9.異狂の刃
大分リハビリも進んできましたので、本日は2話更新となります。
残虐な描写がありますので、お気を付け下さい。
港で見つけた騒ぎの大本。
なんとか本格的な争いになる前に、近くに到着することが出来たようだ。
一番近い建物の影に隠れて様子を窺うと、
「いいから、そこをどきやがれ! 邪魔なんだよ!」
対峙する双方のうち、体格のいい人足風の男たちが威嚇するように声をあげていた。しかし対する男はまるで気にした様子もなく飄々とした態度を崩そうとしない。
長身ではあるが細身の彼と、日頃重い荷物を運んでおり腕力と体力に自信がある人足たち。単純に外見だけで判断すれば手を出す事態に発展したとき、どちらが勝ちそうなのかは一目瞭然だというのに、まったく萎縮したり緊張していたりする素振りを見せない。
「邪魔? ええ、まぁ邪魔なんでしょう、そうでしょう。
こちらは邪魔をしているわけですから、邪魔をしているのに邪魔になっていなかったらそれこそただの意味のないお邪魔虫でしかないじゃないですか、はっはっはー!」
小馬鹿にするように鼻で嗤う。
「テメェッ! 一体何で邪魔を……ッ」
「別段難しい話じゃないですよ、そうですよ。今さっき貴方たちが持ち出そうとしたそれ、どこか知らないところに持っていかれちゃ困るんですよ、なのですよ。
見なかったことにしてあげなくもない気がしなくもないので、早く早く早くすたこらさっさのほらさっさと本来運ばなければならない倉庫に持っていってあげてくださいよ」
その言葉を聞いて、よく見てみると人足たちのうちひとりが何やら長細い木箱を大事そうに抱えているのに気付いた。長さ40センチ、幅15センチ、高さ10センチといったところだろうか。
話の内容的に、この物品を巡ってこの両者は争っているようだ。
持ち出した人足たちに対し、それに気づいた細身の男が逃亡させまいと止めに入っている、といった状況なので、どちらかといえば男のほうが正しい立場なのはわかるんだが……どうにも言動が今一つ普通じゃないというか、おかしいのでそっちが正しいと言われてもしっくり来ていない感じだ。
人足のほうも人足のほうでおかしい。
気の短い海の男、という感じではあるが、それならばここまで色々言われて未だに手が出ていないのは変だ。むしろその立ち振る舞いは少しぎこちないように思える。
「さぁさぁさぁ! 早くしないと、死んじゃうよ?」
男は羽帽子の先端を指でクイっと上げる。
そこで見えた端正な顔立ちに浮かぶ瞳は、たまらない愉悦を湛えていた。
同時に、
ごとり。
人足のうち先頭に立っていた男の首が落ちた。
まったく予備動作など無い。
常人には何があったのかまったくわからない所作。
ただ首が落ちた音と一緒に聞こえた、剣の鍔が鞘とぶつかった音だけが男が恐ろしい速度で抜剣し一閃、即座に鞘に剣を戻したことを見えなかった者にも明確に教えてくれていた。
思い出したかのように血が噴き出し、そのまま頭を喪った人足の体は前のめりに倒れ―――
―――さらに縦に真っ二つに裂け、羽帽子の男を避けるように左右へ滑った。
「ッ。マジか…っ」
物陰で思わず唾を飲み込んだ。
迅い。
ただその一言に尽きる。
攻撃に入る、具体的には直前の起こりはわからなくはないが、攻撃に入ってからの動きが尋常でなく迅い。文字通り目で追えない速度だ。
だがこの緊張の原因がそれだけではないこともわかっている。
その精神性の異様さこそが、今のこの脅威の大きな要素。
殺すのが目的なだけであれば、わざわざ首を落とす必要もない。
もっと浅く切り込んでも人は死ぬ。
さらに言えば、すでに首が落ちて死んでいるのにも関わらず、残った体を唐竹割りに一刀両断する必要性は全くない。
つまりそれは必要だからではなく、やりたいからそうした、ということ。
目的のための手段ではなく、手段のための手段。
オレだっていざ戦いと思えば覚悟を決めることは出来るが、ただそうしたいというだけで、無駄に死体を弄ぶというのは理解ができない。
理解が出来ないからこそ、警戒が呼び起こされている。
