8月2日、バーガーショップで掴まえて
「ほう、これがサイクラノーシュへ続く扉と言うわけですな」
エイボンを名乗った女は、守とシャタクに続き、銀の鍵が開けた扉をくぐった。
どうもあちらの世界は物騒な事になっているらしい。神官やら魔法使いやら、訳の分からないものに追われていた彼女をあちらに置いて置く訳にはいかないだろう。
またドラ●もん的な不思議空間を通り抜けると、そこは現代であった。
「ここがサイクラノーシュ……。神のおわす地……!」
なんだか違う気がしたが、どこから勘違いしているのか見当も付かなかったので、とりあえず放って置くことにする。
「一仕事したらお腹が減ったよ。夕飯までまだ時間があるし、お店に寄っていこうと思うんだけど」
「お店ですか」
シャタクが首をかしげた。
シャタクが知っているお店と言うのは、昨日行ったコンビニとか、今日、守の母と買い物に行った婦人服店とかそういうイメージだ。
「金を取って食事をさせる店があるようだな。我が神よ、コモリオムのような都にしかないようなものが、こちらに?」
「良く分からないけど、僕が連れて行くから付いてきてよ」
エイボン……イブの言う事はいちいち良く分からない。
ともかく今は、お腹を満たす事が重要と、駅前のバーガーショップへ向かった。
普段なら、一人で外食をしようとは思わない。
この容姿のせいで、店の空気を悪くしてしまうのだ。
入店拒否をされたことだってある。
だが、今日ばかりはいけると確信する守である。
何せ、二人も美女を連れているのだ。
彼女たちを盾にすれば……。
イブは、二十代半ばほどに見える、黒髪、褐色の肌の美女である。髪の毛はそれなりの長さで切りそろえられており、指を絡ませれば抵抗も無く滑り落ちるような艶がある。瞳は紫色で、神秘的な輝きを宿していた。背丈はシャタクよりも高い。
ちなみに守は縦に短く横に広い系男子なので、この中では一番小さい。体重は一番重い。
「マモル様、このハンバーガーとやら言うものは、なかなか美味しいですね」
「珍味ですな」
女性二人が舌鼓を打つ。
そこそこな味のバーガーショップだ。三人分を出したから、お陰で守のお財布から、千円札が三枚消える事になった。
痛い出費だが仕方あるまい。
守は健康的なフレッシュ的バーガーとポテトで小腹を満たすと、イブに問いかけた。
「イブさんは色々詳しそうだけど、知ってることを教えてくれないですか。僕は実は、成り行きで今日みたいな事を始めまして、何が何やら分からないんです」
「ふむ、神の身であっても知らぬことが……。どの辺りからお教えしましょうかな?」
「出来れば初歩の初歩から全部」
「かしこまりました。まず、我らがいたあの大陸の名はハイパーボリア。北欧の地に存在する、文明と神々が同居する島にございます。ハイパーボリアに存在する神は、三柱。ヘラジカの女神イホウンデー、不定形なる神アブホース、そして地を司る我等が神、ツァトゥグァ」
最後の神の名前を、イブは噛み締めるように口にした。
彼女の強い視線が、守に向けられる。
「あなた様のことでございます」
「僕が!」
「ご存知なかったのですか!」
びっくりして飛び上がったのはシャタクである。
「私達の呼びかけに応じて、サイクラノーシュから降りていらっしゃるのは、ツァトゥグァ様以外におられないでしょう!」
「落ち着いて、シャタクさん、落ち着いて」
ヒートアップしたシャタクを、守は慌ててなだめる。
「どうやら我等が神は、ご誕生あそばされたばかりのようだ」
「そんなことがあるものでしょうか」
「ありうるだろうな。いと貴き神々にとって、時間や因果などあって無きが如きもの。我等の信仰があったからこそ、そこに我等の神が降り来る事になられたのだ」
「流石、魔道師様は博識でいらっしゃいます」
「いや、我が身を犠牲とし、神の御身が降臨なさる導となった巫女殿には及ばぬよ。我など所詮は口先だけの輩なれば」
女の子同士で、あははうふふ、と盛り上がっている。
良く分からないが、守もあはは、と笑ってみた。
「マモル様が笑っていらっしゃると、私も嬉しくなってしまいます」
