8月8日、邪神達が沈黙
たまには休日があるものである
一仕事終えた翌日、守たちは今日一日、だらだら過ごす事に決定した。
考えてみれば、邪神として生活を始めてから一週間、生き急ぎ過ぎてきたような気がする。
もっと人生、長い目で見て、ゆっくりと生きてもいいのではあるまいか。
「うむ、賛成じゃ。此方等の命は長いからのう。100年位何もせんでもいいくらいじゃ」
「それでは我の寿命が尽きてしまいますな」
「おや、イブは人間なのじゃったか」
「いや、半分魔道書に命を分けております故、これがもつ限りは死にはしませんが、流石に邪神の方々に倣うほどの時を生きることは難しいでしょう」
これからどれだけ生きるのかなんて、今考えるのも気が遠くなりそうな気がする。
守自身はまだ16年弱しか生きていないのだが、恐らくこの場にいる女子たちは皆、守よりずっと年上なのだ。
「もう、お二人が面白くない話をするから、マモル様が考え込んでしまったではありませんか。まだマモル様は邪神になられて日が浅いのですから、難しい事は抜きにしませんか?」
「それもそうですな」
「うむ、此方なぞ、いつまで巣を張ることになるかとんと見当も付かぬ有様じゃしな! この話はきりがない、やめじゃ!」
そういうことになった。
しかし、こうしてだらだらしていてもこれはこれで楽しいのだが、人としていかがなものだろう、なんて守は危機感を感じる。
何かやらねばならない気がする。
それなら、よし、ゲームだ。
守は据え置き型ゲーム機を起動した。
夏休み前までは、両親と一緒に遊んでいた陣取りタイプのゲームである。
コントローラーは三つ。
「お! マモル、何じゃそれは!!」
真っ先に興味を抱いたのはアトラである。
この邪神、なんにでも興味を抱く。
「じゃあアトラさん、やり方教えるからこっちきてよ」
マンツーマンと言う形で、守のゲームルール、操作方法講座が始まる。
アトラは、守に横から覗き込んでもらいながら色々やっていたのだが、まだるっこしくなったらしい。
「ええい、この方が手間が掛からなくていいわ!」
そう言って、わがままボディを守の足と足の間に滑り込ませた。
アトラの背中が守の胸を押すような形になる。身長こそアトラの方が高いが、座高は守の圧勝のため、こうやって座ると非常にいい塩梅のところに彼女の体が来る。
それを見て、シャタクが目を剥いた。
「ななななななななな、なぁにをやってるんですかアトラさん!!」
「何って、守からゲームというのを教えてもらっておるのじゃ」
「おお、よさそうですな。では我も次は同じ姿勢で教えてもらいましょう」
「イブさん!! ええい、ならば私も!」
「シャタクは三番目じゃな」
「シャタク殿は我の次で」
「きいい」
「みんな、仲良くしよう」
慌てて守がフォロー。
かくして、一時間ほどかけての守直々のレクチャーの後、女子三名による陣取りゲームが開始されたのである。
操作可能なキャラクターが全て深きものどもであるというニッチな陣取りゲーム。
カラフルな粘液を放って周囲を自分色に染め、最終的な粘液の面積で勝敗が求められる。
粘液は、奉仕種族モードに変身する事で自在に泳ぎまわることができる。
「目に物を見せてあげます」
「ふふふ、我は既に操作を完全にマスターしている故、負けることなどありえない」
「何じゃ、おぬしら気合はいっとるのう」
三者三様の意気込みにて、ゲームがスタートした。
とても女の子の上げるものとは思えないような怒声や咆哮が聞こえてくる。
守はとりあえず、彼女たちの戦いを労う為に、夏のおやつを作る事にした。
サイダーとフルーツジュースを合わせた、ソフトドリンクのカクテルに、チェリーやオレンジの輪切りを添えて、ちょっとトロピカルな雰囲気に。
そして主菜は夏の王者、スイカである。
スイカにソフトドリンク。おなかを壊しそうな組み合わせである。
だが、彼女たちは人間ではない存在。きっと大丈夫であろう。
「守は気が利く子ね。あの子達も幸せだわ」
母が満足そうに微笑んでいる。
「うん、今みんな手が離せないからね!」
それだけ答えて、守はお盆を手にマイルームとへ帰還した。
すると、シャタクが床に突っ伏しており、イブは力なく横たわり、アトラが一人きょとんとしていた。
「何じゃお主ら。そんなにショックだったのかや?」
画面を見ると、陣取りのおよそ6割がアトラの陣地であった。
恐らく、アトラは蜘蛛という特性上、陣地を作ったり守ったりするのが得意……なのかもしれない。
そしてアトラと戦う際に、シャタクとイブは協力する事などなく、容赦なくお互いを潰しあったに違いない。
その結果、粛々と陣地を広げていたアトラに二人まとめて平らげられたと。
「マ、マモル様は遠見の力をお持ちだったのですか!」
「もしや部屋にマモル様の使い魔がおるのですか!?」
図星らしい。
「とりあえず、僕がドリンク作ってきたから、スイカ食べながらのんびりしようよ。ゲームなんだし、熱中し過ぎないくらいでさ」
守がとりなして、一時休戦。
「しかし、やはりディープワンを扱うゲームは我には合いませんなあ……。感覚が掴めなくて」
「イブさん、さっき完璧だって言ってたじゃないですか」
「あ、あれは言葉のあやで」
「ストーップ!」
守のいつにない強い語気で、二人はしゅんとして黙り込んだ。
これはいけない。
シャタクとイブが、ここまで勝負事で熱くなる性格だったとは。対戦型ゲームは封印するしかあるまい。
「マモル、それでは此方とやってみんか? かなりコツもつかめてきたところじゃ。シャタクやイブとやると、二人でばかり争っておってつまらん」
「なるほど、じゃあ僕が最後にお相手するよ」
守はスイカの汁が付いて指を舐めてからティッシュで拭う。
その指先を、シャタクとイブが物欲しそうに見ていたのは見なかったことにした。
ゲーム開始である。
このゲームにおける守のスタイルは、ガン攻めである。
序盤の段階で相手に勝負を挑み、陣地を広げながら、中盤以降は集中力の限界まで、互いの陣地を削りあう。
途中でアトラは集中力を切らし、守に押し切られてしまった。
終了後、コントローラーを手にして呆けているアトラ。
「だ、大丈夫?」
「つ……疲れるものじゃのう、ゲームとは……。此方はこういう娯楽はダメじゃ……」
守は本気になってやってしまったので、大人気なかったと反省。
しゅんとしたアトラの頭を抱き寄せて撫で撫でしてあげる。
「あーっ!」
「マモル様!」
抗議の声も無視する。
しかし、この三人とやる暇つぶしとなると、どうもゲームは不適格である。
さて、どうしたものか……なんて考えていると、扉がノックされた。
母である。
「守、今日は学校の近くで花火大会があるそうだけど……」
「それだよお母さん!!」
一も二も無く、守はその提案に飛びついたのである。