弱きを嫌う男
旅立ってからまだほんの少しではあるが、この男の実力は知れない。
最強の遺伝子を受け継いだなんて言われちゃいるが、不思議とそんなに強いとも思えないのだ。
中肉中背で顔も穏やかな表情をしている。強さと関係は無いが髪も真っ黒で地味な印象を受ける。
最初に会った時には戦ってはいたものの、魔物の方から逃げてしまったので実力を伺い知ることはできなかった。
「どうした、そんなに俺の顔を見て。なんか付いてるか?」
「いや、なんでもない。すまん」
「ならいいけど。もうすぐ町があるようだし少し休もうか」
「ああ」
なんというか、命に関わる旅だというのに緊張感が感じられない。
やはり只者じゃないのか。
まあいい。旅をしていたら必ず魔物に出会うだろう。その時に見極めよう。
「いやー広い町だな。城下町でも思ったことだが、みんなこんだけ人が多くて気持ち悪くならないのか?」
「こっちではこれが普通だからな。というか、あんたは町に来たことがないのか? いくら国内で人口が二番目に多いとはいえ、さすがに驚きすぎだ」
「俺はあの村から出たことは無かったからな。あと、あんたっていう他人行儀な呼び方はやめてくれよ。これからは背中を預ける仲間なんだから」
「ああ、そうか。お前は世間ではあまりよく思われていないんだったな」
「呼び方を変えろとは言ったが、お前は無いだろ。どういう神経してんだ」
町は広い。城下町を出てすぐに休もうなどと提案するのはずいぶん悠長だと思ったが、この分では宿を探すだけで日が暮れそうだ。
先見の明もあるのか。
もしかしたら俺が奴を過小評価しているだけなのかもしれない。
そんな考えがすぐに覆されようとは、今の俺には思いもしなかった。
それは次の日のことだった。
「ふわぁーあ。ん、外が騒がしいな」
目覚めてすぐだ。シュウの言う通り、宿屋の内まで聞こえてくる騒音。
何かあったようだ。
「外に出て確認してみよう」
「あ、ああ」
原因はすぐに判明した。
「魔物だ! 魔物が出たぞ」「本当なの!? 怖いわ!」「本当だよ! 俺の娘も魔物にさらわれちまったんだ」
この町は国内でも警備が強い方だが、ここまで魔物の魔の手が押し寄せてくるとは。
中には魔物にさらわれた人もいるらしい。
「どうしたんだ? 話を聞かせてくれ」
「この近くに魔物の住む山があるんだけどよ、多分そっから降りてきた魔物が人さらいをしてんだよ。なんでさらってんのかは分かんねえが、前にもこんなことがあったんだ。間違いねえ」
「そうか。どうする、シュウ」
「どうするもなにも、退治した方がいいだろ。魔王討伐は魔物が人に危害をもたらしてるから。なら人に危害を加える魔物も倒さなきゃ」
愚問だったな。
いかにも正義感が強そうではあったが、実際に強いようだ。
なんであれ強い奴は嫌いじゃない。
「じゃあ行くか。場所は分かっているんだ。急ごう」
丁度いいし、こいつの実力でも見てやるか。
「ここが件の山か」
「ああ。見張りがいるな。魔物といえ多少は脳があるようだ」
「どうする?」
「お前が行ってくれ。失礼な言い方になるが、俺はお前の実力を疑っている。周りの奴らがいくらお前を最強の遺伝子と叫ぼうと、この目で見るまでは信じることはできないからな」
「それもそうだな。じゃあ行ってくる」
シュウは自信満々に飛び出していった。
相手はオーク一匹。見張りを任される位だから群れとしての地位もまず高くは無いのだろう。
普通に考えて鎧に剣を装備した人間が負けるはずもない。
俺は、呆れてものも言えなかった。
シュウは剣を大振りで斬りかかり、勘づいたオークにかわされたのだ。
それもそうだ。あんな隙だらけの攻撃に当たる方が難しい。
そして、オークの反撃に遭うや否や、情けなく逃げ回り、こっちまで帰って来たのだ。
当然、オークはシュウを追ってきたので、俺が処分したが、俺はシュウの情けない体たらくに絶句する他なかった。
「お前、本当に最強の遺伝子を持ってるんだよな?」
「ハアハア……そうだ」
その眼にうそ偽りは無さそうだ。
かといって、シュウの乱れた呼吸を考慮しても彼の実力にもうそ偽りは無さそうだった。
俺は怒りに震えた。
「お前! もういい、下がってろ。俺が全部片付けてくる」
「何をそんなに怒っているんだ?」
「うるさい! 俺は弱い奴が気に食わないだけだ」
俺は弱い奴が嫌いだ。
強い奴に守られるだけの存在であるのが我慢できなかった。
だから、厳しい修行の下、俺は強くなった。
俺も最初は守られるだけの存在でしかなかっだが、今ではそんじょそこらの輩には負けない力を手に入れたのだ。
だというのに奴は。
最強の剣士、最強の魔法使いの子供として生まれたのにも関わらず、奴は弱かった。
