわからないままなのだ。

 明確な発動条件、とまではいかなくても何らかのヒントでもあればなぁ……。

 そんな風にため息をついていると、


「いや、なんだよ、その不思議パワーって。ワケわかんねェよ!」


 ばん!と背中を叩かれて咽そうになりつつ、そちらを向く。


「……お前、飲み過ぎだぞ、ノーマッド」

「だーっはっはっは! 夜飲まないでいつ飲むんだよ! ルーセントって面白いこと言うなぁ!」


 同じテーブルで肉料理をつまみに、麦酒エールをがぶ飲みしながら大笑いしているこの男の名はノーマッド・イーストホーク。この宿を根城にしている冒険者である。普段は斧を使って戦う重装備の戦士で、こう見てもそこそこ名が知れているらしい。

 短く刈り上げた金髪に骨太そうなガタイと男くさい面構え。

 戦士と聞いてイメージしたもの近い、戦士らしい戦士と言える。

 オレと同じ大部屋を利用している冒険者で、ちょっと前に知り合ったばかりだ。


「ルーセントの言うとおりだぞ、ノーマッド。

 ほどほどにしておかないと、また明日二日酔いで、酒を飲み過ぎた前日の自分への呪詛と守れない禁酒宣言を吐くことになる」


 そのさらに隣で淡々と諌めているのがコリー・ブラッケ。

 褐色の肌に亜麻色の髪を持つ彼女は狩人の出身で、屋外の行動に長けた野伏レンジャーだそうだ。

 動きやすそうな布の服を主体とした軽装備の女性で、ノーマッドとは同じ村の出身で、一旗あげようと村を出て冒険者になって今に至るまでの相棒とのこと。


「いやいや、酒は命の水って言うじゃん? やっぱこれが無いと人生楽しくないって思うわけよ!」

「まぁ確かに溺れてるあたり水と言えなくもない。精々溺死しないようにな」

「上手い! ゴブリン1枚!」

「それ、何の嫌がらせだよ!? ってかゴブリンって1枚2枚って数えるものだったっけか!?」


 酒を飲むとハイテンションになって、さらに笑い上戸になるというノーマッドと掛け合いをしていると、、


「だーかーらー、魔物のことを色々聞いてたから、俺様もゴブリンについて教えてやってるだけだってば! ささ、ゴブリンが1匹、ゴブリンが2匹……ぐぅ」


 ばたん、とノーマッドがテーブルに突っ伏した。

 さっきまでゴブリンを1枚2枚言ってたのに、舌の根も乾かないうちに1匹2匹になってるし。


「すまない」


 困ったように言うコリーに、気にするな、と返す。

 実際のところ相席で仲良くなって、彼らが料理を待ってる間に色々な話を教えてくれたことで助かったのは事実だ。

 それこそ外に生息する魔物やら、このあたりの世情やら、記憶のないオレにとってはかなり役立つ知識を。

 ノーマッドに酒が入ってからは、もう色々とダメダメな感じになってしまったが。

 酒癖はどうかと思うもの、どうやら彼らは依頼をひとつこなして帰ってきたところらしい。

 命の危険がある仕事を成功させて溜まったストレスを発散させたかったのだと思えば、そこまで気にならない。

 ぺちぺちとコリーがノーマッドの頬を叩いて反応を見ている。


「……ダメだな、これは」


 余りの反応の無さから推測するに、どうやら完全に寝入ってしまっているらしい。


「もう少し後でいいなら、大部屋まで連れていっておくけど?」

「すまない、助かる」


 さすがに大部屋も男女には分かれている。いくらコリーが相棒とはいえ、ノーマッドを男性用の大部屋まで運ぶのは気を遣うだろう。

 どのみち同じ部屋なのだから、ノーマッドを一緒に連れていくのは大した手間じゃない。


「依頼達成で気分が昂ぶってたんだろ、別に謝ることじゃないさ」

「そう言ってもらえれば、ありがたいな」


 ふと興味を覚えて、どんな依頼だったのか聞いてみる。


「ちょっとした魔物退治……街を出て東に半日ほどいった森の近くにある集落で目撃された蟲型の魔物退治だな。

 どうにも最近、この手の類の依頼が多い。もしかすると蟲型の魔物たちにとって大きな勢力分布が変わってきているのかもしれない」

 

 蟲……。

 その言葉を聞いたオレの頭の中に過ぎったのは、港で遭った狂った男が使った蟲を使役する術。

 まさかな……と否定したくなる気持ちと、蟲繋がりで関連性を疑う気持ちの両方が沸いた。


 ぶんぶん、と頭を振った。


 考えても仕方ないし、なまじ興味を覚えて首を突っ込んだ結果が今だ。

 中途半端にいざというときには不思議パワーでなんとかなるさ、とタカを括っているときが一番危ないのではないだろうか。

 生兵法は怪我の元だ、なんて言葉もある。

 せめて“常識外能力チート”と胸を張って言えるくらい、使いこなせるようにならなければ、あの男と渡り合うなど出来はしないが、発動条件が検討もつかないモノに頼りっきりになるわけにもいかない。


 すでに遭遇して目を付けられてしまった以上、あまり時間の猶予はない。

 さすがに人の多いところでは大丈夫だろうけども、あの男の性格から考えていつ襲われてもおかしくないのだ。


 まずやるべきは、真っ当に鍛錬をして戦闘技術と身体能力を磨くこと。

 そのうえで平行してあのときの“常識外能力チート”の解明を進める。


 それが出来なければ先は無いのかもしれない。


 決意を新たにしつつ、オレはノーマッドを二階へと運んだ。

次回、Ex.2 「蠱毒なる世界」

 6月16日10時の投稿予定です。


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