8月6日、おいでよヴーアミの里
「ふいーっ」
朝っぱらから異世界に呼びだされた守は、シャタクとイブを引き連れて、ヴーアミ族の集落を襲っていた勇者三名を文字通り捻り潰したところである。
アトラは寝坊して起きてこなかった。
あの蜘蛛の女神は、どうやら低血圧らしい。
昨夜、おみやげを持って来なかったことで、守はイブに色々な意味と精神的にも肉体的にもこってり絞られたので、朝から賢者モードである。
対して、非常につやつやしているイブは元気である。シャタクもつやつやしている。
「ついに勇者ども、描写もなくやられるようになりましたな」
「イブさん第三の壁を超える発言自重しよう」
「今回の勇者は弱すぎましたね。おそらく、イホウンデーの言うことを聞かずに飛び出してきた輩ではないかと思います」
何せ、守を直視して正気を失い、変なことを叫びながらめちゃくちゃに走りだしたところを、三人でそれぞれ仕留めたのだ。
一番最初の勇者くらいの強さであろう。
結果、なんとヴーアミ族の集落に人的被害が出る前に解決というスピードである。
時間が余ったので、集落を観光していこうという話になり、守たちはヴーアミ族達が住む村へ足を踏み入れた。
「おや、外がなんか騒がしいと思ったら」
第一ヴーアミ族発見である。
守を直視しても正気を失わない。
ヴーアミ族というのはツァトゥグァを信奉する一族らしい。
ということは、イブのような眷属と同じパターンであろう。
本気モードの4mくらいになった守を見ると、おそらく発狂するだろうとイブは言っていたが。
「ええ、外にイホウンデーの手下がいたんでやっつけてきました」
「あれまあ」
第一ヴーアミ族はおばちゃんであった。
彼女はイブのような褐色の肌で、黒い髪をしている。体格は日本人よりもちょっと小さいか。
「そういえば、後ろにいらっしゃるのはシャタク様じゃないの」
「お久しぶり、ヴーアミの方」
蛇人間とヴーアミ族は、種族の違いからあまり交流はないが、ともにツァトゥグァを崇める仲間である。
互いの偉い人達の顔くらいは知っていた。
シャタクは蛇人間の頂点である。
そんな彼女が、一人の男の背後に傅いている。そうなれば、男の正体など一つであると言えよう。
ヴーアミ族は決して愚かな人種ではない。
「それじゃあ、そちらの旦那様はまさか……ツァトゥグァ様!?」
「はい、ついにご降臨あそばしたのです!」
「ツァトゥグァ様!?」
「ツァトゥグァ様がいらっしゃっただって!?」
家々から、次々とヴーアミの民が飛び出してくる。
わーっと集まってくると、彼らは次々と平伏し、なむなむと拝み始める。
「ああー、ありがてえ、ありがてえ。まさか死ぬ前にツァトゥグァ様を拝むことができるなんて……」
「ねえお母ちゃん、あのふとっちょの人がツァトゥグァ様?」
就学前位の年齢の幼女がやってきて、間近で守を見上げた。
髪の毛を頭の天辺で停めていて、ちょっと玉ねぎみたいで可愛い。
「こ、これ、チナ!」
「あー、いいんですよ。チナちゃん、そうだよ。僕がツァトゥグァ様だ」
しゃがんで、チナという名前らしい幼女の頭をなでなでする。
チナは守のホッペタやお腹をぷにぷにすると、
「やらかい」
と言って笑った。
この大変な失礼ぶりにヴーアミの民達は真っ青になって戦慄したが、
「まあまあ、子供のやることだから」
「ええ。ツァトゥグァ様は寛大でいらっしゃいます」
「うむ、しかし、分別の付いた大人が同じことをやったら、粉々にするのだよ」
守とシャタクの言葉にホッと胸をなでおろし、続いてイブの言葉に再び戦慄した。
「というか、その声……まさか、あんたは大魔導師のエイボン様!?」
「エイボン様女だったんだ……」
「ほえー、いい女だなや」
「エイボン様、わしのじいちゃんが子供の頃からずっといるんだが、なんであんなに若いんじゃ?」
