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ひと夏の大邪神  作者: あけちともあき
邪神生活8日目:つかの間のホリデイ
24/28

8月8日、真夏の夜の接近遭遇

「でも、どうしてマモル様だったんでしょうね」


 深夜と言う時間帯。

 辺りはすっかり静かで、ぽつりと漏れたシャタクの声が響いた。

 守は完全に爆睡モード。

 大変お疲れの様子で、明日もきっと賢者モードであろう。


「どうして、と言うと?」


 イブの返答が帰ってきた。

 彼女も起きていたらしい。

 目の中に焼きついている、今日の花火を反芻していたところであった。

 そこへ来て、シャタクの唐突な質問である。


「私達が神を呼び出して、それがマモル様で……、イブさんと出会って、アトラさんを目覚めさせて、色々な神様と出会って」


「ああ。怒涛のような数日間だったのである」


 イブが最初の頃、イベントの連続でびっくりし過ぎて気持ち悪くなっていたのが懐かしい。

 これが、まだ一週間そこそこの日々で起こった出来事なのだから、思い返してみれば驚くばかりだった。


「それで、私達が出会った方が、どうしてマモル様だったのかな、なんて考えてしまって……。不満なんて無いですけど、マモル様はとっても優しい方だから」


「うむ、確かに、闘争心は欠片も無い方だ。インターネットで調べたのだが、草食系男子と言うらしいな」


「それが、あんな激しい戦いを連続ですることになるなんて……私のせいで気苦労をかけてしまったのかな、なんて考えてしまうんです」


「この御仁、あれはあれで楽しんでいたようだがな」


 シャタクとイブは、守を挟んで右と左。

 アトラは早々に、いつものハンモックを張って天井からぶら下がっている。

 蒸し暑い夏の空気の中、守の肌はひんやりしていて気持ちいい。太っちょにしかできないアドバンテージである。


「マモル様の生まれは元より神であった。だから、早かれ遅かれ、こうなる運命だったのだろう。シャタク殿が気に病む必要は無いと思うが」


 イホウンデーの加護を受けた勇者を一蹴する様など、胸がすく思いだった。

 大体あのイホウンデーの神官は、最初はイブに粉をかけてきたのだ。

 自分は神の加護を得て、チートな能力を持った勇者だから、俺に惚れろ、的な。

 確かに常軌を逸した力だったが、イブは伊達に長い年月を生きていない。神官の人格が腐りきっていることを見切り、お断りしたところであの始末だ。

 一見した容姿は優れていたが、内面は信じられないほど醜悪だった。

 イブが知る勇者たちは、異常なほど承認欲求に取り付かれていた。


「確かにそうですよね。あの人たち、男性を相手にした時と、私たちを目の前にした時で態度が全然違うんです。あまりにも下心丸出しで、気持ち悪くて……」


 わかるわかる、と女子たちの会話。

 なんとなーく薄く目覚めていた守は、背筋の寒くなる思いである。

 勇者達が気の毒になる。

 きっとあの勇者たちも、前世や召喚前は、自分のような恵まれない境遇だったのだろう。

 明日は我が身である。

 そんな守も、今や日々賢者モードの毎日だ。

 これはこれで大変なのだよ諸君、なんて考えてみる。

 そのうち転生勇者達に刺されそうである。


 会話が止んだ。

 二人がじっと自分を見ている気配がする。

 やばい、起きている事に気付かれたかもしれない。

 守は身を硬くして、たらーり、たらーりと汗をかいていると、


「私、ちょっと夜風に当たってきます」


 と言ってシャタクが立ち上がった。


「我も行こう。どうも、花火とやらが目に焼きついて離れない。あれは良いものだな」


 イブも連れ立って出て行く。

 彼女達が遠ざかっていく足音を確認して、守は体を起こした。

 危ないところだった。

 何が危ないかは分からないが、こんな蒸し暑い夜に冷たい汗をかいてしまった。

 そこで、もしやアトラも起きているのでは!と思い、


「あのー、アトラさん」


 声をかけたら、返事でいびきが返って来た。あれは寝ている。

 そもそもこの人は悠久の時を生きている邪神だから、細かい事なんか気にしない人なのだ。

 守はアトラを起こさないようにこそっと起きると、下の階に飲み物を飲みに行った。

 パンツ一丁姿である。

 汗をかいていたせいで、夜気がひんやり気持ちいい……わけはない。じめっとしてる。


 こっそりキッチンへ行って、麦茶を取り出してマイコップに注いで一気に飲んだ。

 冷たい麦茶がお腹の底へ下っていくこの感じがたまらない。

 リビングの方から会話する声が聞こえてくる。

 シャタクとイブはそこにいるのだろう。

 こそっと足音を立てないようにリビングの前を通り過ぎて、部屋に戻ろうとした。

 すると、ばったり出会ってしまった。

 ここにいるはずの無い人物である。

 顔かたちは白人の造形なのに、黒い肌の人。

 ナイアーラトテップ。


「こんばんは」


「こんばんは」


 お互いに挨拶を交わした。

 ハッと気付く。僕は裸だ。キャッ、恥ずかしい。


「ああ、お構いなく。正式な訪問では無いのですよ」


 ナイアーラトテップは寛大であった。だがそもそも彼は不法侵入である。

 その事に気付いたので、守は人を呼ぼうとした。

 すると、ナイアーラトテップは、


「いえいえ、別に怪しいものでは無いですよ」


 充分怪しい。

 そもそも、彼以上に妖しい存在がこの宇宙にいるだろうか。


「実は宣戦布告に参ったのです」


「宣戦布告に。なんでこんな時間に」


「意外性がある方が心に残るかと思いまして」


「確かにびっくりしたよ」


「それは良かった。今回の宣戦布告で最後です。私の妻は、この勝負に負けたらハイパーボリアから手を引きましょう」


 つまり、最終決戦の申し出ということだ。

 邪神になってから八日目……いや、もうそろそろ九日目か。

 展開が速い。


「分かったよ。でも、なんであなたが伝えにくるわけ?」


「まあ、それは妻が始めた事ですから……というか、この事態の大本は私なんですよ」


「それは薄々。でも、どうしてこんなこと始めたの?」


「水は停滞していると腐ってしまう訳ですよ。宇宙もまた同じ。たまには不確定要素を放り込んでかき混ぜたほうがいい。それが我が主のご意志です。……ま、滅多に意志なんて示してくれませんけどね」


 そう冗談めいて言った後、ナイアーラトテップは普通に玄関から帰って行った。

 どうやらこの波乱に満ちた邪神生活にも終わりが見えてきたようだ。

 少しだけ寂しい気持ちになる。

 佇んでいたら、戻ってくる途中のシャタクとイブが、守に気付いてびっくりした。


「マモル様、どうなさったんですか?」


「話に夢中で、近くにマモル様がいたことに気付きませんでしたぞ」


 守は少し笑って答えた。


「ちょっとだけトイレにね。大きいほう」


 決戦が近い。

 かもしれない。

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