つまりはそういうことだろう。
無論、警戒を呼び起こされたのはオレだけではない。
むしろ直接相対して害意を向けられていた人足たちのほうが、より強い警戒を持ったことは間違いない。その結果、人足たちは木箱を持った方がその場から逃げようと体を翻らせ、残る一人が懐から短剣を出して羽帽子の男へ挑むという行動を選択した。
予想外の敵の強さに対し別段打ち合わせたような様子もなしに即座に動いたあたり、どうも連中はただの人足ではないようだ。
だが悪手。
結果論だけで言えば、ただその一言。
立ち向かった方の短剣の一撃は手ごたえ無く空を切り、逃げようと後ろを向いた人足が倒れる。
「あ、が…ッ!!?」
倒れた人足が脂汗をかきながら必死に歯を食いしばって堪える。
いきなり両膝を斬り落とされたにも関わらず悲鳴をあげないのは、やはり何か訓練を受けているのではないかと思わせる。
一連の動きは傍から見ていれば単純明快。
振られた短剣を避け、そのまますれ違い、逃げようとした人足の膝を先ほどと同じ要領で一閃しただけ。
ただその余りの早さに攻撃した人足は、背後に進んだ男を見失っている。
「いけない、いけない、いけない、いけない。
仲間を捨石にして逃げるだなんていけない、いけない。
そう―――」
囁くようなその声が聞こえたのだろう。
慌てて足止めをしようとした人足が振り返り、
「―――どこにもいけない」
ニタリ、と狂った三日月の笑みが浮かぶ。
そのほとりに咲くは鮮血の華。
「が…はぁッ!!?」
いつの間にか逆手に持ち替えられていた剣が突き出され、羽帽子の男は後ろを向いたまま人足の胸を串刺しにした。
胸を貫かれたまま、相手はうめき声をあげようとするがゴボゴボと喉の奥から血の泡を吹き出すばかりで声らしい声にならない。
乾いた音を立てて、石畳の上に短剣が落ちる。
ぐじゅり、ぐじゅり。
羽帽子の男は瞳を閉じ、ただその感触を楽しむように抉る。
「なるほど、鍛えてるねェ~。
見事にほどよい弾力が体の密度を味わわせてくれる。
ああ、でも残念無念、表現するなら50点。左に比べて右の筋力がやや貧弱で対称じゃないなァ」
ランダムにめったやたらと捩じって傷を広げ、相手がびくんびくんと痙攣する様を全霊で感じていた。
その反応が鈍くなったところで恍惚の時間の終わりを感じた彼はゆっくりと目を見開いて、目の前で芋虫のように這いずりながら逃げようとしている足のない敵を見る。
静かに引き抜かれる剣。
細く鋭いその刀身は鮮血に塗れていたにも関わらず、すぐに滴る血が消え刃の輝きを見せる。
さながら命を啜っているかのように。
「まだまだまだまだ…というところで止めて置くのが、長く人生を楽しむコツでもあるし。
満腹になるな、満ちて足りぬと歩き続けろ、っと。あれ? これって誰のセリフだっけ?」
じゃきり、と剣を構え直しながら歩いていく。
たった数秒の歩みが、這いずって逃げた人足が必死で稼いだ距離を潰す。
一瞬の躊躇すら見せず剣先を最後の犠牲者の脳天に突き刺した。
「お裾分けだ、“原初の遺産”」
大気をビリビリと震わせるように刀身が振動し、遺体が衣服ごとボロボロに黒ずんで崩れていく。
まるで灰のように細かくなって、最後は風に消えてしまう。
その場に残された木箱だけが唯一残された痕跡だった。
一体どういう理屈なのか、そしてあの木箱は何なのか、疑問は尽きないがとりあえずそれどころではない。先に目の前に転がる大きな問題に対処せねばならない。
つまり、
「さて、残りの死体も綺麗にしたほうがいいかな、どう思う? そこのキミィ」
すでに相手にロックオンされているという大問題。
まぁこれほどの使い手相手に、見つかっていないだなんて都合のいいことがあるわけないよなぁ。
無駄とはわかっていながら間合いを測りつつ、オレは物陰から歩き出た。
次回、第10話 「目を付ける者」
6月12日18時の投稿予定です。
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