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ひと夏の大邪神  作者: あけちともあき
邪神生活9日目:なりゆき最終決戦
26/28

8月9日、女子たちの戦い

 いざハイパーボリア。

 決戦の時なのである。


 ファミレスから帰り、だらだらと午後を過ごした守と三人娘は、そろそろ夕方かな、と言う頃合でようやく動き出した。

 守が銀の鍵を空間に刺すと、そこに扉が生まれる。

 イブ曰く、これはヨグ=ソトースの扉であると言うのだが、そんな大層なものを割りと毎日ホイホイ使っているわけだ。

 ありがたみもへったくれもない。


 戦闘用の衣装に着替えたのはシャタクだけ。

 彼女は翼や尻尾を展開する必要があるので、専用のドレスで無いと服が破けてしまうのだ。

 イブは最近普段着にしている、丈の短いタンクトップとカットジーンズ。

 アトラに至っては、何を考えたのか、守の母に買ってもらった可愛らしい柄のワンピースである。むちっとしたわがままボディの大人の女性が、可愛らしい花柄ワンピースを着ている。ギャップ萌えであろうか。

 ちなみに守は変身する関係で、海パン一丁であった。


「待った?」


 到着すると、イホウンデー率いる残りの勇者達が勢ぞろいである。

 ヘラジカの女神は苛々を隠そうともせず、守の言葉に、


「待ったわよ!!」


 と怒声を返した。

 一団の最高峰にはナイアーラトテップ。今日は怪しげなローブの男の姿をしている。

 だが怪しい気配で一発で分かる。

 イブに言わせると、ナイアーラトテップの変身は普通見破れるものでは無いらしいのだが、守は邪神なので見破れるのだろう。


「やあ、ツァトゥグァ殿。ちゃんと来てくれて嬉しいよ。それでは始めるとしようか」


 後で聞いた話では、彼がこのような直接的な戦闘を行う事自体が珍しいらしい。

 きっと、この時の戦いも彼が思い描いていた策略の一つだったのだろう。

 それは別に、自分たちに危害をもたらす類の策ばかりではない。


 イホウンデーが、勇者たちに号令を放つ。

 残る勇者たちは、イホウンデーとナイアーラトテップにより強化され、邪神の上級な眷属ほどの力を発揮する。

 だが、対するのは邪神の欠片であるアトラと、稀代の大魔道師イブ、そしてグレート・オールドワンズに名を連ねることになったシャタクの三人。


「なんだかこれが最後みたいな感じですね。大規模な戦いって言う感じがします」


「みたいというか、これが最後なのであろう」


「ふむ、此方としても面倒ごとが片付くのは良い事じゃ」


 並び立つ三人娘めがけて、勇者達が襲い掛かってくる。

 糸を使う者と、短距離瞬間移動を繰り返しながら攻撃を仕掛けてくる勇者は、アトラがサクッと絡め取って吸い尽くした。

 魔法を使う勇者たちは、イブが真っ向から彼等の魔法の術理を解き明かし、それを暴走させて自滅させる。

 シャタクは無造作に、物理系勇者たちをまとめて薙ぎ払った。

 あっという間に勇者掃討完了である。

 所詮人間の身。

 それを超えた超常の存在に抗えるはずもない。

 ましてやこれは正面対決である。普段行っている待ち伏せや奇襲もできず、どうやって一糸報いるというのか。


「あああ! 折角転生させてやった36人の勇者がみんなやられた!」


 イホウンデーは文字通り地団太を踏んだ。

 外見は巨大なヘラジカの角を生やした、精悍な女性である。彼女は見た目どおりに情熱的らしい。

 イホウンデーはキッと三人娘を睨み付けた。


「もういいわ。私自ら蹴散らしてやるんだから!!」


 そう言って、のしのしと前進を始める。


「”ファロールに関する記述”……」


 イブが魔道書のページを開く。浮かび上がる幻の金星と、そこに潜むグレート・オールドワンズであるファロールの力を借りた大魔術だが、


「ふん、子供だましね!」


 ファロールが放った、物理的な力すら秘めた視線を、イホウンデーはその角を振り下ろして叩き潰した。

 動作こそ大雑把だが、これは抗魔術の一つである。彼女の角の一本一本が、一つの大陸に匹敵するほどの魔術容量を秘めており、さりげない所作全てが大仰な魔術儀式と同等の効果を発揮する。


