8月8日、花火、花火
とりあえずもう、浴衣はレンタルショップに駆け込む。
学校近くにその系列のチェーン店があったので、守の分もレンタルした。
今日の今日である。
母の知らせにしても、いきなり過ぎる。
既に日は暮れかかっており、お店に合った浴衣もそれなりのものばかり。
シャタクはなにやらキラキラする、金色の浴衣を選んだ。
イブはなにやら黒くて闇が深そうな浴衣を選んだ。
アトラは白くて柄が少ないのを選んだ。
守の浴衣だけが選び放題であった。
この体格の男性のレンタルが、今日は少なかったのだろう。
三人娘による喧々諤々の論争の末、青い柄の結構鮮やかな浴衣に決まった。
さあ、繰り出そう。
守の通う高校がある駅から二つ下ると、その沿線の始発駅がある。
始発からさらに山奥へ続く秘境線みたいな路線もあるのだが、まあこれは今日は関係ない。
「川です、マモル様」
「川だねえ」
川原に下りていくと、この上流で打ち上げが行われているので、よく見ることが出来る。
視界の先には橋がかかっていて、ちょうど橋梁の上に花火が咲くという按配だ。
本日は晴天。
守的には、邪神も花火なんか見てほっこりするものなのか、なんて危惧はある。
何せ、彼等自体が煌びやかな外見をしていたりするのだ。忌まわしい姿ではあるものの、色彩だけを見れば実に鮮やかな事この上ない。
彼女達が退屈しないかどうか。それが問題であった。
結論から言うと杞憂であったわけだが。
「うむ、マモル様のパソコンで調べて知っておりますぞ。花火と言うのは空にカッと明るく咲く火薬の花でございますな」
「ほほー。しかしそれくらいなら、炎を吹く者も此方等の仲間にはおるだろうに」
「それが、金属の化学反応を用い、多様な色彩を作り出すとか」
「ははー、人間もやるもんじゃのう」
これはこれで楽しみにしているらしい。
とりあえず、母からもらった軍資金を使い、当座の腹ごしらえをする。
こういうイベントともなると、屋台はバッチリやってきていて、川原にずらりと見覚えのある店構えが並ぶ。
今日はいつもと雰囲気を変えて、焼き鳥を買って見る事にした。
他の三人はコーラとオレンジジュースだが、イブだけ生ビールである。
四人で乾杯して、焼き鳥を食べながら屋台の間を練り歩く事にした。
「なんだかお祭りって言う気分だね」
守が言うと、
「へえ、マモル様の世界のお祭りってこういう感じなんですね。ハイパーボリアだと、お店を出すって言うことは全然無くて」
シャタクが住んでいた場所の近くはヴーアミ族の集落くらいしかない。
そもそも行商でも来ない限りは貨幣が機能しないような僻地だ。商売するよりは、保存してある食物や、特別に狩りをした獲物をパーッと騒ぎながらみんなで食べるイベントが祭りであろう。
コモリオムあたりは、こちらの世界の祭りとそう変わらないのかもしれない。
「ああ~、この焼き鳥というのはまた、ビイルと合いますなあ……」
しみじみと言いながら、イブがねぎまを頬張る。
グッとビールを飲み込んで、脱力しながらため息を吐く所など、仕事帰りのOL的な叙情が漂っている。
対して、アトラはお子様舌のようだ。
守から受け取った軍資金で、べっ甲飴やりんご飴、綿菓子と言ったお菓子系をどっさり買ってきている。
それを甘いオレンジジュースで流し込むのだ。もちろん果汁100%ではない。
「やっぱり甘いものはいいのう。此方はこれこそがサイクラノーシュで一番優れた文化だとおもうぞ」
ちなみにシャタクの好物は、守が好きなものである。
だから彼女は常に守に合わせ、コーラを飲むし、ジャンクな食事も大好きだ。
今も守の横でニコニコしながら、コーラを飲みつつソースせんべいを齧っている。
一度、
「僕に合わせないで好きなものを頼んでいいよ」
と言ったのだが、
「私が好きなものは、マモル様の好物と一緒なんですよ。だから今、とっても満足しているんです」
と満面の笑顔で返してきたので、まあいいか、ということになっていた。
実際、蛇人間の文化圏では、味覚と言うものはさほど重要視されない。
どちらかというと喉越しとか、お腹への収まり具合とか。
なので、シャタクとしてはどんなものであっても新鮮なのであろう。
守が美女三人を侍らせて、川原でまったりしていると、やはり美女目当ての男たちと言うのはやってくるものである。
守とシャタクが隣り合って仲睦まじいので、ここまでは声をかけてこない。
シャタクの美貌に、みんなチラチラ目線を走らせているのだが。
「ねえ二人とも、女の子だけで花火見に来たの?」
「俺たちも、男だけで来ちゃってさ……。ちょうど二人と二人だし、一緒に行動しない?」
なんて具合である。
明らかに日本人ではない外見のイブやアトラに物怖じしないあたり、天晴れな男たちではある。
二人の美女は、守に目線を向けて、どうするか問う。
「んー、たまにはいいんじゃない? 奢ってくれるかもよ?」
その守の言葉で決まった。
二人は男性連れと一緒に立ち去って行った。
彼等の財布が空になるまで、屋台で散々飲み食いする事だろう。イブと一緒の彼はアルコールで潰されるかもしれない。
「マモル様は、お二人が心配ではないのですか? 他の殿方と一緒になってしまうとか……」
「人間じゃ、あの二人を相手できないからねえ。でも、僕がもらってきた軍資金にも限りがあるから、これは緊急手段だよ」
ちなみに、二人にはプリペイド式携帯を持たせてあるので、男性二人が倒れたところでイブとアトラを迎えに行くことが出来るようになっている。
男性二人が犠牲になることは決定事項だ。
「それに二人とも気を遣ってくれたみたいだよ」
言うと、シャタクは周囲をきょろきょろしてから、ちょっと赤くなった。
周りにはカップルばかり。
守と二人で並んでいる自分がどう見られるか。自明の理だった。
「いいんでしょうか」
「二人公認の機会だもん。一緒にいようよ」
「……はい」
シャタクの重みが守の肩にかかった。
そこで、ちょっと離れた川の上流。ひゅるひゅると音を立て、空に上っていくものがある。
すぐ後に、ぽんと弾けた。
赤と金の光が空に広がり、星々をかき消すような明るさで、見上げる人々を照らし出す。
ぱらぱらという音とともに、輝きは薄れて、また星空が戻ってきた。
「儚い光ですね……。でも、綺麗……」
シャタクが袖口を、ぎゅっと握ってくるのが分かった。
守はその手のひらの上に、自分の手を被せてみた。
彼女の手はほんのり汗ばんでいたが、蒸し暑いこの夜でも、互いの体温が心地よく感じる。
「ほら、シャタクさん、また上がるよ……!」
二人が見つめる先で、次々に花火が打ちあがり始める。
この空の下、どこかで色気より食い気の二人がいるのだろう。
しかしここでは二人きり。
守は慌しい邪神生活の中で訪れた、このひと時の安らかさを堪能するのであった。