「巫女殿。先ほどから仰られるマモル様というのは……」
「サイクラノーシュでのツァトゥグァ様の御名でございます」
「ほう……。魔術名のようなものだろうか。我もマモル様とお呼びしても」
「あ、別にいいですよ」
「かたじけない、マモル様。それと……」
「シャタクと申します。蛇の一族、天竜種に当たる巫女にございます」
「よろしく頼む、シャタク殿」
イブも悪い人では無さそうだ。これは仲良くなれそう。
そんな事を守は考えた。
そして、ここでちょっとした問題に思い至る。
「今夜、イブさんの泊まる所どうしよう?」
「マモル様のご自宅でいいのでは?」
「いや、僕はいいんだけど、お父さんとお母さんがね。二日続けて新しい女の子を連れ込むとか、なんか遊び人みたいだしどうかなって」
「我が女の子か。ふふふ、言われると少々嬉しいものだな」
イブは案外乙女なところがあるようである。
それはそれとして、さてどうしよう、どうしようと考え込む守。
困った時はおじいちゃんである。
銀の鍵をバーガーショップの窓ガラスに突き刺しぐるりと回す。
「おじいちゃーん」
『そうだよ守。おまえのおじいちゃんだよ』
窓ガラスが扉のように開いて、おじいちゃんが顔を出した。
「おじいちゃん、女の子が増えちゃったんだけど……」
『連れて行って説明するしか無いのう。だって守、お前まだ高校生じゃろ。自活できないじゃろ。親に頭を下げるしかないのう』
「やっぱりそうかあ……」
これはちょっと気苦労があるぞ、なんて思っていると、イブがポカーンと口をあけて、おじいちゃんを指差してぶるぶる震えている。
「う、ウムル・アト=タウィル……!?」
『なんじゃ! 新しい子っていうのはエイボンの事か。こやつなら問題ないぞい。魔術で壁と壁の間に自分の部屋を作るくらいはやってのけるからのう。場所には困らんわい。心配なら家賃を取ったらどうじゃ?』
「ほんと? イブさん、そういうのでもいい? あれ、おーい、イブさーん」
守がイブの肩を掴んでゆさゆさ揺さぶる。
こう、女の人に触れるというのはドキドキするものである。
「あ、う、す、済みませぬ。まさか、マモル様のお爺様が窮極の門の守護者であったとは……。神の降臨に、サイクラノーシュへの到達と守護者との邂逅……永年生きてきて、これほど驚いた日は無い……うぷ」
あまりにもびっくりし過ぎて気持ち悪くなったらしい。
イブ的にも、今日は人生の中でも最もイベント目白押しの一日だったようだ。
とりあえずおじいちゃんの意見ももらった事だし、家に帰る事にした。
「実は一人増えまして」
「まあ!」
母は非常に驚いていたが、思ったよりもあっさりと受け入れてくれた。
ただ、お金の面では少々きつくなるらしいので、イブは自分の家賃のようなものを払う事になったらしい。
彼女は魔道師だし、お金の工面はなんとかなるだろう。
いざ夕食と言う時に、また父と母が泣いた。
「うちの守がこんなに立派に……」
「二人も女の子を連れてきて……」
普通そこらへんは、心配するところじゃないだろうか、と守は思う。
二股とか男として最低だと思うのだが。
「しかし守は邪神だろう」
父が言った。
「人間なら財力に縛られたり法に縛られるかもしれないが、守は大学を卒業したらもう神様なんだから、奥さんの二人くらい面倒を見られるんじゃないか」
「そうね、神様だものね」
「ちょっと待ってお父さんお母さん、何言ってるの」
すっかりおじいちゃんの根回しが終わっていたらしい。
自分はどうやらツァトゥグァという神様らしいし、女の子達との同棲は親公認らしいし。
しかし、まだ自分は、シャタクやイブと全く以って深い関係というわけでもない。
言うなれば、綺麗な女の子と綺麗なお姉さんが我が家にやって来た、的な感覚である。
「なるほど」
父が鷹揚に頷いた
「それじゃあ、守はシャタクさんと、イブさんと仲良くならないといけないな」
「お父さん、それはどういう」
「みんなで海に行こうか。父さん、明日から有休消化しないといけないんだ」
そいういうことになってしまった。
定番の海。