盗賊の少女
ゴーストタウンの長年使われていない宿屋。
そこは埃まみれのボロ屋でただでさえ人のいない町なのに、わざわざこんなところに用のある人間なんかそういないだろう。
ということはつまり、盗賊のような不法者が身を置くにはうってつけの場所だった。
こんな汚いところに自分のような年頃の少女が出入りすること自体、普通ならはばかられることだろう。
けれども、私はそんなボロ屋の汚い床に寝転がされて、両手を後ろ手に縛られて、身動きを取れなくされていた。
「てめえのせいでカモに逃げられちまったじゃねえか! どう落とし前つけてくれるんだ!」
盗賊のリーダーは私の腹を蹴った。
「ぐふっ!」
いつもの通りの痛みと、吐き気が押し寄せてくるが、もう何とも思わなくなった。
両手が縛られていて抵抗はできないので、この痛みを受け入れ、リーダーの気の済むまで暴行を受け続ける他なかった。
それに、逃げたところでどうせ行く当てもない。
ならこの盗賊に協力するしか生き抜く方法はなかった。
素性の分からない子供を助けてくれるほど、この世界は優しくない。
次にリーダーは私の髪の毛を鷲掴みにし、乱暴に立たせた。
「てめえ、誰のおかげでおまんま食えてると思ってんだ? せっかく身寄りのねえところを魔法の才能見込んで拾ってやったんだからよお、少しは役に立てよオラぁ!」
リーダーは私に罵声を浴びせながら、何度も何度もみぞおちに膝を打ち付けてきた。
あまりにも蹴られるものだから、そろそろ痛みの感覚もなくなってきた。
それを察すると、リーダーは私の髪を強く引っ張って、顔を近付けた。
「別によお、俺はお前が役立たずでもいいんだぜ? そん時ぁ、お前の体を使って金を稼ぐ方法なんていくらでもあるんだからよお。たとえば、お前のこの金髪だって売れるとこにゃあ、いい値で売れんだよ。それだけじゃねえ。お前はまだガキだが世の中にはマニアックな趣味の奴もいてなあ、奴隷として売ってやってもいいんだぞ。それでどうなるかはまだお前にゃあ分かんねえがな」
リーダーはあくまでも自分がよくしてやってるという恩を押しつけ、他のとこにいったらもっとひどい扱いを受けるのだとことあるごとに脅してくる。
確かに、私にはどこにもいくところはないけれど、見ず知らずの人を傷つける気にはならなかった。
暴力にも罵声にももう慣れた。私がひどい目にあえば他の人に迷惑がかかることはないのだから。
だから、あの時わざと魔法の発生を遅らせ、大火力の炎の光で全員の視界を奪って逃げやすくした。
あの人たちは逃げられただろうか。
「おい、レナ! 何とか言えよ!」
リーダーは私の反応がないことに気を悪くして、さらに殴ってきた。
「……ごめんなさい」
どうせ謝っても、この男は言いがかりをつけて殴ってくる。
そういう男だ。
私は殴られる心の準備をしたが、予想に反してリーダーは手を止めた。
理由はたった今、リーダーに何かを報告している下っ端だった。
「レナ、お前もういいわ。最近反応が薄くて飽きてきたところだったしよ。たった今新しいオモチャが手に入ったそうなんだわ。少し休んでていいぞ」
「えっ!?」
もしかして、あの人たちは捕まってしまったんだろうか。
「頭領! こいつです! さっきの奴らの中の一人があの辺うろついてたんで捕まえてきました!」
そう言って下っ端が連れてきたのは、さっきの三人の内の一人の僧侶だった。
逃げることは十分にできたのに何でわざわざ……。
「ほう、でかした。金目の物は持っていたか?」
「いや、それがさっぱり。ですが頭領、こいつ一見地味ですがよく見りゃ中々の上物ですぜ」
「生憎だが俺はそういうの興味無いんだわ。もっと楽しいこと知ってるからよ」
「またアレですか? ほどほどしてくださいよ。この女、うまく使えばさっきの旅人も釣れそうなんですから。壊さないでくださいよ」
「別にあの旅人にこだわる必要もないだろう」
「それが、さっきの奴ら腰にいい剣差してましたから。結構持ってますよ。そうでなくてもあの剣売れば一か月は遊べますよ」
「そりゃあいい。それにそろそろ腹も減ったしな。とりあえずその女はレナと一緒の部屋に縛って置いとけ」
「レナと? いいんですか?」
「こいつは俺に逆らえばどうなるかよく知ってる。わざわざ逃がすなんて馬鹿な真似しねえよ」
「分かりました」
リーダーは私を閉じ込めている部屋に、僧侶を置いて食事を取りに行った。
「おっと、忘れてた。レナ、メシだ。その女と仲良く分けな」
リーダーは一つだけ皿を部屋に残し、今度こそ行った。
食事はたった一杯のミルクであった。
それも、垢のこびりついた汚い器に入れられて、ミルクは古い物なのか濁っている。
これが普段の私の一食分の食事だった。
それを二人で分け合えと言われたのだ。