「エイボン様、イホウンデーの神官モルギと、サイクラノーシュまで行ったって聞いたけど」
わいわいと交わされる噂に、イブは咳払いをしてみせた。
「魔術を極めれば、年など取らなくなるものよ。我はツァトゥグァ様とともにモルギを倒し、ともにサイクラノーシュへと向かった。そして今帰還したのだが、このことは内密にな」
ということで、この日、エイボンがハイパーボリアに帰還していた事は記録に残っていない。
この後、イブは弟子たちが作った魔道書、エイボンの書をチェックに行ったらしい。
彼女のが持っている元本と比べて、どれだけらしく仕上がっているかが気になるとか。
守とシャタクは、朝食をヴーアミの集落でとることにした。
村人たっての願いである。
広場には大きな敷物が幾つも用意され、そこにヴーアミの民族料理がずらりと並ぶ。
主だったものは肉の煮込み料理だが、それに加えて焼き物もある。
炭水化物は栽培している芋の類で摂るらしい。
全体的に野菜分が少なく感じたが、焼いた何かの肉の中に、たっぷりと根菜が詰まっていた。
「この芋、ちょっと油が多くて美味いね。塩味だけでも結構いける」
「ええ。守様の世界の食事も美味しいのですが、こちらの食べ物もとても美味しいのですよ」
守の記憶だと、異世界人は現代社会の料理に無双されて、現代料理を褒め称える展開が多かった。
だが、どうやらハイパーボリアは料理的にも豊かな文化を築いているらしい。
調味料は塩と自生するスパイスから取ったものくらいしか無いが、なんと食材に味がついている。
チナがやってきて、守の膝の上にちょこんと座った。
手には骨付き焼き肉を握りしめていて、口元も脂でべとべとである。
彼女は守を見上げると、えへへー、と笑った。
「可愛いですね、マモル様。私も子供が欲しくなっちゃいます」
シャタクが虎視眈々と狙っているのがわかる。
何を狙っているかというとナニを狙っているのだ。
いつもの頻度であれば、間違いなくアレでナニな事になるので、今からちょっと戦々恐々とする守である。
すると、彼らの前にちょっと威厳がありそうな老爺がやってきた。
「私が村長です」
「あ、村長さん。よろしくお願いします」
「ははーっ」
村長が五体投地した。
ツァトゥグァの信仰に、特にこれといった型はないのだが、村長なりの信仰の形がこの五体投地のようだ。
そんなもの見てても別に楽しいわけではないので、守は彼が満足するまでやらせておいて、ひとまずお替りをもらうことにした。
ヴーアミ族のご飯は美味しい。
ご飯の最中、そろそろ野良仕事をすると立ち上がる人々がいるので、守は無形の落とし子を貸してあげた。
畑を耕したり、害虫駆除をしたり、土壌改造をしたりくらいは出来るのである。
4時間位食べて飲んでおしゃべりをしてまったりしていると、イブが戻ってきた。
「まあ、魔道書としてはあんなものでしょうな」
魔道書に、エイボンの書なんていう大層な名前をつけられてしまって困ったらしい。
イブ的には、あのレベルの魔道書に名前は使ってほしく無いらしいのだが……弟子から、先生は特別すぎるんですと言われたらしい。
彼女もどっかと敷物に腰をおろし、肉などをつまみ始める。
「マモル様、食事が終わったらコモリオムにでも行ってみませんかな」
「コモリオム?」
「ハイパーボリアの首都です。人間族の都なのですが、アトランティスやムー、ツチョ・ヴァルパノミからも商人たちがやってきて、様々な商品が並ぶんですよ」
なるほど、この世界にも首都というものがあるらしい。
ヴーアミ族の集落がヴーアミタドレス山の中腹にあって、ここから歩いて一日のところに都は存在するらしい。
ツァトゥグァの信者だけが住んでいるわけではないので、姿は隠さないといけないらしいのだが。
「よし、じゃあ行ってみようか」
そういうことになった。
幼女を出そうと思ったけど数行しか持ちませんでした^^