8月1日、人を超え神を超えいでよ全ての時空に存在するおじいちゃん
神様が不思議な力を授けてくれるんですよッ
世界は光に包まれたーーーーっと思った次の瞬間には、守とシャタクは奇妙な空間に立っていた。
そこは、空が無く、地面も無く、壁も無く、果ても無く、見渡す限りは虹色で、ごちゃごちゃとしている。
ドラ●もんのタイムマシン空間に似ていると言えばお分かりいただけるだろうか。
「おっ、なんだろうこれは」
「我が神よ……! 何が起こったのでしょうか!」
「あ、僕の名前は伊調守です。守って呼んで下さい」
「あ、はい、マモル様」
シャタクが怯えてすがりついてくるが、守はその独特な容姿から、実は女の子と手を繋いだりした事が一度しかない。その一度も、彼の数少ない友人の彼女だったりするので、シャタクの行動に、守の脳みそはフリーズした。
プシューと煙を上げて固まっているのだが、シャタクには泰然自若として動じないように見えたらしい。
「恐れていらっしゃらないのですね。流石マモル様です」
買いかぶり過ぎですおっぱい当たるの気持ちいい、と思考している守。
そんな彼らに、突然声が降りかかった。
『まずは試練を潜り抜けたか。守よ』
「こ、このシチュエーションは……神様!」
守は周囲を見渡した。
すると、いつの間にか、遠くの空間に輝くものが浮かんでいる。
それは一言で言うなら、ぶくぶくと泡立ち続ける触手の塊だった。泡の一つ一つが太陽くらいの大きさがあることが、直感で分かる。
そんななんだか分からない存在が自分たちに話しかけている。
「あう、ああ……あああ」
畏れのあまり、シャタクは身を強張らせて震える。
だが、守は別にそんなことなかった。
むしろ、あのわけの分からないものに見覚えすらあった。
この脳内に響いた声色と、あの触手の塊が放つ雰囲気……。
「あれ? もしかしてじいちゃん? ウムルじいちゃん?」
『そう、その通り。お前のおじいちゃんだよ守』
触手の塊は、姿を変えた。
フードを目深に被った男の姿である。見覚えがある祖父の姿でもあった。
「じいちゃん海外にいるんじゃなかったの?」
『わしは全ての時空と時間に偏在しているからのう。海外にいるとも言えるし、伊調の家にいるとも言える』
「ふーん」
『そして守、お前をここに召喚させたのはわしじゃ』
「ええっ!? それじゃあ、じいちゃんが神様役なの? とてもそんな風には見えないなあ」
『ほほほ、そんなにフレンドリーに接してくれるのは守とばあさんだけじゃよ。さて守よ。お前、幼い頃からその容姿のせいで理不尽な目にあってきたじゃろう。何故だと思う?』
「うーん、生まれつきだからね、仕方ないね」
容姿について両親を恨むのは筋違いだと思う。
何せ、守の両親は共に特徴的な外見だが、こうして出会って結婚して守を設けたのだ。
こういう理解者が世界のどこかにいるかもしれないし、今はまだその時ではない……なんて思うからだ。
それに、守には理解者と言える友人たちもいる。
まあ、外見があれでも、人生そんなに捨てたものでもない。
『なんじゃ、思ったより健全に育っておるのう。良かった良かった。ちなみに守、お前がそんな外見なのは邪神だからじゃよ』
「えっ」
衝撃的なことをスルッと言われた。
「それは僕がこの世界に召喚されて、特殊な力を与えられて邪神として君臨するとかそういう?」
『いや? お前は素で邪神じゃよ。あっちの世界だと色々と封印が多くて、本来の力を発揮できないんじゃろ。その方が生活しやすいし問題ないと思うがのう』
「えーと、じゃあさっき、僕の姿を見てみんなが腰を抜かしたのは」
『ありゃお前の素の力じゃのう。心が弱い奴なら、守を正視しただけで心が壊れるぞい』
「これはひどい」
『つまりわしは守の召喚に手を貸しただけで、力とかなーんも与えておらん。敵は何やら力を与えられた転生者や、異界召喚者が三ダースほどおるが、まあ素の守一人で蹂躙できるじゃろう』