強さは血統に依存しないのかもしれない。
けれども、才能というのは少なからずある。
奴は恵まれた環境に生まれながらして、修行を怠け守られることを享受しているのだ。そうに違いない。
たとえ最初が弱くとも、奴とて親の名に恥じぬように強くなろうと思ったことぐらいあるだろう。
ひたすら修練を積めば、誰だって強くなれる。
だから奴の弱さが憎くてならない。
「ここか」
オークの巣窟に着いた。
山の中腹あたりにあった、切り立った土壁に掘られた洞窟だった。
気付かれぬよう覗き込むと、十数匹のオークがさらってきた人々をつたやら何やらで縛っている。
この数なら行ける。
俺は剣を抜き、オークの群れに特攻した。
「うおおおっ!」
自分でも惚れ惚れするくらいの剣技で、ひたすらにオークどもを斬り伏せていく。
弱いな。
群れを成せども烏合の衆。
さっさと終わらせるか。
「これで片付いたか」
手応えの無い相手だったな。
俺が剣を鞘に納めたその時だった。
とてつもない悪寒がした。
振り返ると、今までのオークの二回り以上は大きい巨躯のオーク。
しまった、まだ残っていたのか。
そう思ったときには眼前に巨大な拳が迫っていて、思わず目をつむった――だが、痛みはやってこなかった。
「ったく、一人で無茶すんなよ」
「シュウ!? 下がってろと言ったろ!」
とっくに町まで戻っていたと思っていたそいつは、ボロボロの剣でオークの拳を受け止めていた。
けれど、オークの拳はあまりにも硬質化しているようで、その皮膚には傷一つ付けられない。
それどころか、刃物相手に強引に拳を振り切ろうとしていた。
なんとも頼りない光景だが、俺にはとても心強く思えた。
だが――、
「シュウ! お前じゃ無理だ! そいつは恐らくリーダー格、お前じゃとても敵わない!」
「それじゃあ、お前が何とかしてくれ……よ」
力は圧倒的にオークが上だが、シュウは気合いで粘っている。
「待ってろ!」
俺は剣を抜こうとしたが、焦ってうまくいかない。
大したことじゃあないが、それほどに焦りは動きを鈍くする。
これだから弱い奴は嫌いなのだ。
俺に余計な心労を与える。
そして、いよいよシュウの剣が折れ、そのままシュウは殴り飛ばされた。
「ぐはっ! 父さんの形見が!?」
形見?
そうか、それであの時あんなに怒ったのか。
悪いことを言ったな。
申し訳ない気持ちになりながらも、俺は少し落ち着いた。
落ち着いて、剣を抜く。
「おい。お前は俺の相手だ」
オークが俺の声に釣られ、こちらを向いた。
そうだ。それでいい。
真正面から対峙すれば、少し体のでかいオークなんてどうにだってできる。
「ぐごごご……ぐがあっ!」
ありがたいことに向こうからまっすぐ突進してきた。
返り討ちにしてやる。
「なにっ!?」
剣を突き刺そうとした瞬間、目の前から消えた。
巨体に似合わずとんでもないスピードだ。
そして、その姿は見えない。
……どこだ。
背後から音がした。
「しまった――」
今度こそやられる。
二度も油断するとは、たかがオークだとなめていた。
しかし、殴られたのは俺ではなかった。
「ぐあああっ!」
直撃。
その時体を駆け巡る痛みは、俺には皆目見当も付かない。
シュウは殴られた肩をおさえ、地面をのたうち回っている。
「お前、武器も無しになんてことを!?」
「剣が折れても、俺の心は折れちゃいねえ。俺の敵、俺の村を滅茶苦茶にした魔物はこいつより強いんだ……だから、負けてらんないんだよ……」
「どう考えてもお前が勝てる相手じゃないだろ!」
「それに……弱いなんて言わせたままにしてられっか」
「お前……」
俺が言葉を紡ごうとすると、オークが襲いかかってきた。
「ぐごおっ!」
「うるせえっ!」
だから適当に斬り裂いた。
さらわれていた人たちは恐怖のせいか、みんな気を失っていた。
まあ、魔物もいなくなったことだし、あとは勝手に処理してくれるだろう。
「あそこ、放置してきてよかったのか?」
「お前は俺に全員背負って山を下れと言うのか? ただでさえ予定外の奴に一人、肩を貸しているのに」
「ぐっ、悪かったよ」
「それよりお前は自分の心配をしろ」
「だから、悪かったって。俺が弱いせいでジンに苦労かけてすまんな」
「……。俺も、すまなかった」
「は? 何が」
「剣のこととか……弱いって言ったこととか」
「ん? ああ、これはもう古かったからな。寿命ってことで受け入れるわ。新しい剣買わなくちゃな」
そうじゃないんだが。
「弱いっつーのもその通りだしな。ま、これからも迷惑かけるからせいぜい俺を守ってくれよ。護衛だろ?」
「やっぱ、死ね。今すぐ死ね」
俺は間違っちゃいなかった。
こいつは弱い。
けれど、俺よりも強かった。