教えを説く少女
「いやあー、がっぽり貰っちゃったな、報酬。やっぱ、人助けはするもんだわ」
「そのほとんどが剣に費やされたがな」
「剣って高いのな。ジンが装備を買わなかった理由が分かったわ」
「別に費用の問題じゃないが。それに剣は俺がいいものを見繕ったからな。使い手がダメでも得物がいいものなら少しはマシだろ」
「なにおうっ! ……いててっ!」
「傷も癒えてないのに大声なんか出すからだ」
偉そうにしているが、元はといえばこいつが油断したせいである。
少しは感謝してほしい。
さて、俺たちは早くも町を出て、魔王討伐の旅を急いだ。
城下から離れるほどに治安も悪くなり、幾度となく魔物に襲われた。
その都度、俺たちは魔物を退けていった。
「出たな、魔物め! 駆逐してやる……ジンが!」
「お前は弱いんだから下がってろ」
「いけー! やっちまえ!」
「うるさい、ちょっと黙れ」
俺たち程度になると、その辺の魔物なんか取るに足らず、ことごとく倒していく。
「ふん、ざまあみろ」
「なんでお前がやっつけた感じになっているんだ?」
「何言ってるんだよ、俺たちがまものを退治したんじゃないか」
「正確には俺一人で、だけどな」
「まあまあ、細かいことはいいじゃないか。それよりもうすぐ日が暮れる。近くに村があるようだからそこで休もう」
「あ、ああ」
ふっふっふ、まんまと俺のペースに乗せられているな。
屈強な戦士ジン。それを手玉に取る俺。
やはり俺は最強の男のようだ。
……あぁ、むなしい。戦闘で役に立たず、ただ立っているだけの虚無感をこんなことでしか晴らせないなんて。
「うっお、でっかい建物だな」
訪れた村で、俺たちは巨大な建物と対面した。
「教会だな。ここは国内でも小さな村だが、この教会のおかげでちょっとした観光地になっているらしい」
「ふーん」
「まあ、祈ったところで神様は助けてなんかくれやしないけどな。神なんていないと思うし」
「そんなことありません!」
ジンの言葉を否定したのは、突如として現れた修道服姿の少女だった。間違いなく僧侶である。
その格好から地味な印象を受けるが、よく見れば透き通るような銀の髪と、宝石のような碧い眼をもった美少女だ。
「そう思うのは貴方の信心が足りないからですよ。神は必ず私たちを見ていて、最後には助けてくれるんです」
いきなり説教をする彼女は変わっているが、無神論者のジンもよっぽどな奇人である。
恐らく、彼女は善意で教えを説いているのだろうから、そう簡単には解放してくれないだろう。
善意の押し付けほど厄介な物もない。
「分かった、分かった。だけど俺たちはあんたのお説教に構っている暇はないんだ。悪いな」
俺たちが行こうとした時、
「あ、ちょっと待ってください! そこの貴方」
少女は俺を指差した。
「俺?」
ジンが耳を貸さないから連れの俺から取り入ろうという算段だろうか。
「はい。貴方は肩を怪我していますね。よければ教会に来ませんか? 私が癒して差し上げましょう」
「……だってさ。どうする?」
「好きにしろ」
「ディアル!」
少女が杖を構え、呪文を唱えると、患部が光に包まれた。
「おおー! 肩が軽くなった。お礼にこれを」
俺は少女に金貨を包む。
「お金の為にやってるんじゃありません! ……と、普段ならいいたいところですが、お布施がなければここも存続できませんからね。ありがたく受け取っておきます」
「おや、大声がしたと思えばお客様かい。大方ノーラが無理やり連れてきたんだろうけど」
そう言いながら、教会の奥から老齢の女性が出てきた。
「ノーラ?」
「その子の名前だよ。でも、あなたたち疲れているようね。せっかくだから休んでいきなさい」
「いいんですか?」
「いいんだよ。ここはタダで宿としても貸し出してるんだ。それに最近はここに来る人も珍しいからね」
「この教会は観光名所じゃなかったのか?」
今まで黙って立っていたジンが口を挟んだ。
「前はそうだったんだけどねえ。今は魔物たちのせいでわざわざこんな田舎まで足を運ぶ人はいなくなったんだよ。もちろん定期的に祈りを捧げに来る人はいるけどね。あなたたちみたいに外から来る人は久しぶりだ」
「へえ。まあ、タダで泊まれるのはありがたい。お言葉に甘えるとしよう」
……素直じゃない奴。
口ではああ言っているが、こんな立派な教会がこんなにも寂れているのを気の毒に思ったんだろう。
悪態をついても悪い奴じゃあないからな。
「ふふん、ここを出るまでには貴方も立派な神の信徒にして差し上げます」
「……やめてくれ」
「いいですか、人は善行を積めば積むほど、その行いが巡り巡って自分に返ってくるのです。それは神様がずっと私たちを見ていてくれるからなんですよ。……ちょっと、聞いてます?」
「ふーん、神様って奴は人のプライベートを常日頃監視するような変態なんだな」
「むむっ! 分かりました、善行うんぬん以前にその態度を直しましょう。あとその人相も! 神様は人の顔で差別するような方ではないでしょうが、もしかしたらその無愛想な顔のせいで興味を示さないかもしれません!」
「大きなお世話だ!」
ノーラはジンに神を信じることの重要性について力説するが、諦めた方がいいと思う。
はなっから聞く気のない奴に説教なんて無駄な努力だ。
「いいですか――」
「ノーラ、ちょっと来ておくれ」
ノーラが更に続けようとした時、さっきの女性が彼女を呼びつけた。
「今礼拝者が来てるんだけど、私は手が空かなくってね。代わりに相手をしておくれ」
「分かりました」
「……礼拝者相手に人手が必要なのか?」
ジンはどっと溜まった疲れを吐き出すように、大きなため息をつくと、俺に訊ねてきた。
俺もよく分からないので、
「さあ?」
と、首をかしげてみせる。
「懺悔の相手でもするんじゃない?」
「た、た、大変だ!」
と、俺たちが借りていた部屋のドアを開けたのは、先ほどの女性。
しかし、その様子はどうにも穏やかじゃない。
「ノーラが……ノーラが! 助けておくれ!」
俺もジンも、その言葉だけでただ事じゃないと理解し、素早く装備を整えた。