8月5日、サミットは踊る
色々邪神の名前やら情報がダバっと出る回です
「なんかさ、七五三じゃないんだから……」
「素敵です、マモル様! とっても似合ってますよそのスーツ! 御髪もオールバックだと、普段の凛々しさがより引き立ちます!」
「あらあら、シャタクさんは守が大好きなのね」
「田胡さんも来るんだろう? この間のことお礼を言っておいてくれないか」
夕方から行われるという邪神会議のため、守は用意された一張羅に着替える最中である。
守の体型に合わせた燕尾服は、彼が身にまとうことで、ストレンジなシルエットを露わにする。
総髪にした髪型も相まって、どこかペンギンを思わせるのだ。
「我は行けぬ故、みやげ話を楽しみにしておりますぞ。マモル様、何ならば何か持ち帰ってきて下さっても結構です」
「何じゃ! めかしこんでおるのう。テキトーでいいのじゃテキトーで」
「アトラさんは服着てくださいよ」
シャタクは自前の白いドレス、アトラは糸で作り出したドレスを、どうやったのか真っ赤に染めて身に纏う。
夏の日は長いが、それがやや傾いてきた頃合いで出発である。
「じゃあ、行ってきます」
守はシャタクとアトラを従え、自宅の扉に銀の鍵を差し込んだ。
扉の上に、異世界への扉が開く。
溢れ出してきたのは五色の混沌たる光であった。
守は造作もなくその中に踏み込む。
すると、曖昧としていた光が一瞬で飛び散り、そこはちょっとしたレセプション会場になっていた。
ステージには、『全国邪神サミット2015』という横断幕が貼られている。
会場のあちこちにはテーブルが用意され、それぞれのテーブルには、ビールやジュースといったドリンク。
立食パーティーの様相を呈しているようで、歓談などしつつ、必要があればステージ付近に設けられたスペースで議論や問題提起を行うらしい。
「マモル様、エスコートしてくださいませ」
「あ、はい」
守が右手を差し出すと、シャタクがそこに腕を絡めた。
むぎゅっとあたるおっぱいの感触が気持ちいい。
すると、左側にもむぎゅっとした感触。
「此方もエスコートしてもらうとしようかの」
両手に華である。
ちょっとニヤニヤしながら会場を歩いていると、向こうから見覚えのある男がやってきた。
大柄な女を連れた、タンクトップのむきむき兄ちゃんである。
「あれ、昨日の板澤さん」
「おお、ビーチでは決着がつかなくて残念だったな! お前は、えーと、そのー、うーん」
「伊調守です」
「おお、守か! よろしくな! で、邪神ネームは何なんだ」
「ツァトゥグァ様です!」
シャタクが誇らしげに言った。
板澤俊一……イタカの顔が驚愕を形作る。
「地の邪神の頭目じゃねえか……! こりゃあ面白くなってきた。道理で、アトラク=ナクアを連れているはずだ。今度の勝負は、どうやら俺からの挑戦という形になりそうだな! 胸を貸してもらうぜ!」
風属性の邪神が熱血である。
熱く暑苦しく燃え滾っている。
僕ってそんな大物なのかー。なんて他人事みたいに思いつつ、守はとりあえずイタカと握手した。
「ところで、僕のクラスにも板澤さんって女子がいるんですけど」
「ありゃ俺の姪だ」
「えっ、そうなんですか」
「多分守もそうだと思うんだが、俺はレン高原って場所に召喚されてな。このウェンディゴと出会ってイタカを継承したんだ。俺は二代目のイタカにあたるらしいぞ」
「ほうほう」
邪神っていうのは継承されるものだったのか。守は驚く。
そんなこんなで談笑していると、
「やあ守君。それに俊一君だったね。邪神会議を大いに楽しんでいってくれたまえ」
田胡さんがやってきた。
となりに奥さんも連れているから、奥さんも邪神なんだろう。ブルネットの髪の外国人の女性で、ハイドラという名前だった。
気が付くと、レセプションルームのあちこちに、人影が増えている。
世界中の扉から、邪神たちが集まってきているのだ。
すると、ふっと会場の照明が落ちた。
そして、スポットライトがステージを照らしだす。
「紳士、淑女の皆様! 本日はお集まりいただき、まことにありがとうございます!」
朗々と声を響かせた男がいる。
壇上で一人、真っ白なタキシードを着て、真っ赤な蝶ネクタイ。
肌の色が真っ黒なので、黒人なのかと思ったが、よく見ると顔の造形は白人だ。
「我らが父たる、”無限の中核に棲む原初の混沌”アザトースに代わりまして、篤く御礼申し上げます!」
「ナイアーラトテップだ。いわゆる神々のメッセンジャーだが、曲者だぞ」
田胡さんが囁く。
そして、その黒い男の横に立つご布陣。
ヘラジカの角を生やした彼女は、守を燃えるような視線で見つめてくる。