もちろん、独り占めすることもできるが、私にそんなことができるだろうか。
横目に僧侶の女の人を見た。
下っ端も上物だと言っていたが、綺麗な人である。
見た感じ私より年上であるが、まだ大人というほどではない。
しかし、その顔つきはかなり大人びていた。
「……食べる?」
「いえ、私は……」
「こんな汚い食事取りたくないよね。じゃあ私だけで食べちゃうね」
私も最初は抵抗があった。
けれど、生きるためにはこれを食べるしかなかった。
あいつらは私を劣悪な環境下に置くことで、私自身に下だと認識させようとしているのだ。
だからいくら悪事を働こうとも、私にまともな食事が運ばれてくることはない。
下劣極まりない奴らだった。
けれど、私もその下劣さに付き従うしかない。
「あの……」
僧侶が話しかけてきた。
やっぱり食べたくなったのだろうか。
確かに空腹時に人が食べている物を見ると、それがどんな物でもごちそうに見えてくる。
「欲しいなら全部あげるよ? 食事抜きは慣れてるから」
「そうじゃなくって、どうして盗賊なんかに味方を?」
そうか。この人は私が攻撃前に余計なこと聞いたから、不審に思って追いかけてきたのか。
私のせいだ。
私には何もすることはできないけど、質問に答える義務がある。
「故郷を、焼かれた」
「盗賊にですか?」
「魔物。一瞬だった。私はたまたまおつかいで村、つまり私の故郷にいなかったから助かったけど、村はその魔物の一息で炎に包まれたの。その時にまるで動物たちが縫い合わされたような魔物が飛び去ってくのを見て……とにかく私は魔法で消火活動をしたけど、間に合わなかった。それをたまたま見ていた盗賊たちが私の魔法の才能を利用しようと仲間に勧誘してきたんだ」
「それで、盗賊に。貴女はいつもこんな食事をしてるの」
「うん。あいつらは私を道具としてしか見てないから、最低限生かしておけばいいと思ってるの」
「……最低ですね。」
その時の彼女の表情は、憎しみというよりも失望に近かった。
僧侶という職業柄、人を信じやすい性格なのだろう。
けれど、人間は彼女が考えているほどいいものじゃない。
時と場合によっては魔物よりも凶悪な、言うなれば血も涙もない悪魔にでもなり得る。
きっと、そんなこと考えもしない優しい人なんだろう。
世の中がこんな人ばっかだったらどんなによかったことか。
「逃げ出したりしないのですか? あなたの力ならここから抜け出すなど造作もないでしょう」
「抜け出したところでどうすることもできないのはよく知っているから。家もない、金もない、こんな素性の知れない子供を養ってくれるほどお人好しな人なんていないもの」
「……いますよ」
「何もしらない癖に勝手なこと言わないでよ!」
彼女は慰めるつもりで言ったのかもしれない。
けれど、そんな無責任な言葉は当の昔に聞き飽きた。
どんなに暴行を受けようと罵声を浴びせられようと湧いてこなかった怒りは、よりによって私を励まそうとした人に向けて爆発した。
この人は悪くないと分かっていたけど、こればかりは我慢ならなかった。
「います、ここに」
「え?」
意味が分からなかった。
彼女は突然、その場で芋虫のようにうごめき出す。
「何してるの?」
彼女は答えない。
けど答えはすぐに分かった。
彼女は体のどこかしらにしまっていたであろうダガーを床に落とし、それを口にくわえると、私の両手を縛っていた縄を切った。
「お願いがあります。私を縛ってる縄をそれで切ってくれませんか?」
訳が分からなかった。
リーダーには逃がすなと言われていた。
でも、私は彼女の言葉の真意を知りたかった。
それを知るには、言われた通りにすべきだと思った。
「ありがとうございます。一緒にここから逃げ出しましょう」
「嫌! どこにも行く当てなんてないもん」
「じゃあ私たちの仲間になってください。私には二人の仲間がいますが、彼らがどんなに反対しても説得してみせます」
「なんでそんな必死なの? あなたが私を助けることで自分の立場を危うくするかもしれないんだよ」
「それは……私が僧侶だからです。神に仕える者として、困っている人は見過ごせません。それに心配せずとも大丈夫です。私には神のご加護がついてますから」
「意味分かんない! でも……ありがとう」
「さあ、行きましょう! えっと、レナちゃんでしたっけ? 今なら盗賊たちは食事中のはずですからチャンスです」
彼女は私の手を強引に引っ張って走り出した。
「あ、ちょっと待って! 私まだ逃げるなんて言ってないよ!」
「知りません! 子供は大人の言うことを黙って聞けばいいんです!」
「あなただって子供でしょ!」
「年は上です! あんまり大声出すと見つかりますよ」
「誰のせいよ!」
私は有無を言わさずどこかへ連れて行かれようとしていた。
次回更新は明日22時ごろです