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ひと夏の大邪神  作者: あけちともあき
邪神生活9日目:なりゆき最終決戦
27/28

8月9日、夏の日の幻

「それでは、こちらも始めようか」


 開始の合図はその一言だった。

 ナイアーラトテップの姿が変容する。

 それは、顔の変わりに円錐状の触手を生やし、三本の足を有する異形の怪物。

 守もまた、それを迎え撃つために姿を変える。

 ナマケモノとコウモリをあわせたような、黒く獣毛に覆われた怪物の姿。

 恐ろしいというよりはどこかユーモラスで、大柄にもかかわらず、威圧感は薄い。

 だがその肉体には、例え同じ邪神であろうと滅ぼしてしまうほどの、圧倒的なパワーを秘めているのだ。


「行くぞ!」


 守は地面を蹴った。

 拳を振りかぶる。

 ナイアーラトテップは、守めがけて、知覚出来ない何かを叩きつけてくる。

 守は直感的にそれを拳で打ち抜く。

 その瞬間、悟った。これは世界だ。

 這い寄る混沌を名乗る邪神は、世界そのものを武器として守にぶつけてきている。

 それを喰らってしまえばどうなってしまうのかは分からない。

 だが、砕いてしまっていいものだろうか。

 守が一瞬の逡巡を感じた時だ。

 守の周囲を取り囲むように現れた世界が、その方位を縮めて360度、あらゆる方向から襲い掛かってくる。


「このおぉぉぉっ!!」


 守は、力を込めて拳を振り回した。

 拳に触れる世界が次々と砕け散っていく。

 勢いを殺さぬまま、守は駆け寄る。

 その距離は邪神の力によって、無限大にも等しい距離に帰られていたが、守は無限大と言う概念そのものを蹴り砕く。

 刹那の間に、ナイアーラトテップは守の眼前に迫った。


「これで終わりだ!!」


 守が渾身の一撃を放つ…………這い寄る混沌はその顔ともいえぬ顔に、笑みを浮かべたように思った。

 砕け散る。





「……くん」


 揺さぶられる感触。

 守は全身のだるさを感じながら、顔を上げる。


「守くん、守くんたら。……やっと起きたよ」


 目の前には、つんつん髪にどんぐり眼の少女が立っている。

 ややピンクがかったブラウスは布地も薄く、その下にある豊かな少女の肢体を否応なく連想させる。


「あれ、金城さん……」


「なんだよ、守くんは他人行儀だなあ。勇って呼ぶ約束じゃない」


 彼女は、守が知るままの優しい笑顔を浮かべて、守の腕を取った。


「私達、付き合ってるんだから」




 頭がぼんやりとして、思考が晴れない。

 いつから自分は金城さんと付き合っているのだろう。

 そう自問自答しながら、守は日々を過ごしていく。

 だが、この幻めいた日々は、薔薇色に輝いていた。


「守くんってさ、歌が上手いよね」


 一緒に行ったカラオケで、頬を染めて勇が拍手をする。

 彼女は守が歌うアニソンを毛嫌いしない。いい歌だね、と言ってくれて、その曲に対する守の思い入れを理解してくれる。

 何の矛盾も無い。

 金城勇とはそういう人だ。

 一切の偏見を持たず、いつの間にか懐に入り込んで、自分の本質を見てくれる。

 だから好きになった。


 二人きりのカラオケボックスは、薄暗い照明も相まって、なんだか非日常な空間。

 微かに残ったタバコの臭いは、普段なら顔をしかめてしまうが、今日はそれが淫靡に感じる。

 勇がとてとてとやってきて、守の隣に座る。

 席はまだたくさんあるのに。

 体が密着して、彼女の匂いがする。


「金城さん」

「勇」


 彼女が口を尖らせて言い直しを要求する。


「勇さん、ち、近いよ」

「近くないよ。私、まだまだ守くんを知りたいもん」


 背の低い守よりも、なお小柄な彼女が見上げてくる。

 守も見つめ返す。

 じっと目線が合う中、ぽつりと勇が言う。


「いいよ、私、守くんとなら……」


 彼女が目を閉じる。

 守は引き寄せられるように顔を近づけて……。


 待て。

 これでいいのか?

 自問自答する。

 

 何を悩む?

 これでいんだ。

 お前が本当に好きなのは、彼女だろう? 金城勇だろう。

 彼女がお前を好いてくれる。

 それ以上に何を求めるのだ。


 守は勇の肩を掴んで、少しだけ距離を取った。

 勇が目を開け、不思議そうに守を見つめてくる。

 攻めるような色は無い。そういうことはしない女性だ。

 だから、余計に胸が痛い。


 なんでだ。

 なんで、僕は迷っている。

 守は自問自答する。


 何か違う。

 彼女は好きだ。

 大好きだが、違う。彼女の隣には、僕ではない、誰かがいたような。


 思う内に、場面が変わる。



 見覚えの無い田舎の光景だ。

 守が来たことが無い風景。

 小山があり、そのふもとに沼がある。沼を囲むように集落が広がり……。

 隣にいる勇が、守の手を引く。


「ここが私の故郷なんだよ」


 そう言って、やや小高い場所から、集落全体を見渡す。

 勇が言っていることは本当だろう。ここは、彼女のふるさとなのだ。


「私と一緒になる人は、この集落が受け継いできた伝統も受け継ぐの」


 隣を見返すと、ノースリーブのワンピースを纏った勇が、微笑み返した。


「君に受け継いで欲しいな、守くん」


 ……違う。

 守の心の中で、何かが叫ぶ。

 これは勇だが、勇ではない。

 守が好きな金城勇という少女は、確かにこうやって、ちゃんと好意を見せてくる。

 だが、守が好きだったのは……金城勇という少女単体だけではなくて……。


”守れ伊調!! フライングボディアタックだ!!”


 叫び声が聞こえた気がした。

 心臓の鼓動が高鳴る。

 辺りを見回す。

”彼”の影は無い。

 違和感が増す。


「どうして君がいないんだ」


 名前を思い出せない、ある男の事を思った。


「ここは君の居場所だろう。だって、僕は君と金城さんが一緒で、一緒だから、だから、君たちを好きになったんだ」


 走ってくる足音がした。

 存在を思い出す。

 彼はそこにいなければならないのだ。

 駆け寄ってきた手が、守の背中をバーンと叩いた。ちょっと痛い。彼なりの親愛の証だ。


「お、どうしたんだ、伊調」


「遅いよ、坂下君」


 守と勇の間に、見慣れた親友が立っている。

 守は彼の背中をポン、と叩くと、笑った。


「金城さんをしっかり守ってね」


 行きがけの駄賃に、沼から勇に伸びていた手を軽く払っておく。

 それだけで、沼に潜む存在は力を隠した。


「さあ、これでおしまいだ。君の手札はまだあるのかい、ナイアーラトテップ」


 周囲がハイパーボリアへと変化する。




「いやあ……お見事」


 白人の風貌をした、黒い肌の男が肩をすくめた。

 守が拳を叩き込む寸前。

 全てはここで止まっていたのだ。

 預言者の姿をしていた這い寄る混沌が、ブラックマンと呼ばれる姿になっている。


「どうやって私の幻影を破ったのかね? あのままなら、君は永遠に虚ろな牢獄に閉じ込められるところだった」


「ちょっと友達に助けられてさ」


「なるほど……いい友人をお持ちのようだ」


 一撃。

 炸裂した攻撃が、ナイアーラトテップの、この世界における写し身を消し飛ばした。

 戦闘終了である。

 

 

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