あ、これがイホウンデーだ、と守は直感で理解した。
どうやらここは本当に重要な場所のようだぞ。
「あの女、マモル様を見ています! マモル様はあげません!」
ぎゅっとシャタクがマモルの腕を強く抱きしめた。
壇上のナイアーラトテップはひとしきり弁舌を振るう。
だが、会場のものは誰も聞いていない。
サーブされる料理やお酒を勝手に飲み食いし始め、談笑している。
「いいんですかね、こういうの」
「いいんだよ、守君も大いに飲み食いしたまえ。あの舌が何千枚もある男の言葉なんて、まともに聞いてたら幾つもの計略に巻き込まれるぞ」
「なんかイホウンデーっぽい人が僕を睨んでるんですけど」
「昨今の君の活躍で、ハイパーボリアでの彼女の信仰が、ツァトゥグァ信仰に負けたらしいからね。守君は彼女の一の神官モルギをやっつけただろう」
あの慢心王か。
「なんだよ守。お前ガッツあるんじゃねえか。そんじゃあそのうち、そのガッツで俺とまた再戦をだな……!」
「いやいや、板澤さんとはまだ戦ってないですから!?」
なし崩し的に始まった会議の中、飲み食いしながらも幾つか議題が上げられる。
その中でも一番の注目が、ツァトゥグァの誕生であった。
「今まで四属性の頭目は一人だけ足りなかったからなあ」
「いよいよこれで勢揃いだな」
なんて言葉があちこちで聞こえてくる。
周囲から視線が集まり、注目されているのがわかるが、そう悪い気分じゃない。
「具体的には何をすればいいんだろう?」
隣でお料理をパクつくアトラに尋ねると、
「む、そうじゃのう。此方も含めて、今は地属性の邪神は皆好き勝手に動いておる。これらに面通ししてマモルの派閥に加えて行くのが良かろうて。強い派閥を持つ長には、曰くつきのナイアーラトテップもそうそう手出しは出来まいて。此度のことも、間違いなくあ奴が絡んでおるのじゃろう」
「どんなのがいるの」
「ふむー、蜥蜴王ディサアラ、森の女神リサリアと猫の女神イスタシャ、半結晶の邪神ディグラ、有翼の狼男ヌギルトゥルの五柱じゃな。アブホースは外なる神じゃから、神格としてはマモルより上じゃが、まあ実力は変わらんじゃろう。声をかけておいて問題ない」
「大変そうだなあ……」
メモを取る守。
そこへ、主催者が登場する。
「やあやあ、そこにおわすは新たなるグレート・オールドワンズ、ツァトゥグァ殿ではございませんか。我が妻がご迷惑をおかけしたようで」
張り付いたような笑顔を見せるナイアーラトテップ。実にうさんくさい。
隣のイホウンデーは、今にも掴みかかりそうな顔でこちらを見ているし。
「何かのご相談かな? もしよろしければ、それらの前に私から、あなたに引き受けていただきたい仕事の依頼が幾つかございまして」
「引き受けるなよ、守君」
「ダゴン殿、お人が悪い」
「マモル様は渡しませんよ!」
「誰が欲しいものですか! むしろ八つ裂きにしてやりたいくらいだわ!」
「八つ裂きですって! この角女!」
「何よ蜥蜴女!」
「キイー!」
「ムキー!」
シャタクとイホウンデーが取っ組み合いを始めそうな雰囲気になり、慌てて守は止める。
ナイアーラトテップはニヤニヤするばかりで止める気は無いようだ。
その余裕のある顔がちょっと気に入らなくて、守はムッとした。
だが、次の瞬間、会場に響き渡った声を聞き、ナイアーラトテップの余裕が吹き飛んだ。
「這いよる混沌めは居るか!! この俺様がわざわざ遊びにきてやったぞ! ん? おらんのか!? いてもいなくても焼き尽くすがなあ! ガハハハハハ!!」
「あの放火魔め、招待状を出してないのにやってきやがった……!!」
突如、会場に炎が巻き起こった。
慌ててナイアーラトテップがどこかへ逃げ去っていく。
炎の中心には、髪も瞳も衣装も赤い、中背の男が立っている。
「やべえ、クトゥグァだ! あいつ会場まるごと焼き尽くすつもりだぞ!」
イタカがゲートを開いて飛び込んでいく。ウェンディゴもそれに続く。
「あー、マモルよ。料理は惜しいが、これは退いたほうが良いぞ。炎の頭目と這い寄る混沌の下らぬ喧嘩に巻き込まれるわ」
「えええ!? わ、わかったよ」
守は言われるままに銀の鍵を使うと、扉を作った。
シャタクの手を引き、扉の中に飛び込んでいく。
その背後で、爆炎が上がり、会場が消し飛んでいくのが分かる。
会場は森のなかにあったようだ。その森はあっという間に消し炭になり……。
「ンガイの森じゃったか……」
戻ってきたあと、アトラが呟いたのである。
邪神というのも、人間関係が色々と大変そうだ。
守は溜め息を吐いた。
とりあえず、母の作ったお茶漬けが食べたい。