もっと強く
夜風が傷に染みる。
されど、俺は外で一人、背に月光を浴びながら、剣を振り続けていた。
「一、二、三、四――」
「何やっているんですか」
「うわっ! ノーラか、驚かせるなよ」
「ノーラか、じゃありません! 貴方は何してるんですか!」
「見て分からないか? 素振りだよ」
「そうじゃなくて、ジンさんに安静にしてろと言われたじゃないですか。宿に戻りましょう」
「嫌だ」
「でも、怪我が――」
「嫌だ!」
俺が大声を出したせいで、「ひっ」と、ノーラは後ずさった。
「あ、悪い。でも、俺は強くならないといけないんだ。これでも散々修行はしてきた。なのに弱いままなのはまだ足りないからなんだ」
――強くならなきゃ。
ガゴルとの決着は俺の個人的な問題だ。
どんなに協力すると言われたって、俺が解決する他ないんだ。
それに、いつまでもジンに守られ続ける訳にはいかない。
俺が弱いとノーラにも迷惑をかける。
「俺は、強くならきゃいけない」
「――自分を追い詰めることだけが修行じゃないぞ」
「ジン!? どうしてここに!」
「ちょっと催してな。用を足しに起きたらお前がいなかったから探しに来た。休む時に休むのも修行の一環だ」
「でも!」
「うるさい、寝ろ。修行なら明日、俺がいくらでも付き合ってやる」
「……分かったよ」
俺は説得されるがまま宿に戻った。
翌日、宿屋のベッドで気持ちよく寝ていると、ジンに叩き起こされた。
「さっさと着替えて外に出ろ」
「何だよ、せっかくいい夢見てたのに」
「いい夢の続きを見るくらいなら、努力していい現実を見ろ。昨日の約束だ。相手してやる」
その言葉を聞き、俺はすぐに脳を切り換えた。
剣士として一流のジンから直接指導を受けるなんて、願ってもない機会だ。
ジンは俺を町の広場に連れ出した。
「ここは広いし、早朝だから他人に迷惑も掛からないだろう。さあ、かかってこい」
俺は剣を抜き、ジンめがけて振った。
ジンなら避けれるだろうと、手は抜いていない。
「よっ、と。まずはそれだな。その大振りをなんとかしろ」
ジンは予想通りにかわした。
意地でも一太刀浴びせようと、さらに追撃するが、ジンは軽快なステップを踏みながら避けていく。
「太刀筋が単調で読みやすいし、大振りだから攻撃のあとに必ず隙ができる。実戦ならもう五回は死んでるぞ」
「なら……これでどうだ!」
正面から行くと見せかけて、ジンの胴を狙った。
「小手先で振るな。剣が遅くなってる。体全体を使え。大振りの時のスピードで無駄を省くんだ」
「んなこと言われても……おらっ!」
俺は小振りを意識して剣を振ったが、今度はジンに歩くように避けられてしまう。
「小振りを意識するせいで力をセーブしているな。そうじゃないんだ。問題は振る前じゃなく、その後。それ!」
ジンが剣を鞘から素早く引き抜くと、目にも止まらぬ速さでそれを振り上げ、振り下ろし、俺の眼前で止めた。
「重要なのは振ったあとに、いかに隙をなくすかだ。隙がなくなれば二撃目、三撃目の攻撃までが円滑になり、避けにくくなる。やってみろ」
「やってみろったって……ふん! やっぱダメだ」
「剣を振り切るな。相手の体に当たれば、あとは勢いで勝手に斬れるんだ。手で柄を絞って止めろ」
「はあっ!」
言われた通りに振ってはいるが、どうにも振り切りで指の力が抜け、剣を制御できなくなる。
「ダメだな。ここまで丁寧に教えているのにできないとは、いよいよ才能がないな。本当に最強の遺伝子を持ってるのか怪しくなってきたが……」
「そんなこと言われてもなあ……証明できるかは分からなねえけど、母さんの遺した魔導書なら持ってるぞ。こんな量を書けるのは母さん以外にいないからな」
「別にどうでもいいさ。お前がそうだろうと、そうじゃなかろうと乗りかかった舟だ。そろそろ朝飯でも食いに行こう」
「そうだな。動いたから腹減ったよ」
俺とジン、あとから起きてきたノーラとともに、宿屋の食堂で食卓を囲んでいた。
朝食は一枚のトーストとベーコンエッグ。それに一杯のコーヒー。
物足りなさは感じるが、まあいいだろう。
常に死と隣り合わせの危険な旅ではあるが、食事の時間くらいは心を休めたい。
文句を言うなんて野暮だ。
「それで、これからなんだが」
ジンが口を開いた。
こいつはすでに食事を終えていた。
食事くらいゆっくりすればいいのに、強者たる者少しでも隙を削るべきだとは本人の談である。
人の食事にとやかく言うつもりはないが、こちらとしては急かされている気分になるのであまり早く食べ終わらないでほしい。
「もうすぐ国境に差し掛かるんだが、国が違えば文化も違う。魔物との戦いに加えて、異文化とも戦うことになる。だからここで準備は入念にしておいた方がいいだろう」
「俺は問題ないが、ノーラも身を守る物が必要なんじゃないか?」
「えっ? でも私はそういうのは不得手ですし」
「持ってるだけでも違うと思うぞ。それに何も襲ってくる敵は魔物だけじゃないんだ。ノーラは可愛いから体目当てに襲ってくる輩がいるかもしれない。そういう時に自分を守れるのは自分自身なんだ。」
「お前が言うなよ」
ジンからごもっともなツッコミを受けたが気にしないでおこう。
「可愛いだなんて、そんな。でも、分かりました。私、そういうのには疎いですから、シュウさんが選んでくれませんか?」
ノーラはほんのりと頬を染め、それが銀髪とのコントラストで余計に可愛く見えた。
っと、いかんいかん。
「じゃあ武器屋にでも行こうか」
「武器って色々あるんですね」
ノーラは珍しい物を見る目で武器屋の店内を歩き回っていた。
よっぽど大切に育てられた箱入り娘なんだろう。
ここは庶民の護身用の武器屋だが、ノーラにとってはそれが未知の世界なのだ。
「ああ。ノーラはそういう経験がないから、誰にでも扱える手軽なのがいいな。このダガーなんてどうだ?」
これならノーラの力でも扱えるはずだし、とっさの時にすぐ使える方がいい。
「それじゃあ、それにします」
ノーラは二つ返事で了承し、俺はダガーを買い与えた。
「準備はできたか?」
「ああ、ばっちり」
「私も大丈夫です」
「じゃあ、行くか」
俺たちはルベン王国最後の町を旅立った。
魔王討伐の旅はまだ長いが、国境を越えるにあたって大きな一歩を踏み出した気がした。
次話は明日の10時頃投稿します。