「えー。無責任なあ」
『そんな事より守、早くお前にくっついとる娘を眷属にしてやらねば、大変な事になるぞ。具体的には狂い死ぬぞ』
「えっ!? そ、そういえばシャタクさん、じいちゃんが出てきてから何も喋ってない」
『この空間でわしを正視すれば、神でもない限り狂い死ぬからのう。早く眷属にしてやるのじゃ』
「具体的には何をすればいいのさ」
『チッスするんじゃ』
「えええーっ!!」
守は甲高い声を上げて飛び上がった。
シャタクをくっつけたまま飛び上がったあたり、確かに身体能力が上がっているようだ。いや、祖父の言葉を借りるなら、これが守本来の力ということか。
「キスするの!? だってキスしたの見られて友達に噂とかされると恥ずかしいし」
守が気持ち悪いしぐさでもじもじする。
『大丈夫じゃよ。むしろこのチッスは人助けじゃよ。それにその子は巫女じゃぞ、守にぞっこんじゃぞ! むしろ惚れられるぞい! 人助けだと思ってな、な。このじいちゃんに守のかっこいいところ見せてくれ。な!』
「そ、そうかあ。僕がキスしないとシャタクさんは死んでしまうんだね。そ、それならばシカタナイ」
守はシャタクの背中を支えると、ギュッと抱き寄せた。
震える彼女の身体はしっとりと汗で濡れていて、暖かい。
守は緊張にまみれながら顔を近づけ……ちょっと勢いをつけすぎたようで、お互いの歯がカツーンとぶつかった。
「うっ」
「うっ」
二人で前歯を押さえてうずくまる。
今のは結構痛かった。
だが、キスの判定は成功扱いらしい。シャタクは正気に戻ったようである。
『かっこ悪いのう』
「ひどいよじいちゃん。僕初めてなのに」
「わ、私も初めてです」
『おお、初めて同士か。では上手くいかんのも仕方ないのう。それで、守や。お前はノーデンスの馬鹿者がそそのかした、残り三十五人の勇者を打ち破らねばならんのじゃ』
シャタクさんの唇も初めてだったとは嬉しい話である。
ちょっと彼女を意識していたら、祖父が本題をぶっこんで来た。
ついさっきまで、普通?の男子高校生だった孫に、あんまりな仕打ちである。
「うーん、正直気が進まないけど、それをきちんと果たさないと元の世界に帰れないんだろ?」
守が普段から読んでいる小説では、そんな設定の話が多い。
だから、ちょっと面倒な事になったなあ、なんてため息をつきたくなる。
ところがだ。
『いんや、好きな時に帰れるぞい? ほれ、この銀の鍵をやるぞ。こいつを目の前の空間に突き刺して、錠前を開ける要領で回すんじゃ』
「えっ、そんな簡単なの。でも副作用とかあるんでしょう」
『いや、別に。あ、一応ただの人間がこの扉をくぐると運命が狂ったりするのう』
「えげつないなあ」
『でも守は邪神じゃろ。そこの娘は眷属じゃろ。ノープロブレムじゃろ』
「あっ、確かに」
「上手くできてますね」
三人でわっはっはと笑った。
「そんじゃあ、僕はまだ夕食の途中なんで帰るね。シャタクさんまた後で」
「マモル様、私もご一緒いたします」
「えっ」
助けを求めるようにじいちゃんを見ると、彼は適当な感じで答えた。
『まあいいんじゃないのかのう。物事は行き当たりばったりくらいでちょうどいいんじゃ』
「……そんなもんかなあ」
守は受け取った銀の鍵を、目の前の空間に突き刺すイメージをした。
すると、鍵の先端が光りながら消えて行き、突き当たりに到達した感触がある。
ぐりっと回すと、ガチャリと空間が開いた。
まるで扉のように、向こう側の景色が広がっている。
「んじゃ、行こうか」
守はシャタクに手を伸ばした。そして、今までの人生で何度と無くスルーされてきたこの手のひらを思い出してブルーになる。
だが、守の手は柔らかな感触に包まれた。
シャタクの白い手が彼の手のひらを掴んでる。
「はい、マモル様。これからよろしくお願いします」
二人は現代日本へと帰還したのである。