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ひと夏の大邪神  作者: あけちともあき
邪神生活50日目:そして、ひと夏の大邪神
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最終日、過ぎ去りし夏の大邪神

 サンドイッチマンという奴は、ユーモラスな外見に比べると、あれで結構大変なのだ。

 今日城聖学園の学園祭。

 守たちのクラスは着物喫茶をやっていて、ウェイター、ウェイトレスが和装でお客様を出迎える。

 守たち男子チームの一部は、ちょっと派手な着物を身につけての宣伝活動だった。

 リーダーである坂下郁己のテンションが高い。


「俺達の宣伝如何でッ! イベントの客入りが決まるッ! 一分一秒がッ! 勝負だと思えッ!」


「おおー!!」


 男どもが気合に満ちた声を張り上げる。

 彼らはこうして、昼過ぎまで声を張り上げながら、城聖学園入り口のバスターミナルを練り歩く。

 人目を惹き付ける格好だから、自然と注目を集める。


「一年一組! 一年一組着物喫茶です!! 可愛い子たくさんいるよ!!」


 やけくそ気味に男達ががなりたてた。

 学園祭と言うのはお祭り。

 道理よりは勢い重視のイベントだ。

 彼等のグループに所属する、御堂という男はイベントの発起人であり、支配人となって喫茶店を切り盛りしている。

 その仲間たる彼らが、御堂の成功のために戦わなくてどうするというのか。


 守は声を張り上げて宣伝しながら、一月ほど前に通り過ぎた怒涛のような日々を思い出す。

 夏期特別講習初日に異世界に召喚され、守は邪神になった。

 そこでシャタクと出会い、イブと出会い、アトラと出会い……。

 なんだかんだ言って、色々な人と会って色々な相手と戦って、そして色々な経験をした。

 間違いなく、これまでの人生で一番濃厚な時間だった。

 それが、もう一月も前の話なのだ。


 今はもう、守はどこにでもいるちょっと特徴的な外見の男子高校生。

 思い返せば、どのイベントも普通の高校生が体験するようなレベルのものではなかった。

 幾つか凌いで来た戦いだって、下手を打ったらここにこうしていられなかったようなものも多い……気がする。

 最後の、ナイアーラトテップとの戦いだけは本当に厳しかった。

 邪神になった守に残っていた人間の部分、心を攻めてくる相手だったのだ。

 その攻撃は、今、目の前で声を張り上げている我らがリーダー、郁己のお陰で乗り切ることができた。

 全く、彼の恋人である金城勇を含めて、頭が上がらない。


 そう、この一月ほどで、守は勇に対する思いを振り切った。

 彼女は、彼女が愛する人と一緒にいるべき人で、それだからこそ、守が眩しいと思える輝きを放っているのだ。

 だから、自分が入り込むような隙間は無いのだし、入り込めないほど素晴らしい関係を築いているから、守はあの二人が大好きなのだ。


「グフッ」


 思わず笑みを漏らすと、すぐ前で調子外れなラッパを吹いていた上田悠介が首をかしげた。


「なんだ、伊調、ご機嫌だな?」


「そうでもないよ。でも、楽しいのは確かかな」


「そうか。楽しいことはいいことだな!」


「そうだね!」


 本当にいい友人たちだと思う。

 さっきから、後ろのいたはずの境山の姿が消えているが、彼が、いつも見つめている女の子と共にいるために、校舎に戻ったのだと守は知っている。

 誰だって何かを考えて、何かをしようと足掻いて、そうやって行動している。

 当たり前の日常に戻ってきて、それがとても輝いて見えることに守は気付いていた。


「よし、ここまでにしよう! これで解散だ!」


 昼過ぎ頃、郁己が声をあげた。

 サンドイッチマン活動が終了を迎えたらしい。


「みんなありがとう! これできっと、俺達の着物喫茶は大成功を迎えたはずだ!」


 学園祭も既に二日目。

 初日こそ、学園のライバルたるキャンパスからやって来た生徒会の面々が学び舎を騒がせていたが、今日は平和なものである。

 一同は自分の学園祭を満喫するべく、散っていった。


「伊調はどうするんだ?」


 校舎に向かいかけていた上田が問いかけてくる。

 彼もまた、文芸部の出し物の店番をする思い人のところに向かうのだ。

 守は少し考えて、


「僕は特に行きたいところとかは考えてないし、適当にのんびりするよ」


「そうか。じゃあま、お疲れ!」


 守の肩をポンと叩いて、彼は去っていった。

 ロータリー口で残った守は、お腹の前に据えていた太鼓を外し、ちょんまげヅラを取ってドーランを拭い落とした。

 ふう、と一息をつく。

 わいわいと流れる人波がある。

 まだまだ、麓の方からバスで運ばれてくる人たちは多く、皆城聖学園の学園祭を楽しみにしている。

 近隣の高校に比べて、個性的な出し物が多いのだ。

 凝り性の生徒が多いから、出し物だって本格的。料理も美味しいものが多い。


「僕もどこかで腹ごしらえしようかな……」


 そんな事を呟いた時だ。

 守の背後のロータリーに、バスが到着した。

 バスの入り口から、姦しい話し声が響いてくる。


「だから私は言ったのです! お洋服とかお弁当とか考える前に、マモル様に会うのを重視すべきだって! ほら、こんな時間になってしまったではないですか!」


「うむ、しかし急いては事を仕損じるといいますぞ。ここは万全の準備をして、マモル様が通うガッコウとやらにゆかねば……」


「何じゃ! ここにマモルが通っておるのか!」


 振り返る。

 そこには、まだ一月ほどしか一緒の時間をすごしていない、だが、誰よりも濃厚な時間を一緒にすごしたと断言できる三人の姿があった。

 誰もが道を空ける。


 金髪碧眼の絶世の美少女。

 褐色の肌のモデルのような美女。

 アルビノの現実離れした美女。


 この世の美を結集したかのような三人が立っていて、誰もが彼女たちに注目せざるを得ない。

 彼女たちは騒がしく言い合っていたが、誰とも無く、すぐ目の前に佇む守に気が付いて、


「マモル様!」


「マモル様、ここにいらっしゃったのですか」


「マモル、案内せい!」


 口々に彼の名前を呼んだ。

 守の口元が、意識せず緩む。

 なんだろうか。とても嬉しい。


 自分に注がれる好奇の視線も気にはならず、守は三人に向かって両手を広げる。


「ようこそ、シャタクさん、イブさん、アトラさん。僕の学校へ!」


 三人が、着物姿の守を見て、またまた騒がしく声を上げ始める。

 笑い声、フォローする声、ほめる声。

 褐色のたおやかな手が、守の背中を押す。

 白くしなやかな腕が、守の肩を抱く。

 そして、金の髪の少女が、微笑みながら守の手を引く。


「さあ、行きましょう、マモル様!」


「うん、行こう」




 この日の終わり、一月ぶりに銀の鍵が彼らを呼ぶことになるのだが……それはまた別のお話。

 伊調守の邪神生活は、まだまだ終わらない。

これにて終了となります。

お付き合いありがとうございました。

伊調守本人は、これ以後も「ダチが女になりまして。」本編へ登場します。

またどこかで、ハイパーボリアのために戦っているのかもしれません。

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