「なんと、我の魔道書が!」


 ファロールのページが千切れ飛び、イブは驚愕の叫びを上げた。

 その時には既に、イホウンデーはイブの目の前に迫っている。


「人間の魔道師如きが!!」


 振り上げられた拳が叩きつけられる。

 その寸前で、アトラが糸の壁を作り出した。

 そしてイブを抱きかかえながら飛び退る。


「すまぬ」


「いいのじゃ。それより、あの壁ももう持たんぞ」


 アトラの言葉の通り、邪神アトラク=ナクアの呪力を込めた糸の壁は、まるで障子紙を破くように引き裂かれ、消滅する。

 イホウンデーは拳を突き出した姿勢で、角を輝かせている。


「なんで逃げてるのよ!! 数が減らせないじゃない!!」


 激昂して叫ぶと、ヘラジカの女神の角が放電を開始した。


「まずい、アトラ殿!」


「うむ!」


 アトラは糸のシェルターめいた壁を作り、攻撃に備える。


「ああっ!!」


 イホウンデーは叫ぶと同時に、無差別な雷の雨を降らせた。

 一撃一撃が山をも焦がすほどの太さである。

 海は蒸発し、地は融け、空気は焼かれて異臭を放つ。

 ハイパーボリアの地形すら容易に変えてしまうような一撃である。この大陸で誰よりも信仰されていた女神が彼女だったが、その信仰に過去の隆盛の面影は無い。

 ツァトゥグァによって大陸の信仰を奪われてしまった彼女は、もはやこの島に遠慮する事などないのだ。


 瞬く間にシェルターを砕かれ、アトラはイブを抱きしめながら吹き飛ばされた。


「うぐっ……!」


 数百メートルも地面を削り、ようやく止まる。

 魂だけの存在とは言え、同じ邪神であるアトラをものともしない強さ。


「シャタク殿は……!」


 イブがもう一人の名を呼んだとき、天空の一箇所で、雷撃は弾き飛ばされた。

 そこに浮かぶのは、真珠色の球体である。

 珠が解けると、それは翼と尻尾になった。元に存在するのは、金髪碧眼の少女。


「とんでもない一撃ですね……。流石は神の一柱です」


「たかが天竜種の生き残りが、大した出世をしたものね……。その気配、完全に私たちと同じ側の化け物じゃない」


「望んで得た力です!」


 シャタクが飛翔する。

 拳を前に構えての空中からの突撃は、まるでスー●ーマン的で実にかっこいい。

 対するイホウンデーは、角に宿る魔力を開放して出迎える。


「だったら、その力ごとぶちのめしてあげるわ!!」


 角から放たれたのは五色の輝き。

 赤い輝きが燃え上がり、青い輝きが凍りつき、黄色い輝きは目を眩ませ、白い輝きは全てを押し流し、緑の輝きが侵食してくる。

 シャタクはこれを、真っ向から受け止める。

 むき出しの手足にまで、真珠色の装甲が浮かび上がる。

 彼女自身が放つ輝きが、イホウンデーの攻撃を跳ね除けるのだ。


「あんたうざいわね!! 物理以外無効って何よそれ!!」


 飛び込んできたシャタクを、イホウンデーは吼えながら迎え撃った。

 拳と角が激突する。

 鈍い金属音が周囲一体に鳴り響く。

 二者の激突が、彼女たちの足元にクレーターを作り出し、重力に異常を生じさせる。


「私は、あんたみたいな女嫌いなのよ!」


 イホウンデーの腕がシャタクの翼を握りしめ、力任せに地面に引き摺り下ろした。


「私もあなたが嫌いです!」


 シャタクは尻尾で、したたかにイホウンデーの横っ腹を打ち据える。


「何よ! 気が合うじゃない! だけどあんたは大嫌い!」


 イホウンデーの蹴りがシャタクの太ももを腫れ上がらせる。


「同感ですね! だからとっととやられてください!」


 シャタクの拳がイホウンデーの顔面に青タンを作った。


「何言ってんのよ! 新参者はベテランを敬いなさい!」


 イホウンデーのパンチがシャタクの頬骨に青あざを作る。


「お局様はそろそろ大人しくしていたらどうでしょうか!」


 シャタクの肘がイホウンデーのこめかみを切って血を流させる。


「あああ、もう!!」


「埒が明かないですね!!」


 二人は回避を捨てて、全力の一撃を拳に込めた。

 放つ。

 これは渾身のクロスカウンターである。

 並のレッサー・オールドワンズであれば、一撃で消滅させるような威力が篭った拳が交錯し、お互いの顎にヒットした。


「……やるじゃない」


「……あなたもです」


 二人はニヤリと笑いあうと、そのまま膝から崩れて倒れこんだ。

 ダブルノックアウトである。





「女子こわい」


 守の呟きに、ナイアーラトテップも真剣な顔で頷いた。

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